土曜の夜、それは一番自由で楽しい夜だ。
だがそこに予定がないとなると、それは一変して憂鬱な夜になる。
今千堂は一人、自宅の部屋で不貞寝を決め込んでいた。
「暇や・・・・・・」
皮肉なもので、こんな時ほど外に出たくなる。勿論一人でではなく。
かと言って、誰でも良い訳ではない。人は選びたい気分である。
男友達でもなく、ましてや別れた元恋人などでもなく。
そう、丁度のような。
千堂はガバッと身を起こすと、携帯のメモリーをスクロールさせた。
ちょっと飲みに行かんか?
その誘いに、はすんなりと乗ってくれた。
尤も、千堂はボクサー故、酒はそんなに飲めないのだが。
とにかく、これ以上一人で時間を持て余さずに済む事が嬉しくて、千堂はいそいそと家を飛び出した。
「おう!こっちや!」
待ち合わせ場所である馴染みの居酒屋に先に到着していた千堂は、の姿を見つけると軽く手を挙げて見せた。
「先やっとったで。」
「構へん構へん。あ、すいませ〜ん!こっちに生中一つ!」
「それから、揚げ出し豆腐とホッケの開きと!」
近くを歩いていた定員に取り急ぎ大声で注文すると、二人は改めて顔を見合わせた。
「遅うに済まんかったな。」
「構へんよ。うちも今日は暇しとったし。」
「なんやお前、相変わらず男おらんのか?寂しいやっちゃな〜!」
ガハハと笑ってはいるが、千堂はその事に安堵していた。
こんな事は道理が通らない、所謂『我侭』だと分かってはいるが、には他の男を見てもらいたくない。
自分の事は棚に上げているので、これは我侭だと自覚しているのだが、かといって己の気持ちに嘘はつけないではないか。
有りがちな喩えだが、『女は港』と言う。
は正にそれ、最後に帰る場所のような気がする。
どんな女と付き合っても、必ず最後にはそこを離れての元に戻る。
そしてには、そんな自分をいつでも温かく迎えて欲しい。
『アンタまたやらかしたんか〜、アホやな〜!』と笑って。
そんなに思うなら、最初からだけを愛すれば良い。そんな事は分かっている。
ただ、に『何を今更』と一笑に付されてままならない。
千堂とて男である以上、触れ合って愛せる女を求めてしまうから、いつまでも二人の関係は変わらないまま。
だから、我侭なのは百も承知で、自分勝手な願望をに対して密かに持ち続けているのである。
「やかましわ!あんたこそ、土曜の晩に何を一人で腐っとんねんな。彼女は?」
「もう終わった。」
「へ〜、なんや、またかいな。っていうか初耳やでそれ。」
「そうやったか?まぁなんや、ワイとおっても寂しいねんて。ここんとこ練習やら試合やらで忙しいしてたら、あっという間に三行半や。何やねんなホンマっちゅー話やで。」
「あはは!三行半て!!まあまあ、でもまたすぐ次出来んちゃうん?アンタ手ぇ早いから、あっはっは!」
「羨ましいやろ?何やったらワイの出会いの多さ分けたろか?」
そんな願望があるからこそ、何も知らずにこのような能天気な軽口が叩ける。
この直後、千堂はそれを身をもって知る事になった。
「お生憎〜。実はな、うち最近告られてん!」
「告られたって・・・・・誰に?」
「最近ちょくちょく通ってるショットバーでな、よう会うとった人。会うたら話する位やってんけど、こないだ、な・・・・・。」
「そんなんお前・・・・・・、そいつの事好きなんか?」
「好き・・・・・、好きかって訊かれるとな〜・・・・・、うん、まあおもろい人やし、ちょっと付き合ってみてもええかな、位に思とってんけど。」
「もう返事したんかい?」
「ううんまだ。」
それだけがせめてもの救いであったが、それでも胸中は相当複雑だ。
