「ほなかんぱ〜い!!!」
「「「かんぱーい!!!」」」
町内会長が乾杯の音頭を取ると同時に、一同は一斉に手にした紙コップを高く掲げる。
かくして、狂乱の宴の火蓋が切って落とされた。
「ロッキー、もっと飲まんかい!!」
「あかんておっちゃん!!零れとるがな!!」
「ちゃんももっと飲みぃや!!」
「うん、飲んでる飲んでる。・・・いやいやいやいやそんな注がんといて!ちゃんと飲んでるから!!」
千堂は酒屋のおっちゃんに、はパン屋のおばちゃんに、それぞれビールをなみなみと注がれる。
千堂はボクサー故、注がれるままガブガブと飲むわけにはいかない。
にしても、この集団の中で酔っ払ってハメを外すなどという恐ろしいことはしたくない。
二人は飲む振りをしたり、お弁当やおつまみを口に詰め込んだりと、必死でカモフラージュしていた。
「なあてちゃん、男はおるんかい!?」
来た!!
は千堂のわき腹を肘で小突いた。
『何とかして』の合図である。
任された千堂がの代わりに答える。
「おらんおらん。おったらこんなとこ来るかいや。」
「そらそうやな、がはははは!!」
「こいつら・・・・!」
勝手な物言いに、のこめかみに血管が浮かび上がる。
しかし下手につついて話を振って来られても困る。
は聞こえていない振りをして、枝豆をつまんだ。
「武ちゃんこそどないやねん、女の子にようモテるんちゃうの?」
「モテへんモテへん。万年振られっぱなしや、なぁ武士。」
「余計なお世話じゃ・・・・!」
「ほなおばちゃんが彼女なったろか?どや?」
怖!!
太腿を摩られて怯えた千堂が、に合図を送る。
「やめときおばちゃん。おっちゃん泣くで〜。」
「いや泣きはせんけど、ロッキーが可哀想やで。こんなオバハン嫌やっちゅーねん、なぁロッキー!」
「あんたに言われとうないわ!!」
に便乗して、パン屋のおっちゃんが話に割って入ってきた。
それをきっかけに、おっちゃんおばちゃん達の注意が二人から逸れる。
二人はホッと溜息をついて、ビールに口をつけた。
「そうや!あんたらどないなんよ!!付き合うてへんのんかい!?」
「「ブーーーーッッ!!!!」」
二人して飲みかけていたビールを勢いよく吹き出す。
この花見の恐ろしいところは、正にこの点なのである。
撒いても撒いても、入れ替り立ち替り色んな人が絡んでくる。
延々と続くそれは、まさしく無限地獄そのものである。
「どないやねん?」
「どないて!そんなわけないやろ!!」
「そやそや!!」
おばちゃんの言葉を、激しいリアクションと共に必死で否定する二人。
しかしそんなことでこの猛者達は引き下がらない。
「ほな付き合うたらええねん!」
「そやそや、そないし!!」
「よう似合てるがな!!」
「「似合てへん!!!」」
「そんなことあらへんて!!ちょうどええやん!!そないしぃや!!」
「そやそや!」
まだ個人個人なら良かったのに、いつの間にやらセットで絡まれている。
二人はそこでやっと気付いた。
話のネタになるような若者が、自分達二人だけだということに。
全くもって最悪の事態である。
「ちゃん、ロッキーはええぞ〜!男前やし、強いし。」
「そやそや。」
「ナニもデカいしな!!」
「「!!!」」
「がっははははは!!!」
「せやせや!!流石は浪速の虎、てか!!」
「ロッキーはアッチの方も強いでな!!」
「あっひゃっひゃっひゃっ!!!」
凄まじいテンションでシモネタを炸裂させるおっちゃん連中。
「なんちゅーこと言いよんねん・・・・」
「オッサンや、オッサン満開や・・・・」
あまりの盛り上がりっぷりに引く二人。
「なんや武ちゃん、そんなええモン持っとんかい!」
「おばちゃんらまで・・・!!」
「どれ、おばちゃんが見たろ!見してみ!!」
「見せるかい!!!」
ベルトに手を掛けられ、千堂は死に物狂いの抵抗をする。
はなす術もなく、それを見守る。
「!!何ぼーっと見てんねん!!助けろや!!!」
「ごめん無理!!」
「何や今更照れいでもええがな〜!おばちゃんどんだけあんたのオシメ替えたった思てんねん!」
「いつの話やねん!!」
なんとかおばちゃんの魔の手から逃れることが出来た千堂。
千堂に逃げられたおばちゃんのテンションが急に下がる。
「ほんま、武ちゃんもちゃんも、こないだまでこーんなちっこかったのになぁ。」
「いつの間にこんな大きなったんやろ!」
「二人とも立派に育ってなぁ・・・・。嬉しいけど、おばちゃん何や寂しいわ〜!!」
「奥さん泣きなや!!」
「あーあ、泣いてもた・・・。」
「今度は泣き上戸かい・・・・。」
さめざめとむせび泣くおばちゃんに再び引く二人。
しかし何だか可哀想になってきて、がおばちゃんを慰める。
「おばちゃん泣き止んでぇな。な?何も寂しいことないやろ?」
「ぐすっ、おおきにな、ちゃんは優しいなぁ〜!」
「武ちゃん!!あんたちゃんええでー!!優しい子やで!!嫁にもらい!!」
「「ほんでまた話そっち行くんかい!!」」
再び振り出しに戻った話のせいで、思わずツッコミがハモる。
しかし盛り上がったおばちゃん達の耳には届いていない。
「なぁてさん!!武ちゃん、ちゃんの婿にどうや!?」
「あぁ〜、ええんちゃうか〜!」
「そんだけかい!!」
父の適当な返答にツッコむ。
しかし酔っ払って上機嫌な彼には、のツッコミなど聞こえていない。
恐らくおばちゃんの言葉もロクに聞こえていなかっただろう。
「婆ちゃん、婆ちゃん〜!ちゃん、武ちゃんの嫁にどうや!!ええと思わん!?」
「せやな〜。」
「祖母ちゃんもかい!!」
「ほらあんたら!どっちもええ言うてはるやん!!決まりやな!!」
「「何がやねん!!」」
本日最大のボリュームでツッコむ二人。
だがおばちゃん達は聞いてやしない。
「何て、結婚やがな!!そうと決まったら早よしやなな!!」
「そやそや、子供は早よ産んどかなあかんで!!」
「若いうち子育てしといた方が楽やさかいな!!年いってからやったらしんどいで〜〜!!」
「ロッキーとちゃんやったら、ようさん子供出来るで!!」
「楽しみやな〜!あっはっは〜〜!!!」
人の将来を勝手に決め出しているおばちゃん連中。
もはや手のつけようがない。
「どこまで話飛んどんねん・・・・」
「あかんで、ぼちぼちシャレならんようになってきとんで。」
「せやな・・・。買出しでも行くふりして抜けよか。」
「そないしよか・・・。」
大盛り上がりを見せているおっちゃんおばちゃんに気付かれないように、二人はこっそりと抜け出そうとした。
うまく抜け出せさえすれば、後はお開きになるまでどこかで時間を潰していればいい。
しかし天はまだ彼らをいじりたがっていた。
ジャジャーーン!!!
