しばらく連絡のなかった千堂から、久しぶりに電話があった。
今度の週末、空いていたら会えるか、と。
こっちの都合を優先した遠慮がちな物言いに、私は少し傷ついた。
週末の予定なら、たった今キャンセルになったところなのだから。
久しぶりにに連絡した。
断られると思っていたら、意外にもOKやった。
誘った理由を知ったら、は怒るやろうか。
自分勝手やと罵るやろうか。
「久しぶりやな。」
「おう、久しぶり。」
約束の日。
二人は行きつけの和食屋で食事をした。
しかし今日は普段のように話も弾まず、食も進まない。
ほぼ無言で一通り食事を終えた後、ようやく千堂が口を開いた。
「どないしてん?」
「それはこっちの台詞や。あんたこそ何かあったんやろ?」
「まぁな。」
「何があってん?」
「毎度のことや。」
そう言って、千堂は自嘲めいた笑いを浮かべた。
「・・・・そうか。」
「おう。」
「あんたの女も融通きかん子ばっかりやな。」
「・・・ワイも悪いねんけどな。分かってるねんけど、結局みんな泣かせてまうねんな。ほんで逃げられんねん。」
「まだ好きなん?」
「・・・・分からん。」
の問いかけに、独り言のように答える千堂。
「お前みたいに分かってくれる奴はなかなかおらんもんやな。ホンマそない思うわ。」
「私、何も分からんわ。男の気持ちなんか何も分からん。」
「そない言われたんか?」
「言われたわけちゃうけどな。」
千堂の質問に、今度はが苦笑しながら答える。
「何でも頼ってきてくれる女がええの?男って。」
「・・・・どうやろな。ほんでケンカしたんかい?」
「もうケンカもすることないわ。二度と会うこともないやろ。」
「お前の男もアホばっかりやな。」
千堂の言い草に、は薄く笑って煙草に火をつけた。
細く立ち昇る紫煙が、二人の頭上で霞んで消える。
「なんでこういう時はお前と会いたなるんやろうな?」
「なんやそれ。どういう意味や。」
「怒んなよ?・・・・なんかお前とおるといっちゃん慰められるっちゅーかやな・・・。」
無言のに、千堂は失言だったかと後悔する。
「やっぱり怒ったか?」
「別に怒ってへんよ。私かて一緒やもん。」
「そうか。それやったらええねんけど。」
「うん、そやから気にせんでええって。」
「そうか。ワイでええんやったらなんぼでも慰めたるで?いつでも言えや!」
軽い口調で言い切り、笑ってみせるに安心し、千堂はいつものペースに戻そうとふざけての肩を抱いた。
しかしの反応はいつもと違っていた。
「ほな、そうしてくれる?」
「え?」
「慰めてくれるんやろ?うちもなんぼでも慰めたるで?」
一見いつも通りでも、その目が笑っていない。
千堂は、心の底に閉じ込めていた自分勝手な願望が首をもたげてくるのを感じた。
「意味分かって言うてるんやろな?」
「もちろん。」
真顔で問いかけても、は躊躇せず頷いた。
「出よか。」
最初に唇を重ねてきたのはどっちだったか。
もう思い出せない程口付けを交わした後、ベッドにもつれ込んだ。
目の前で揺れる白い膨らみに夢中になる振りをして顔を埋めた。
の顔が見れなくて。
「んっ、あぁっ!」
固く尖った先端に吸い付き、心地良い柔らかさに酔いしれる。
慰め合いでも何でもいい、今はただこの快楽に夢中になっていたい。
顔を見ないでくれるのが、優しい言葉を掛けないでいてくれるのが、有り難かった。
何も考えず、激しい愛撫に身を任せていられるから。
こうして肌を合わせている間ぐらい、何も考えたくない。
熱を帯びた下腹部に手を這わせ、既に潤っている其処を更に乱す。
触れれば触れるほど溢れ出す蜜を小さな芽に塗し、何度も擦り上げる。
「あぅっ!んっ、あっ、はぁっ!」
シーツを濡らす程蜜を滴らせる中に指を捻じ込む。
其処は待ち望んでいたかのように、千堂の指を締め付けて更に奥へと誘う。