心底惚れ抜いた男ならともかく、そんな適当な相手となんて。
自分が女と付き合う時の動機も似たようなものである事を棚に上げて、千堂はぶっすりと黙り込んでしまった。
「お待たせしました〜!生中です!」
「あっどうも〜!はいはい、飲み物来たで!はい、かんぱ〜い!」
何が乾杯やねん。
千堂はふて腐れながら、渋々ジョッキを掲げた。
「なあ武士、何怒ってんの?」
「別に怒ってへん。」
「思っくそ怒っとるがな。飲んでる時からずーっとブスーッとして。」
もうすっかり電車もなくなってしまった真夜中過ぎの繁華街を、二人は少し離れて歩いていた。
家が大阪市内の中心部にあると、こんな時助かる。
少し頭を冷やしがてら歩けば、家に帰れるのだから。
だが、歩いても歩いても、頭は一向に冷えなかった。
それどころか、理不尽な苛立ちは募るばかり。
「お前なあ!」
「うわっ、何やねん!いきなり大声出して!」
「お前アホちゃうか!?そんな何処の誰とも分からんような奴と、よう付き合う気になるのう!」
「なっ、何やねん!?そんなんあんたかて・・・」
「付き合うっちゅーたら、キスしたりナニしたりするんやぞ!?そいつとそんなんする気あって言うとんか!?」
「なんちゅー事言うねん!?何であんたにそんな事言われな・・・」
「そいつとは出来て、ワイとは出来ひんのかい!?」
「な・・・・・」
驚きの余り呆然とするをじっと見据えると、千堂は不意にその手を取って駆け出した。
「ちょっと!こんな所に引っ張り込んで何する気!?」
「決まっとるやろが。」
手近にあったラブホテルにを引っ張り込んだ千堂は、にこりともせずシャツの前を肌蹴た。
「ちょ・・・あんたマジで!?」
「嘘でこんな所来るかい。こっち来いや。」
「や・・・・・・」
千堂の凄みに流石のも怯んだのか、たじたじと後退る。
だが千堂はその手を捕らえると、ぐいとベッドに引きずり倒した。
「いやっ・・・・・!」
「なんや珍しい・・・・・、そんなしおらしい声出しよって。」
「ちょ・・・・、武士・・・・んっ!」
組み敷いたの唇を、千堂は躊躇わずに吸った。
微かな音を立てて舌を絡ませながら、の服をもどかしそうに乱していく。
「ふ、あっ・・・・、や・・・・・武士・・・・・!」
「何が嫌やねん。そんなんワイが許すと思ってんのか?」
「え・・・・・」
「そんな奴よりワイの方が、よっぽどお前の事知っとる。」
「武・・・・・」
「そんな奴よりワイの方が・・・・、よっぽどお前の事好きやねんぞ・・・・・。」
「ひぁっ・・・・・・!」
切なげに呟くと、千堂はの肌蹴た胸元に顔を埋めた。
「あっ・・・・・、は・・・・ん・・・・・・」
ビクリと震えるの身体を押さえ込んで、千堂はその胸の先端を弄っていた。
「あ・・・・やっ・・・ん・・・・!」
舌先が其処をすくい上げる度に、はか細い声を上げてよがる。
こんな姿を見ていると、やはりも女なのだと気付かされる。
そして、無性に腹が立つ。
「んっ、あ・・・・ん!」
「ええ声出すやんけ。」
伸ばした手で茂みを掻き分けて花芽に触れながら、千堂は何やらモヤモヤした気分と必死で戦っていた。
幼い頃から今までずっと、と付き合って来たのに。
の女の部分を見た事が未だかつて無かった事が、酷く悔しくて。
そして、自分が長い年月をかけても見られなかったそれを、顔も名もろくに知らない男達は呆気なく見てきたのだと思うと、酷く不愉快で。
なおかつそこに、『他人の事言われへんやんけ』という冷静な自己突っ込みが入るものだから、全く始末に終えない。
「・・・・・・どないしたん、武士・・・・?」
