「あーーっ!ロッキーやん!!」
「ホンマやーー!!姉ちゃんもおるで!!」
「おっお前ら・・・!!」
人込みを縫って駆け寄ってきたのは、毎度お馴染み近所の子供達。
いつもいつもここぞという時に限って現れる最凶最悪のお邪魔虫達の出現に、千堂は心から嫌そうな顔をした。
「何しとんねん!!」
「何って、お祭りに決まってるやんか。」
「丁度ええとこで会うたな!ロッキーと姉ちゃんについてこうや!」
「ええで〜。」
「あかん!!」
何気なく返事したの声を掻き消すように、千堂は大声を張り上げた。
「何でやねん!?ええやんか別にーー!!」
「あかん!ワイら今から花火見に行くねん!」
「そやから俺らも連れてってぇや!!」
「お前らは連れて行かれへんねん!!」
「何でぇやーー!ロッキーのケチーー!!」
子供達のブーイングが炸裂する。
ついでにも怪訝そうな顔をする。
「ええやんか別に。連れてったろうや。」
「あ、あかん!」
「何でぇや?」
「いやその、あれや、ほら、アレ!」
「何やねんな?」
「そっ、そや、晩!晩遅なるやんけ!子供は帰る時間や!な?な?」
尤もな理由に何となく納得したは、千堂の側についた。
「それもそうやな。あんたら花火見に行ったら帰んの遅なるし、適当に夜店見たら帰り。」
「えーー!!嫌やぁ!!」
「嫌や嫌や!」
「花火見に行きたい!!」
「ロッキーと姉ちゃんと一緒におったら危なないやろ!!」
「そんな問題とちゃうっちゅーてんねん!ええから帰れ!帰れ帰れ!!」
「嫌や、絶対ついて行ったんねん!!」
「こいつら・・・・」
しぶとく食い下がって折れない子供達に、千堂は渋々ある手段に出た。
文句轟々な子供達を呼び寄せると、その耳に向かって小声で訴えかける。
「ほなりんご飴買うたるから、な?」
「えーーー?どうする?」
「りんご飴なあ・・・・」
「今ワイの言う事聞いといたら凄いぞ。」
「何?」
「小さいやつとちゃうで?お前らに1個ずつ大きい方買うたる。」
「・・・・・ホンマ?」
「ホンマホンマ。」
「ヨーヨーも付けてくれる?」
「・・・・よっしゃ。」
商談は成立した。
気持ち良い位遠慮のない子供達について屋台を回るハメになったが、何とか無事にお引き取り頂く事が出来ただけでも良しとしよう。
そうして子供達が散った後、二人は気を取り直して歩き始める。
― やっぱりこうやな。
花火が上がり、人の歓声が上がる。
は笑顔を浮かべて夜空を見上げている。
そしてふとこちらの視線に気付き、その笑顔を向けてくる。
そこでいつものおちゃらけた雰囲気ではない微笑を一発かます。
が一瞬マジになったら男らしくストレートにこう言うのだ。
『好きや。』
― どうやねんこれ!ワイむっちゃ渋いやんけ!!
「武士ーー!!置いてくでーーー!!」
「・・・・・・。」
に捲し立てられて現実に引き戻された千堂は、今後に多少不安を覚えつつも後を追った。
「うわあーー!上がってる上がってる!!」
「おおーー!!『たーまやーー!』ってか!」
大川のほとりは、既に人だかりで一杯であった。
暑苦しいのは不愉快だが、こういうのもまた祭りの風情であろう。
千堂はの手を引っ張ると、花火の見やすい場所へと移動して行った。
「狭いなあ!」
「しゃーないやんけ。こんだけ人おんねんから。」
「まあな。あっ、また大きいのん上がったで!!」
夜空に次々と大輪の花が咲き、儚く消えてゆく。
その度に人の歓声が上がり、自分達の声がかき消される。
ふと横を見れば、はやはり嬉々として夜空を見上げていた。
人込みに押されているせいで、二人の距離はかなり近い。
これ以上のシチュエーションとタイミングはないだろう。
千堂は夜空を見上げるに根気良く視線を送った。
「ん?どないしたん?」
案の定、はすぐに気付いて千堂の顔を見た。
千堂は急いで思い描いていた微笑を形作った。
それはどうやら上手く出来たらしく、の表情が少し真剣な感じになる。
― 今や!!
