「、頼みがあるねん。」
「何やねん、えらい真剣な顔してからに。」
「ワイを護ってくれ!」
「ブフッッ!」
「けったいな笑い声出すな!!ワイ真剣やねん!!頼む!!」
「どないしたんアンタ?頭沸いてんのんちゃう?」
「沸いてへんわ!!実はやな・・・・・」
ここは大阪・ミナミの街。
金と色と欲が渦巻く不夜城。
その一角に二人は居た。
千堂武士とである。
「あかんたれ。オカマバーぐらい、ビビらんと行けっちゅーねん。」
「アホかお前!お前は女やからそない思うねん!!むっちゃ怖いねんぞ!!??」
「あー分かった分かった。やいやい言わんでもついてったるがな。もうここまで来とんねんから。」
「おおきに。ホンマ助かるわ。」
「その代わりアンタのおごりやで。」
きっぱりと言い放ってから、はエレベーターのボタンを押した。
そう、千堂の頼みとは、平たく言えばボディガードであった。
乗り込む先は、大阪屈指のオカマバー。
何でも以前後援会の関係者に連れて行かれた際に、あるホステスにえらく惚れられたらしい。
彼女(?)の濃いアプローチには、流石の千堂も困惑しているらしかった。
しかし何かと店を上げての応援をしてくれている為無下にも出来ず、そこで思いついたのがこの作戦。
に恋人の振りをして貰うという、何ともありきたりなものであった。
扉を開けると、そこはさながら禁断の花園であった。
「いらっしゃいませーーっ!!」
微妙に野太く裏返った声が、二人を出迎える。
その瞬間からして、既に千堂は引いていた。
「いやーーっ、千堂君やないのーー!こんばんわーー!」
「お、おうママさん。こんばんわ。こないだの試合はおおきにな。なんや皆で観に来てくれたんやて?」
「当たり前やん!何、今日はそのお返し?そんなん気ぃ遣わんでもええのにー!」
「い、いやいやそんなんちゃうねんけど・・・・」
千堂は薄ら笑いを浮かべて口籠った。
実は思いっきりそうであるのだが、一応社交辞令というものである。
「いやっ、何!?今日は女の子連れ!?」
「お、おう。まぁな。」
「かいらしい子やん!何さん?」
「です。よろしく。」
「よっしゃ、ちゃんやね。覚えたでー!うちママですぅ、よろしゅうね♪ほな二人とも、奥座って!」
ママは妖艶な微笑を浮かべると、二人を奥のテーブル席へと案内した。
席についた後、は千堂に耳打ちした。
「なんや別にそんな怖いことないやん。何が怖いねん。」
「アホお前、こっからじゃ。見てビビんなよ!?」
「大袈裟な・・・・」
と鼻で笑いかけたその時、彼女は現れた。
「千ちゃーーん!!逢いたかったーーーん!!」
「うわっ・・・」
「出たぁ!!!」
熱烈歓迎モードの彼女に怯えた千堂は、小さく悲鳴を上げてに縋りついた。
確かに気持ちは分かる。
美しいとさえ言えるようなホステスが多いなか、彼女の外見は全くの男であったのだから。
どんなに化粧をしようとも、その髭の剃り跡は隠しきれていない。
細いストラップのスリップドレスから伸びる腕も、大きく開いた背中も、紛れもなく男のものであるし、
その大きな足に履かれている華奢なミュールは、気の毒に悲鳴を上げている。
― うっわー、これまたキッついな〜・・・・
― そやろ・・・・
千堂とは視線でそんな会話を繰り広げた。が、そんな千堂を彼女の剛腕が引き剥がした。
「こないだの試合、カッコ良かったわーー!今日はバンバン飲んでいってや〜!」
「お、おおきに・・・」
「ほんで今日の連れは女の子なんやね〜。名前何て言いはんの?」
「あ、私?です・・・。」
「へー、ちゃん言うの。うちマリリン。よ・ろ・し・く♪はい、一緒にやって!」
「は、はぁ・・・、よ・ろ・し・く・・・・」
は渋々彼女の要求通り、『よろしく』の振り付けを真似た。
それで満足したのか、マリリンはにこにことおしぼりを差し出してきた。
「はいは〜い、熱いから気ぃつけてね〜♪」
「お、おおきに・・・・」
「ど〜も〜・・・」
「とりあえず水割りでええ?」
「おう。」
「うん。」
キープボトルの中身をグラスに注ぐと、マリリンは手馴れた手つきで水割りを三杯作った。
「はーい、ほなかんぱ〜〜い!」
「「かんぱ〜い・・・」」
それぞれのグラスを触れ合わせ、ひとまず三人はそれをぐいと煽った。
その乾杯は、長い夜の始まりを告げるものであった。
「ほんでほんで?二人はどういう関係なん!?」
― 来た!