「・・・・・・なんもない。」
考え込みすぎてうっかり止まりかけていた行為を再開すべく、千堂はの足元に身を沈めた。
「はぁっ・・・・あ、あんッ・・・・・!」
蜜を溢れさせる秘裂をなぞり、花芽を舌先で転がしている内に、の身体がじっとりと汗ばんできた。
もうそろそろ頃合だ。
千堂はの内股から顔を上げると、手早く残りの服を脱ぎ去り、ベッドサイドにあった避妊具の包みを破って自身に装着した。
「あっ・・・ぅ、あぁぁッ!!」
太腿を大きく割り開き、その中心を躊躇いなく一気に貫けば、は甘く高い声を上げてしがみ付いて来る。
その熱い抱擁を受け止めながら、千堂はゆっくりと腰を動かし始めた。
「あっ、やんっ、んっ、あッ・・・・・!」
「ハァッ、くそっ・・・・、お前・・・・、むっちゃええ・・・・・・!」
「ひやっ・・・・・・・!」
耳元に吹き込んだ切なげな吐息すらも愛撫の様に感じるのか、己を包むの中が収縮して一際狭くなる。
薄いゴム越しに伝わるその圧迫感との上気した顔に刺激されて、千堂は夢中での唇を舌で割り開き、舌を吸い上げた。
「はっ・・・・ふ・・・・・、ぅ、ん・・・・!」
「はぁっ・・・・・!なあ・・・・・、・・・・・」
「あんっ・・・・な・・・・に・・・・?」
「お前・・・、やめとけや・・・・・、そんな奴と付き合うなや・・・・・」
「え・・・・?」
「断るって言えや、なあ・・・・・!」
「やぁぁんッ!」
日頃は只のやかましい幼馴染だが、今抱いてみて思った。
他の誰だか分からない男にくれてやるのは惜しい、と。
千堂は持てる限りの真剣さでもって、の耳にそう吹き込み続けた。
の両脚を肩に掛けて、深く深く交わりながら。
目も眩むような絶頂の波に攫われるまで、何度も何度も。
「なあ武士、あんたさっきの事、マジで言うてたん?」
「あ?何がや?」
シャワーを浴び終わり、バスローブを纏って浴室から出て来たをちらりと一瞥して、千堂は決まりが悪そうにしらを切った。
つい興奮して身勝手な事を言ってしまったのだ。
『人の事をとやかく言うな!』とか何とか言い返されてしまったら・・・・・、
きっと太刀打ち出来ない。
どうも口喧嘩という奴には弱いのだ。相手がとなると特に。
「何がって、そんな奴と付き合うなとか言うてたやんか。」
「あ、ああ・・・・あれな・・・・・・」
「ホンマ、あんたにだけは言われる筋合いないっちゅーねん。自分はどないやねんっちゅー話やで。」
「う゛・・・・・」
そら来た、やっぱり。
ほぼ想像通りの反撃を喰らって、千堂はぐうの音も出ず黙り込んでいた。
だが、ふと見たの顔は、何故か満更でもなさそうな微笑みになっているではないか。
「だから別に、あんたに言われたから止めるんと違うからな。」
「へ?」
「今度会うたら断っとく。」
化粧を直す振りをして、恥ずかしそうに背中を向けてしまったを、千堂は暫しぽかんと見つめていたが、やがて満面の笑みを浮かべて背中から強くを抱きしめた。
「やっ!何すんねんな!眉毛いがむやろ!?」
「ええやんけ、眉毛なんか描かんでも!今日はもう遅いからお泊りや、な!」
「『な!』ってあんた!」
「まあまあまあまあ、ええやんけ、な!ほれ、そうと決まったらゆっくりしようや!」
「なっ、ちょっ・・・!?」
冗談交じりの、しかし決して冗談ではないキスをの頬やら首筋やらに降らせながら、千堂は来た時とは打って変わった上機嫌な態度でもって、再びをベッドに組み敷いていった。
その後ジム内では、彼女に振られたばかりだというのに、やたらに機嫌の良い千堂を訝しむ声が、至る所で聞こえたという。