マリリンが席を外した事で訪れた、平和な一時。
しかしそれは、ある瞬間唐突に打ち破られてしまった。
突然、室内の照明が落とされた。
「うわッ、何!?」
「ショータイムや。」
は一瞬驚いたが、千堂は流石に何度か来ているだけあって驚かない。
但し、顔は凄まじく嫌そうに歪められている。
「何アンタ、その顔?」
「いやもう・・・・、なんしか強烈やねんコレ。」
溜息のようなその台詞に違わず、間もなく激しいビートが鳴り響き始めた。
どうやらショーのBGMらしい。
だが、そんなものは所詮これから始まる地獄絵巻の序章に過ぎなかったのである。
「うわっ、あれマリリンやん!!」
「言うな!!言わんとってくれ!!」
「そんなビビらんでも。」
あからさまに目を背ける千堂に、は半ば呆れた。
だが、気持ちは分からなくもない。
先程のスリップドレスもかなり目に余るものがあったが、今のマリリンの姿は更にその上をいくものであったのだから。
「まぁ気持ちは分かるわ。ごっついなぁ、あの衣装。」
「何であんなどピンクのビキニ着とんねん、あいつ・・・」
他の全員が揃いの黒ビキニであるのに対して、マリリンだけが一際派手なデザインの、目も醒めるような鮮やかなショッキングピンクのビキニを纏っている。
そこから推察すると、おそらくこのショーの花形はマリリンなのだろう。
「マリリンて、もしかしてああ見えて実はここのNo.1やったりしてな。」
「ある意味そうやで。うわ、始まった!!」
千堂が悲鳴を上げると同時に、マリリン率いる数人のニューハーフ達が音楽に合わせて踊り始めた。
妖艶なダンサー達をバックに、マリリンが激しく腰を振っている。
その様子に、は大ウケした。
「あははは!!おもろいやん!!」
「お前は気楽でええのう。ボディガードの話もう忘れてんちゃうか?」
「心配せんでも忘れてへんて。そやけど別に今はどないもならんやろ。マリリン今忙しいし。」
ステージ上のマリリンに拍手を送りながら、は至って呑気に答えた。
しかし、それは甘かった。
マリリンが次第に怪しい動きを見せ始めたのである。
バックダンサーズからじりじりと離れ、ゆっくりとステージから降りて来るマリリン。
数箇所のテーブルを回った後、彼女はとうとう千堂とのテーブルへとやって来た。
「「うわっ、来た!!」」
遠目で見るより尚濃いいでたちに引いた二人は、思わず後ろへ仰け反った。
しかしマリリンは一向に離れる様子がなく、それどころか益々熱の入ったショーを展開し始めた。
「よっぽど気に入られてんねんな武士。超アリーナやで・・・・」
「嬉しない、嬉しないねん・・・・」
情熱的なダンスを否が応にもかぶりつきで見せつけられながら、二人は小声で呟き合った。
そんな話し声が聞こえているのかいないのか、マリリンの腰つきは更に熱さを増している。
「うわもう・・・・、ワイ帰りたい・・・・」
「今は流石に無理やろ・・・、見てみぃマリリン、『逃がさへんで』って顔してんで・・・」
「逃がしてくれや・・・・」
洋モノポルノ雑誌のモデルのような挑発的な視線で千堂を射竦め、己の身体に這わせている両手は、ねっとりと千堂を誘うかのようである。
それは更にエスカレートし、ついには両脚を大きく開いて、千堂の眼前に股間を突き出すような動きまで始めた。
「うはははは!!強烈やなホンマ!!」
「アホお前!!笑ろてる場合か!!もーホンマ、マジで無理!!」
笑顔で手を叩くと、今にも泣きそうな千堂。
マリリンはそのまま心ゆくまで躍り狂うと、やがて満足したようにステージへと戻って行った。
そこで最後のポーズを決めて、狂乱のショーは幕を引いたのである。
再びほの暗い照明の灯った室内で、千堂とは飲み直していた。
「せやけどやっぱり商売なだけあるなぁ。皆ダンス上手かったわー。」
「アホかお前。何素直に感心してんねん。」
「そやけどそない思てんもん。確かに濃いけどな、あっはっは!」