「・・・・、うわっ・・・!」
何かが腰に触れる感触に、千堂は喉まで出掛かった決め台詞を飲み込んでしまった。
腰は腰でも息子さんに届くかどうか非常に際どいギリギリの部分であったからだ。
どうやらそれは人の手の平のようだが、そんな事が出来るのはすぐ隣に居る人間しかいないだろう。
積極的なお誘いに、千堂は思わず動転した。
「あ、あかん、あかんて・・・。それは後でゆっくりやな・・・!」
一方、千堂とほぼ同じタイミングで、も怪訝そうな顔をしていた。
― 何?これ手??誰!?
もヒップに妙な感触を感じていたのである。
こんな芸当が出来るのは、ごく近くに居る人間だけだろう。
だが周りを見てもカップルカップル。
目線は全て上空、若しくは連れの顔。
ふと千堂に目をやれば、どうも様子がおかしい。
― まさかコイツ・・・!
「武士・・・・」
「・・・、お前の気持ちはよう分かった。せやけどここは男のワイから言わしてくれや。」
ナニかを堪えるように辛そうな顔をした千堂は、小刻みに震えるをまっすぐに見つめた。
はきっと、言葉にされる事に期待と緊張を抑えられないのだろう。
早く言ってやらなければ。
「ワイな、お前の事・・・いったぁーー!!」
突然頬を張り飛ばされ、一瞬頭が真っ白になる千堂。
「何すんねん!」
「それはこっちの台詞じゃ!!アンタよりにもよって私に痴漢とは何事や!?」
「痴漢!?何の話やねん!!」
「・・・・ぁて。」
「なぁて!」
「「あぁ!!??」」
すぐ近くで聞こえる誰かの声に、千堂とは怒りの勢いに任せて反応した。
するとそこには。
「お前ら!!」
「あんたら何でここおんの!?」
「さっきから呼んでんのに、姉ちゃん全然気ぃ付けへんねんもん。」
「ロッキーもや。俺さっきからずっとロッキーロッキー言うて揺すってたのに。」
「「えぇ!!??」」
どうやら『痴漢騒ぎ』及び『積極的なお誘い』は、この子供達の仕業であったようだ。
千堂は脱力し、はバツが悪そうに笑って誤魔化した。
「あははー、あんたらやったんか!いやあ、ごめんな武士!あっはっは!」
「ごめんで済むかい!!ほんで『あっはっは』て何やねん!?」
「しゃーないやん、私てっきりあんたが溜りすぎておかしなったんちゃうか思て。」
「ビンタされた上にボロクソ言われとんなワイ。」
折角気合を入れたここ一番の場も、これ程までにガタ崩れになっては最早巻き返す事など不可能だ。
― ええねん。もうええねん。どうせいっつもこんなんや。
乾いた笑いを浮かべ、千堂は花火と共に潔く散った。
「お前ら帰れっちゅーたやろが!!人の言う事聞け!!」
「ちゃうねん!聞いてぇやロッキー!!」
「何やねん!?」
「あんな、俺らあの後当てもんとかしとってんやん。」
「それがどないしてん?」
「ほんでな、お小遣い全部使こてもうてん。」
わははと大口を開けて笑う子供達。
実に無邪気である。
「全部て、あんたらまさか帰りの電車賃まで使こたんか!?」
「うん。ぜーんぶ使こてもうた!」
「せやからロッキーと姉ちゃんに連れて帰って貰おうや言うて、なあ?」
「なあ。」
「『なあ』ちゃうんじゃ!!アホかおのれら!!」
「ほんであんたらうちらの事追いかけて来たん?」
「うん!むっちゃ走って来てんで!」
「ほんでむっちゃ捜したし!」
「あんたらなあ、危ないやろ!うちらと会えへんかったらどないするつもりやってん!!」
「そうじゃそうじゃ!!」
― まあええわ、これはこれでええやんけ。
今年の夏も見事何の変化もなく過ぎて行きそうな予感が嬉しいやら悲しいやら。
と共に子供達を叱りながら夜道を歩きつつ、千堂の胸中は何とも複雑であった。