案の定、マリリンは早速引っ掛かってきてくれた。
ここが正念場である。失敗は許されない。
千堂は持てる限りの演技力を駆使して、の肩を抱き寄せた。
「ま、こういう関係や。」
「うそーーん!!??ちゃんホンマ!?」
「う、うん、まあ。一応な・・・」
「嘘やーーん!?そんなんうちむっちゃ凹むわ〜〜!!!」
― 当たり前や、凹ませるつもりやねんから。
心の中で呟いて、千堂はにんまりと笑った。
しかしこの時の千堂は気付いていなかった。
『恋人の振りをしてくれ』という話以外に、と何も打ち合わせをしなかった事を。
そしてそれはやはり、二人を窮地に追い込んでいくのである。
「いつからいつから!?」
「え゛!?いつ・・・やったっけなぁ・・・・」
「え〜〜と・・・・、む、昔!そうそう、昔からやねん!いつかはっきり覚えてへんぐらい。」
は涼しげな顔で飄々と言ってのけた。
これで関係の長さについては、何とか事なきを得たと言えるだろう。
しかしそれは、マリリンの嫉妬を煽ったようであった。
「え〜〜!!??そんな長いの!?むっちゃショックーー!!」
「まあそういうこっちゃ。とはもう腐れ縁ちゅーかやな。そんなとこや。」
「そうなん・・・・。ほなもうかなりディープな関係やねんね・・・・」
マリリンは寂しそうな口調で呟いた。
が、次の瞬間、その口調は打って変わってかしましいものへと変貌した。
「なあなあちゃん!」
「何?」
「千ちゃんてアッチの方ええのん?」
「ブホッ!ゴホッ、ゲホッ・・・・!!」
は、口に含んでいた水割りを盛大に噴き出した。
「いや〜、大丈夫!?はいはい、お水お水!!」
「あ、ありがと・・・、ゴッホゴホ・・・」
差し出された水を一息に飲み干して、は何とか呼吸を整えた。
が落ち着くのを見計らってていたマリリンは、再度同じ質問を繰り返してきた。
「ほんでどないなんよ?」
「どないって・・・・。そんなん言われても・・・」
― 知らんがな。
それが答えなのだが、まさかそのまま言う訳にはいかない。
しかも曲がりなりにも一応恋人で、付き合いも長いと言った手前、『まだ清い関係です』などと戯けた答えも通じないだろう。
ここは適当にお茶を濁すしかない。
「うん、まあ。まあまあ・・・、かな。」
しかしその答えに不満を持ったのは、何故だか千堂であった。
よせばいいのに、とんでもない事を口走り始める。
「アホ抜かせ!まあまあどころちゃうで?毎回ひぃひぃ言わせとんねんから。」
「このアホ・・・・!要らん事言うて・・・・」
『墓穴を掘る気か』と抗議しかけたを、千堂の肘が制した。
脇腹を小突く合図は、どうやら『ワイに言わせろ』という意味らしい。
仕方無しに、は渋々それに従った。
「やっぱりーー!?千ちゃんの凄そうやもんなーー!あっはっはーー!!」
「ワイのマグナムに勝てる奴はそうそうおらんでーー!ワイら付き合い長いけど、お陰でマンネリ知らずや。」
「羨ましいわ〜、うちも欲しいわ〜〜!!」
マリリンは、物欲しそうな手付きで千堂の太腿を撫で擦った。
千堂はといえば、引き攣った表情を遠慮なく浮かべている。
「なあちゃん、千ちゃん一晩貸してくれへん?」
「ええで〜。何やったら今日でも持って帰って・・・」
「あーあーあー!!なんや今日は喉の調子が悪いなぁ!!」
の言葉を大声で遮って、千堂は何とか己の身を守った。
とその時、ラッキーな事に助けが現れたのである。
「マリリ〜ン、3番さんお願い〜〜!!」
「あっ、は〜〜い♪ほな千ちゃん、ちゃん。ちょっと外すわな〜。また後でゆっくり♪」
「は〜い、ほなあとで。」
「もう帰って来んでええで〜〜。」
マリリンは満面の笑みを浮かべると、二人に手を振って席を離れた。
千堂の言葉はどうやら聞こえなかったようである。
マリリンが向こうのテーブルに着いたのを見計らって、千堂はを睨み付けた。
「お前、ワイを売る気か!?」
「ええやん別に。一晩ぐらいあんたのマグナム貸したりぃや。」
「何言うとんねん!!ワイのマグナムは男相手には役立たんのじゃ!!」
「マリリン女の子やん。」
「アレのどこが女に見えんねん!!ほんで約束もちゃうやんけ!!!」
「あはは!嘘やん、冗談やって!そんな泣きそうな顔しなや。アンタおちょくんのホンマおもろいわ〜。」
「ホンマ頼むで・・・、ワイの貞操の危機やねんから・・・」
千堂はぐったりと脱力して、薄くなった水割りを呷った。
「あっははは!何が貞操やねん。そやけどアンタ、あんま要らん事言わん方がええで。」
「要らん事?」
「そや。ボロ出たら騙せるもんも騙されへんやろが。それを何?『マンネリ知らず』やら『ひぃひぃ言わせる』やら。アホちゃうか?」
「そ・・・、そらそうやけど・・・。ワイにかて男のプライドっちゅーもんがやな・・・」
「プライドもへったくれもあるかい。うちら一遍もヤッた事ないのに、そんな盛り上がりそうなネタ振って突っ込まれたらどないすんねん。」
「う・・・、気ぃつけるわ・・・」
「分かったらええねん。」
足を組み替えながら、は煙草を口に咥えた。
「どうぞ姉さん・・・」
「ん。」
その口元に火を差し出しながら、千堂はまるで自分がホステスかのような錯覚に陥るのであった。