「濃すぎるねん!あのハイレグビキニの下にワイと同じモンが付いてると思たら引くっちゅーねん。」
「何が引くのん?」
突如背後から聞こえた声に、千堂は飛び上がりそうになった。
「また出たぁ!!」
「あ、マリリン。お疲れ様ー!凄かったなぁ!」
「ホンマ〜!?おおきにーー♪」
の褒め言葉を嬉しそうに受け取って、マリリンは再び千堂の横に座った。
「ほんでほんで?千ちゃんはどないやった?うちのパッショネートなダンス楽しんでくれた?」
「何がパッショネートやねん!ワイの目の前で腰振らんとってくれや頼むから!」
「いやん、千ちゃんのいけずぅ〜〜♪」
千堂渾身のマジ突っ込みすら、ゆるりとかわしてしまうマリリン。
流石というか何と言うか、何とも逞しいものである。
逞しついでに千堂の肩にしな垂れ掛かり、マリリンは盛んにアピールを始めた。
「なぁて〜、一遍アフター付き合ってぇや〜。」
「そっ、そやからワイ女おる言うてるやんけ!」
「ええやん一遍ぐらい〜。ほなちゃんに許可もろたらええやんな?」
妙案だとばかりに一人で納得すると、マリリンはに向き直った。
「なあなあちゃん〜。千ちゃん一晩貸して?」
「え゛!?」
返答に困ったは、千堂の表情を伺った。
明らかに嫌がっているのが一目瞭然である。
どうやらここが仕事のしどころだと踏んだは、持てる限りの演技力を駆使し始めた。
「ごめんマリリン。悪いねんけどそれはちょっと・・・・」
「え〜!?あかんの!?どうしても!?」
「そらそうや〜〜ん!やっぱり自分のオトコが他の女の子と仲良くすんのは嫌やん?」
言ってて自分で笑いそうになる。
千堂を自分の『オトコ』呼ばわりするのも然り、マリリンを『女の子』と呼ぶのも然り。
しかしそれをぐっと堪えて、は演技を続けた。
「マリリンにはホンマ悪いねんけど、それは勘弁したってくれへん?」
「・・・・うちと千ちゃんが妙な関係になるかもしらんって気にしてんの?」
「なってたまるかアホンダラ。」
女二人(?)の真剣な会話に水を差さない程度に、千堂は小さく突っ込みを入れた。
「・・・・まあ、な。」
「ははっ、そらそうやわな。誰かてええ顔せんわな。」
「私かて一応女やから。それなりに嫉妬心ぐらいは持ち合わせてるわ。」
そう言って、は薄く笑った。
その笑いは堪えきれなかった正味の笑いであるのだが、幸いな事にマリリンにはもっと深刻な部類の笑みに見えたらしい。
「・・・・女、か。」
「あ・・・・」
禁句だったかもしれないと、は口を噤んだ。
しかしマリリンは、小さく笑っただけだった。
「そうやんな、ちゃんはホンマの女の子やもんな。」
「ごめんマリリン・・・・、私そんなつもりと・・・」
「分かってる。気にせんといて。しゃーない事やねんから。」
何と言えばいいか分からず戸惑う千堂と。
ところが、マリリンの口調は途端に元の調子を取り戻した。
「ちゃんはええわな〜!オッパイも自前やし、下かて女の子やから、ちゃんとしたとこで千ちゃん咥えれるもんな〜!アッハッハ!!」
「マリリン、それ濃い過ぎ。」
「お前『咥える』とか言うなや。」
「ええやん別に、ホンマの事やんか〜!それに比べてうちはさー、オッパイはシリコンやし、下はまだ千ちゃんと同じモンついてるし。うちその気になったらまだ女の子孕ませれんねんで、あはははッ!!」
「ホンマ濃いな〜、自分。」
千堂は呆れ半分に笑った。
しかし次の瞬間、その笑いは吹き飛んでしまった。
マリリンの、はっとする程儚げな表情を見たせいで。
「分かってるねん。千ちゃんみたいな男らしい人が、うちみたいなオカマなんか好いてくれる訳ない事ぐらい。」
「マリリン・・・・」
「・・・・せやけどな、うち気持ちは女やねんで。」
は勿論、千堂もこんなマリリンを見るのは初めてだった。
話す声も、取って付けたような裏声ではなく、素の状態に戻っている。