「やぅっ!んっく、はっんん・・・、んあぁ!!あっあああ!!」
指先で最奥を突き上げていると、が一際高い声を上げて達した。
荒い息を整えた後、今度はが千堂に覆い被さった。
いきり立つ千堂の分身に舌を這わせ、夢中で愛撫する。
全体に舌を這わせ、可能な限り根元まで咥え込み吸い上げる。
の口内で更に硬度を増す己がはっきりと感じ取れる。
このまま果ててしまいたい欲求を抑え、千堂はの肩を軽く押し、行為を止めさせた。
自身を解放して顔を上げるを再び押し倒し、千堂はベッドサイドに置いてあるものに手を伸ばした。
「あぁん!!」
身を割って入る異物感に、は甘い声を上げた。
温かく心地良い感触と甘い嬌声に、千堂の背筋を快感の痺れが駆け上がる。
目の前に晒されている首筋に吸い付き、更に深く内部まで侵入する。
「んっ、あぁっ!あん!ハァっん!!」
もう何も考えられない。
身体の奥深くに打ち込まれる熱い楔に、思考が全て溶けていく。
その代わりにはっきりと手ごたえのある快楽を与えられ、それに支配されていく。
「やぁぁっ!はぅっ、あっ、あっ、んんっ!!」
熱い吐息を、甘い悲鳴を、もっともっと聞きたくて、千堂は無我夢中で腰を打ち付ける。
今だけでも、の全てを支配したい。
今だけでも、に溺れていたい。
「んっあぁ!あうっ、くっ、ふっう・・・」
固く閉じたの目尻から、薄く涙が滲む。
自分に抱かれていながら、去った男のことを考えているのだろうか。
そうであって欲しくない。
願わくば、その涙が、生理的なものであって欲しい。
は薄く目を開けて千堂の顔を見た。
辛そうに顰めた顔は、快楽のせいだろうか。それとも別れた女の事を考えているからだろうか。
出来れば前者であって欲しい。
何も考えずに、快楽の波に呑まれていて欲しい。
「はっあ、も、イっ・・・、ぅあっ、あああぁん!!」
「うっ!」
それぞれの思いが交錯する中、飽和した快感が爆発し、二人して高みへと昇りつめた。
「なあ、ほんまにこれで良かったんか?」
「後悔してんの?」
「そんなんちゃうけど、お前がほんまにこれで良かったんか思て。」
「うん、私は別に何とも思てへんよ。」
行為の済んだ後、早々に帰り支度を始めたに、千堂はちりちりと胸が痛んだ。
自分に背を向けて口紅を引き直すの本心が知りたい。
「なあ、お前それ本心か?」
「・・・そうや。あんたかてそうやろ?」
「そらまあ・・・・」
「ほなええやん。たまたまお互い寂しかったから寝ただけ。それ以上でもそれ以下でもない。それでええやん。」
あまりにも割り切ったの返答に、千堂は喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
の言う通り、寂しさを紛らわせる為に寝たのは事実だ。
だが今、千堂は自分の気持ちが分からなくなっていた。
ただ寂しかったからなのか、それともを一人の女として好きだったからか。
自分でも分からないから、に答えを求めた。
もしが自分を求めたなら、それに応じるつもりだった。
しかしの返答はそうではなかった。
きっと今自分が想いを告白したところで、一笑に付されるだけだろう。
それは恋じゃない、ただ寂しいだけだ、と。
本心かと問われても分からない。
ただ満たされないものを埋めて欲しかっただけなのか、千堂を一人の男として見ていたからか。
多分千堂は前者だろう。
こんな風に一線を越えてしまったのは、互いに不本意ながら恋を失ったばかりだからだろう。
そしてそのせいで冷静な考えが出来なかったのだろう。
今、千堂に縋りたいと思うのは、穴が開いたばかりの心を早く塞いでしまいたいだけだからだ。
だからこれは恋じゃない。きっと違う。
「・・・そやな。ワイは別に・・・・」
「うん。私も別に・・・・」
− 恋なんか、していない。