「「!!」」
いきなり演歌のイントロが流れ、千堂とは心臓が口から飛び出そうな程吃驚した。
誰が持って来たのか知らないがハンディカラオケがあったらしく、いつの間にかカラオケ大会が始まっていた。
「いよっ!!男前!!!」
「ヒューヒュー!!!
声援が飛び交う中、トップバッターの八百屋のおっちゃんが十八番の歌を熱唱する。
おっちゃんには悪いが、今がチャンスだ。
二人は再び場を抜け出そうとした途端、千堂の腕を何者かが掴んだ。
「うわっ!!」
「武ちゃん!!おばちゃんと踊ろうや!!」
「はぁ!!??」
「よっしゃ、ほんだらちゃんはおっちゃんと踊ろか!!」
「えぇ!!??」
いい感じに酔っ払ったおっちゃんおばちゃんに捕まり、チークダンスの相手をさせられそうになる二人。
ますます最悪の事態である。
これは大抵の若者ならば引くシチュエーションであろう。
もちろんこの二人も例外ではなく、必死で抵抗する。
「いやいやいや!!うちらちょっと買出し行ってこよう思てんねん!!」
「せやねん!!おばちゃん、おっちゃんと踊っときぃや!!」
「な〜に言うとんねん!!買出しなんか行かいでもええやろが!!」
「そやそや!!ええやんか〜、踊ろうや〜!!」
「ワイよう踊らんて!!!」
「私も無理やて!!!」
腕を掴んで離さないおっちゃんとおばちゃんにうろたえる千堂と。
「大丈夫やて!!おっちゃん教えたるがな!!」
「いやホンマ無理!!勘弁して!!」
「ワイも無理、絶対無理!!!」
やっとの思いで腕を振り払って後ずさる二人に、おっちゃんとおばちゃんは残念そうに顔を顰める。
「何やねん、おもろないのう。」
「ほなあんたらの歌聞かしてぇな!」
「そらええわ!!」
「「歌!?」」
ダンスから解放されたと思ったら、次は歌を要求される。
千堂と、今日はとことん天から見放されているらしい。。
「そや、あんたらのデュエット聞きたいわ〜!!」
「なあ!!次ロッキーとちゃんがデュエットするてーー!!」
「せえへん、せえへんてーー!!」
先手必勝でおっちゃんが次曲の予約をする。
の反論も空しく、二人は次にエントリーされてしまった。
「何歌う?」
「何て・・・・。」
「てゆーかデュエットて。うちら歌える歌あんの?」
「『別れても好きな人』は?」
「ワイそれは知ってるわ。」
「私サビしか知らん。」
「ほなあかんな・・・。『居酒屋』は?」
「それやったら知ってる。」
「それはワイがあんまり知らん。」
「難しいなぁ〜。ほな『もしかして PARTU』は!?これやったらイケるやろ!?」
「そやな・・・・」
「まあ、なんとか・・・・。」
「よっしゃ、決まりや!!」
選曲している間に、八百屋のおっちゃんが歌い終わった。
「次あんたらやろ!!早よこっちおいで!!」
「ほらマイク!!」
「ロッキーとちゃんのデュエット、初めて聞くなぁ!!」
「当たり前や・・・・」
「最初で最後にしたいわい・・・・」
おっちゃん達に小声でツッコむ二人。
散々ツッコんで疲れたせいか、勢いがない。
「なあ、ワイらなんでこないなっとんや?」
「それは私が聞きたいわ・・・・。やっぱり来やんかったら良かった・・・・。」
「いよっ!ロッキー!!待ってました〜!!」
「ちゃ〜ん!!ええぞーー!!」
小声でコソコソと言い合う二人に、盛大な声援が送られる。
そうこうしている間に、イントロが流れ始めた。
「あぁもう、めっちゃ嫌や〜〜。私しんどい振りして帰ってもいい?」
「アホか、お前一人だけ助かろうと思うなよ。こうなったらとことん道連れじゃ!」
「開き直っとんな自分・・・・。」
まるで演出の如く、花吹雪が二人の頭上に降り注ぐ。
数秒後、妙にハイテンションな千堂とやる気のなさそうなの歌声が響き渡った。