「千ちゃんの事はな、初めて逢うた時に一目惚れっちゅーか、すごい憧れてんやん。」
「そうなんや・・・・」
「うちもこの商売して長いけど、千ちゃんみたいなまっすぐで強い男、そうそうおらんもん。そんだけの理由やけど、惚れてもうたもんはしゃーないやん。」
それはそうだ。
人を好きになるのは、誰にだってある当然の事だ。
理由だって人それぞれなのだ。
「千ちゃんはちゃんの方がええに決まってるわな。そっちの方が普通やろうし、そんな事ぐらいうちかて分かってるわ。」
「マリリン・・・・、あんな、うちら・・・・」
「そやけどな、せめて夢ぐらい見させてぇな。」
何かを諦めたような儚い微笑みでそう言われては、どうしようもない。
まして『本当は恋人同士なんかじゃありません』などと、口が裂けても言える筈はない。
冗談でした、と済ませてしまえば、マリリンを深く傷付けてしまう事になる。
「・・・・ありがとマリリン。分かってくれて。」
「ちゃん・・・・。アンタと千ちゃん、悔しいけどお似合いやわ。」
とマリリンは微笑を交わした。
「あ〜〜、その・・・、マリリン・・・」
「何、千ちゃん?」
「この通り、ワイにはがおるから、お前の気持ちにはよう応えたられへんけど・・・・」
「うん・・・・」
「そやけど・・・・、ここにはまたちょくちょく寄らせて貰うさかい、そん時は・・・、相手してくれや。」
「千ちゃん・・・・・」
不器用な千堂の、精一杯の真心が届いたのだろう。
マリリンは長い付け睫毛に縁取られた瞳から、滝のような涙を流し始めた。
「うおおおぉぉ!!!千ちゃ〜〜〜ん!!!」
「うわっ!抱きついてくんな!!」
「千ちゃ〜〜ん!!!」
「ハナ拭けーー!!ワイの服に付く!!」
「ええやん、胸ぐらい貸したり。男の務めや。」
「ようそんなん言うわ・・・・・」
千堂は閉口しつつも、渋々マリリンの好きにさせてやった。
それも少し落ち着いた頃、はマリリンにハンカチを差し出した。
それで涙を拭ったマリリンは、またさっきまでの陽気な雰囲気を纏っていた。
そして。
「皆聞いたーー!!??千ちゃんはうちだけのお客さんやからなーー!取ったらあかんでーーー!!」
突如フロア中に轟いた野太く黄色い声に、千堂とはひっくり返りそうになった。
「今日はおおきにな、千ちゃん。ちゃんも。また来てね♪」
「うん、また寄らせて貰うわ。」
「おう。」
「あんな、うちな、とりあえず今のままでええわ。」
「今のまま?」
「そう。うちは千ちゃんの大ファンで、千ちゃんはうちのいっちゃん大事なお客さん。」
「・・・・さよけ。」
にこにこと話すマリリンに、千堂は満更でもない笑みを浮かべた。
「そやけどな、うち諦めてへんからな。もしちゃんと上手く行ってへんっぽかったら、ソッコーで喰うたるでぇ♪」
「喰うたるて。」
「ワ、ワイの事かそれ!?」
「そうや♪そやからな、精々仲良うしときや。うちに取られたなかったらな♪」
そう言って、マリリンはにウインクを飛ばした。
「う、うん・・・・。気ぃ付けとくわ・・・・」
熱烈な見送りをしてくれるマリリンに軽く手を振り、二人は店を後にした。
「何か、成功したんかしてへんのか分からんなぁ・・・・」
「とりあえず、当分は大丈夫やろ。お前のお陰で助かったわ。ナイス演技やったで。」
「そう?」
「おう。しっかしお前の口から『嫉妬する』とか聞けるとは思わんかったわ!なんやこう、『ビビビッ!』て来たで!」
「アホか。演技に決まってるやろが。」
「素であんぐらい可愛げあったら、ホンマにワイの女にしたってもええねんけどな〜。」
「何やそのタカビーな言い草は。何やったら今からもっぺんマリリンとこ行って、『さっきの全部嘘やねん』言うてきたろか!?」
「や、止めてくれーー!それだけは!冗談や、冗談やんけ!!」
真夜中のミナミの街に、役割を終えた騎士の楽しそうな笑い声と、色男の泣きそうな声が響き渡った。