胸騒ぎの夏祭り 前編




ここは昼下がりの千堂家。
千堂武士は見てもいない新聞をバサバサと捲りながら、いつもの如く遊びに来ていたに本日のメインとなる話題を切り出した。

「もうすぐ天神さんやなぁ〜。」
「ああ、ホンマやなぁ。もうそんな時期かいな。」
「今年どうすんねん?行くんか?」
「どないしよ・・・・、混んでんのが嫌やねんけどなあ。」

は再放送のサスペンスを真剣に見入っており、返事はどことなくうわの空である。

「行こうや。な?」
「そやなあ・・・・」
「よっしゃ、決定や。」

依然うわの空なを全く意に介せず、千堂は半ば一方的に予定を決めた。
伊達に付き合いは長くないのである。




そして7月25日がやって来た。
今日は大阪天神祭りの本宮の日である。
夕方になって、千堂は家に奇襲をかけた。

「おーい、支度出来てんのか・・・って、寝巻きのまんまかい!!
「何やねん。あかんのか?」
「お前なあ、今日天神さん行く言うたやろ!!」
「え?あれ本気やったん??」
「当たり前じゃ!!そやからワイ来たんやがな!」
「ごめんごめん!!でもそんなん聞いてへんかってんけど。」
それはお前がTVばっかり見くさっとったからじゃ。

千堂は些か拗ね気味に文句をつけた。

「何やねんその寝巻きは!スッピンは!オバハン括りは!早よ支度せえ!!」
「やかましいな〜、分かったがな!」

は無造作に一つに束ねた髪、千堂が言うところの『オバハン括り』を解き、ベッドに腰掛けて待っている千堂を部屋から叩き出した。

そしてしばらく後。


「お待たせ。」
「おう、・・・って何や、浴衣ちゃうんかい。」
「ええやんか別に。浴衣しんどいし、下駄で足痛なるし。」
「風情っちゅーもんに欠けとるがな。まあしゃーないか。」
「早よ行こや。」

スタスタと行ってしまうの背中を見ながら、千堂は小さく溜息をついた。
些か思惑から外れていたからだ。

― しゃーない。この際細かい事は抜きにしとこ。

千堂は気を取り直すと、駆け足での後を追って行った。




「うわぁー!やっぱりよう混んでんなあ!!」
「暑っ!!」

地下鉄の出口を上がれば、そこはさながら灼熱地獄であった。
昼間に散々厳しい陽光を吸収したアスファルトは、日が落ちた今もまだ熱い。
それに加えてこの人込み。
肌にじっとりと纏わり付くような鬱陶しい暑さが、千堂とを包み込む。

「早速喉乾いたわ。何かつべたいもんが欲しいなあ。」
「ジュースか?かき氷か?」
「かき氷にしよ!」

は嬉々としてかき氷の屋台へ駆けて行った。
二人はそれぞれ氷のカップを手にすると、ゆっくりと食べながら天満宮へと歩き出す。

「私前から思っててんけど、それ美味いか?」
「お前何も分かってへんなあ。かき氷はブルーハワイが一番やっちゅーねん。」
そんなん色だけやん。味はこっちの方が絶対美味い。」
「みぞれなんか何も色ついてへんでしょーもないやんけ。」
「それはあんたが派手思考なだけやっちゅーねん。騙されとんねん。

は可笑しそうに笑いながら、氷の山をスプーンで崩しては口に運ぶ。
千堂も同じ仕草をしながら、氷の冷たさと祭りの陽気を噛み締めていた。

― やっぱりええシチュエーションやんけ。


「せやけどなあ、私ホンマはかき氷やったら宇治金時がいっちゃん好きやわ。」
「そうかぁ!?」
「そうやって!練乳掛かってたら尚良しやな。そん次がイチゴかみぞれやな。」
「何言うてんねん。ブルーハワイやっちゅーてるやろ。そん次レモンかメロンや。」
いーや宇治金時や!
「よっしゃ、いっぺんあんじょう説明したろか!?ええか、かき氷っちゅーんは・・・」

思わず熱くなりかけた千堂は、ふと思い留まって口を閉ざした。

― あ、あかん。そんなんどうでもええっちゅーねん。

そうなのだ。
何もかき氷談義をしにわざわざこんな所までやって来た訳ではない。

「武士ー!?何してんねんな!置いてくで!!」
「ま、待ってくれや!!」


今日こそは。

そんな密かな思いを胸に、千堂は慌てての後を追った。




人込みを掻き分けて、ようやく境内まで辿り着いた。
賽銭箱に小銭を投げ入れ、お参りをする。


― 前から思っててんけど、夏祭りのお参りって何を参ったらええの?

『まあええわ、この夏も元気で楽しく過ごせますように。』


目を閉じて手を合わせているを横目で見て、千堂も目を閉じた。

― ええとやな、ここの神さん何ちゅー名前やっけ?

『まあええわ、ワイ勝負掛けるさかい、何しかあんじょう頼んまっせ!』


「武士終わった?」
「おう、終わった終わった。ほな何か食おか?」
「うん!」

ずらりと軒を連ねる屋台から漂う匂いが、千堂とを引き寄せる。
それに誘われるまま、二人はうきうきと歩いて行った。




たこ焼き・イカ焼き・フランクフルトに焼きトウモロコシ。
食後のおやつにベビーカステラ。
昔懐かしの瓶ラムネを手に、飲むわ食うわのプチ宴会。

すっかり落ち着いたお腹を撫でながら、は満足げに溜息をついた。

「何で屋台のもんって、あれもこれも食べたなんねやろなあ。」
「ホンマやな。せやけど屋台の値段も上がったなあ。」
「なあ!?むっちゃ高いやん!!うちらが子供の頃はもっと安かったのになあ。」

まったりと食後の満足感を味わいながら、祭り気分を満喫する。
ふと見上げれば、空にはようやく夜の帳が降り始めている。

― そろそろや。

「なあ、ぼちぼち花火でも見に行こか。」
「そやなあ。」

夏の夜空に咲く大輪の花火。
それを映し出す大川の水面。
今この時期しかない最高のシチュエーション、みすみす逃す手はない。

「よっしゃ、ほな行こうや。」

を人込みから庇うようにさりげなく肩に手を回し、歩き出そうとした。
だがその時。




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後書き

今年も祭りのシーズンがやって参りましたなあ。
という訳で、天神祭りをネタにやってみました。
しかし、シチュエーションが違うだけで、大元のストーリーが
マンネリなのは気のせいでしょうか?

うん、気のせいでいいや。そうしとこう(笑)。