新年の恋人達 前編




「ねえ、お兄ちゃん?」
「あ?」
「久しぶりに・・・・・・、一緒に初詣に行かない?さんも誘って。」

久美の誘いを受けた時に、気付くべきだったのだ。









これには何か裏があると。











「お待たせしましたー!遅くなってごめんなさい!」

待ち合わせ場所の神社の鳥居前で、間柴は一人、新年早々不景気な顔をしていた。
ニコニコと笑いながら手を振って駆けて来る久美を見た今では尚更。
それを見たは、小声で間柴に話しかけた。


「ちょっと了・・・・・、そんな顔しないで。」
「・・・・・・うるせぇ。これがニコニコしてられるかってんだ。あれを見ろ。」

間柴が指を指すのは、久美の陰に隠れるようにしてついて来ている純朴そうな青年。


そう。幕之内一歩である。



「『私も呼びたい人がいるから』なんて今日いきなり言いやがって、反則もいいところだぜ。やっぱりあの野郎の事だったか。どうもおかしいと思ったんだよ、久美が俺と初詣に行きたいなんて・・・・・・。、お前を呼んだのも絶対あいつの作戦だぜ。お前が居りゃ、ガミガミ言われずに済むとでも思ってやがんだ。」
「そんな・・・・、勘繰りすぎよ、了。良いじゃない、初詣ぐらい!皆で仲良く行きましょうよ!」

不機嫌極まりない間柴を宥めつつ、はやって来た久美と意味深な視線を交わした。








『ごめんなさい、さん。こんな事に付き合わせて・・・・・』
『良いのよ!気にしないで!』

が久美から電話を貰ったのは、クリスマス直後の事だった。

『ふふっ、あの人が急に初詣に行こうなんて、しかも前もって言うなんて吃驚してたんだけど、なるほど。そういう事だったのね。』
『ええ・・・・・。さんという彼女が出来た今なら、兄も少しは丸くなってくれるんじゃないかな・・・・・・っていうか、丸くなって貰わないと困るっていうか・・・・』
『ふふっ。いい加減、久美さんだって幕之内さんと遠慮のないお付き合いがしたいものね?』
『やだ、そんな!まだ私達、お付き合いだなんて・・・・・・!』
『でも、実際はそれに限りなく近い関係じゃないかしら?』

電話口で照れる久美を茶化してそう言うと、久美は恥ずかしそうに笑った。

『・・・・・だったら良いんですけど。でも、何にしても、コソコソ兄の目を盗むのはやっぱり嫌で・・・・・・。私、悪い事してるつもりないし、兄にちゃんと認めて貰いたいというか・・・・・。』
『うんうん。』
『兄にだってさんという彼女が居るし、私だってもう・・・・・・。私達、そういう歳になったんだって、兄に認識して欲しいというか・・・・・・』
『分かるわ。私で出来る事なら何でも協力するから、頑張ってね。』
『有難うございます、さん・・・・!じゃあ、お正月に!』
『ええ、楽しみにしてるわ!』








というやり取りを間柴の知らないところで前もって交わしていた事など微塵も悟らせないように、と久美はにっこりと微笑んで挨拶を交し合った。


「明けましておめでとうございます、さん!今年もどうぞ宜しくお願いします!」
「明けましておめでとうございます。こちらこそ、どうぞ今年も宜しくお願いします。」
「あ、あの・・・・・・、あけ・・・・明けまして・・・・おめでとうございます・・・・・、そして・・・・・初めまして・・・・・・」
「あら。」

久美の後ろから照れまくった顔を出した一歩に、は頭を下げた。


「どうも初めまして。明けましておめでとうございます。です。」
「ま、幕之内一歩です・・・・・、どうぞ宜しく・・・・・・」
「お噂はかねがね聞いています。とっても強いチャンピオンなんですってね。」
「いやあそんな・・・・!」
「・・・・何を調子に乗ってやがんだか。」

に褒められ、嬉しそうに鼻を膨らませた一歩を、間柴の低い呟きが一瞬にして凹ませた。


「了ったら・・・・・・!」
「女と見りゃあヘラヘラヘラヘラしやがって。久美と両方に良い顔して取り入ろうったってそうはいかねえぞ?、お前もこんな野郎にペコペコ頭下げる必要なんかねぇんだ。」
「了ってば・・・・・!」
「ちょっと、お兄ちゃん!?」
「す、済みません、間柴さん・・・・・・。ご挨拶が遅れまして・・・・・。明けましておめでとうございます・・・・・・・」
「何がめでたいもんか。こちとら正月早々テメェの辛気臭ぇツラ見せられてウンザリしてんだよ。」
「す、済みません・・・・・・」
「そう思うんなら帰れよ。」
了!!!
お兄ちゃん!!!!

女性陣にこっぴどく怒鳴られ、間柴は不愉快そうにプイとそっぽを向いて黙り込んだ。



「・・・・・じゃ、じゃあ!行きましょうか!ね!?」
「あ、そ、そうですね!ね!?幕之内さん、行きましょう!」
「了、行こう?」

気まずくなった場を取り繕うように明るく笑ったと久美は、それぞれの連れの腕を取り、そそくさと神社の境内へ入って行った。












元旦早々の神社の混み具合というのは、殆ど殺人級である。
今回彼らが選んだこの神社は、都内でも有名な神社であり、尚の事だった。
刺すような冷たい空気も感じられぬ程人でひしめき合う中を、四人は二組に分かれて本堂へと向かって歩いていた。



「あっ」
「気ぃ付けろ。」
「ありがと、了。」

人波に押されてよろけたを、間柴は咄嗟に抱き止めて支えた。



― 良いなぁ・・・・・・。幕之内さんもあれ位してくれたら・・・・・・
― い、意外すぎる・・・・・!あの間柴さんが女性の腰を支えるなんて・・・・・・


そんな間柴のさり気ない仕草に、久美は羨望の眼差しを送り、一歩は驚きで目を丸くしている。



「・・・・・久美、幕之内。何見てんだお前ら?」
「う、ううん、別に何も!」
「い、いやあ、意外だなぁと思って!間柴さんが女性にそんな優しい仕草を見せるなんて・・・・」
「うるせぇ。を守るのは俺の役目なんだよ。」
「やだ、了ったら・・・・・・・!」


― 我が兄の言葉ながら何て羨ましい台詞なのかしら・・・・・。
   幕之内さんもこれ位言ってくれたら・・・・・
― ま、益々意外だ・・・・・・!


と、目を見開く久美と一歩を、間柴はじろりと一睨みした。



「・・・・・だがな。久美も俺が守るんだ。だからお前は余計な事すんじゃねえぞ、幕 之 内。
「は、はい・・・・・・・・」

脅されるまま素直に頷いた一歩を見て、久美は少し不満そうな顔をして独り言ちた。


「・・・・・・本当は強いんだから、お兄ちゃんなんか言い負かしてやれば良いのに・・・・・」
「え、な、何ですか、久美さん?今何か・・・・」
「・・・・いいえ別に何も。」

良くも悪くも気の優しいお人好し。
そんな人だからこそ好きになったのだから仕方がないと、久美は小さく溜息をついた。












押しつ押されつでどうにか本堂まで辿り着き、四人はそれぞれに賽銭を投げて柏手を打った。
そしてその次は、並んでおみくじを引く。
どちらも、何はなくてもしておかねばならない、初詣の恒例行事である。


「私は中吉だわ。仕事運は上々、努力を怠らなければ安定した仕事が出来る、ですって。」
「私も中吉でした!偶然ですね、さん!」
「本当ね!」
「ええっと、中吉の健康運は・・・・、心がけ次第で無病息災。旅行は南の方角が吉。人間関係は・・・・・・・・、思い人と結ばれる・・・・・・・」

ほんのりと頬を染めて、久美は一歩を見た。
久美と目が合った瞬間、一歩もまた顔を赤らめ、照れ隠しかのように自分の分のおみくじを開いて中を見た。


「うわあ〜、大吉だあ!!」
「本当ですか、幕之内さん!?すごーい!!」
「良かったですね、幕之内さん!どんな事が書いてるんですか?読んで下さい。」
「はい!」

にそう乞われた一歩は、嬉しそうにおみくじを読み始めた。


「えーと・・・・、全てにおいて最良の一年!商売繁盛、無病息災!勝負運強し!旅行は南西が吉!それから人間関係・・・・・・・、家族運・恋愛運ともに吉。け、けけ・・・・・・・けっ結婚にも・・・・・適した一年・・・・・・・
けっ、結婚・・・・・!?

一歩の視線をちらちらと浴びた久美は、真っ赤になって黙り込んだ。
そんな二人を見て面白くないのは勿論この人、間柴了である。


「・・・・・寄越せそれ。」
「ああっ!?何するんですか、間柴さぁん!!」

仏頂面をした間柴は、その長いリーチを活かして一歩の手から大吉のおみくじをひったくると、代わりに自分の引いたおみくじを一歩に押し付けた。

「お前のはこっちだ。」
「ちょっ・・・、それ間柴さんが引いた分でしょ!?こういうのは取り替えたって意味がないですよ!」
「何だ、ここで俺とやろうってのか?
「い、いえ・・・・・・、やりません・・・・・・

青ざめた顔で渋々それを開いた一歩は、げんなりとした顔をした。


うう・・・・・・、凶だ・・・・・・・
「ちょっとお兄ちゃん!?それ幕之内さんに返してあげて!!」
「ククク、やなこった。」
「もう、意地悪なんだから了は!」
「あーあー、上等だよ。」
「健康運・風邪を引きやすい、旅行は取り止める方が無難、仕事運・七転八倒の精神で努力すべし・・・・・」
「そ、それって失敗続きって事ですか・・・・・・?」
「そ、そんなの困るんですけど・・・・・・・」

気の毒そうにおみくじを覗き込む久美に情けない顔を向けた後、一歩はその次の行に書かれている一文を見て絶句した。


「人間関係・・・・・・・、些細な事で亀裂が入る・・・・・・・。そ、そんな・・・・・
「幕之内さん、しっかり!」
「ククク、それはそれはお気の毒様だぜ。」
「了ったらもう・・・・・・!」

愉快そうに身を震わせて笑う間柴をが、そして、魂が抜けたように崩れ落ちる一歩を久美が、それぞれ揺さぶり宥めすかしたのは言うまでもなかった。




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後書き

随分お久しぶりの更新となりました、済みません!
ですので、久しぶりにちょっとミッチリ書いてみました。
長くなりましたので、後編に続きます。