奴はもう間もなくここへ辿り着くだろう。
いよいよ決着をつける時がやってきた。
もはや何の迷いも躊躇いもない。
シンは自室の扉を開いた。
するとそこには、頬に涙の跡が残るが立っていた。
「まだ居たのか。二度と俺の前に現れるなと言った筈だ。」
「聞けません。KING様、いくらあなた様のご命令でも、それだけは。」
「死にたいか。」
「本望です。ですが私は、殺されてもあなた様から離れる気はございません。」
の瞳は真剣だ。
その瞳は、ユリアを想う自分のものと同じ色をしている。
かつて目を背けたその光を、何故か今はまっすぐに見つめ、認める事が出来る。
「・・・・馬鹿な女だ。報われないと分かっているのに、むざむざそれを甘んじて貫くとはな。」
「恐れながら、KING様が一番私の心中をお察し下さるのではないでしょうか。」
「・・・・フッ、だから馬鹿だと言ったのだ。」
そう言って、シンは初めて微笑をに向けた。
いつも冷徹で凍てつくような表情を浮かべていた君主は、今、ただの一人の男に見える。
泣き出しそうにも見えるような、儚く優しい笑顔を向けられて、も心からの微笑を返した。
ああ、もうこれで。
何も思い残すことはない。
あなたを愛したことに、悔いはない。
「ご命令に背き、申し訳ございませんでした。どうぞ罰して下さい。」
そう言って、は瞳を閉じた。
シンはそんなを見て顔から微笑を消すと、一歩前へ出た。
「さらばだ。。」
「・・・・っ!!」
― KING様、あなたは私の全てでした・・・・
「んん・・・・・・」
ここは何処だろう?
柔らかくて温かで、居心地が良い。
これが『天国』と呼ばれる所なのだろうか。
は重い瞼をうっすらと開いた。
開いた瞳に飛び込んできたのは、何処かで見たことのある風景。
この高い天井は、確かシンのベッドルームの筈だ。
驚いたは、勢いよく跳ね起きた。
「うっ・・・・!」
鳩尾が少し痛む。
だが、他はどこも何ともない。
どうやら死んではいないようだ。
は辺りを見渡した。
ここはやはりシンのベッドルームだ。
そして、自分の身体は大きなベッドの上にあった。
シンは自分を殺さずに気絶させて、ここへ運んだようだ。
何度となく彼に抱かれた、この想い出の部屋に。
「KING様は・・・、KING様は何処へ・・・!?」
はベッドから飛び降りると、シンの姿を求めて部屋を飛び出して行った。
城の中には、シンはおろか兵士の一人もいなかった。
徐々に数が減ってきていたのは分かっていたが、誰もいないというのはどういう事か。
嫌な予感がしたは、必死で城中を駆け回った。
そして最上階の大広間で、無残な死体と化したハートと兵士、そして胸を貫かれたまま椅子に腰掛けているユリアの人形を見つけた。
おまけに柱は壊れ、床には至るところに血痕がある。
ここでシンは何者かと戦ったのだろうか。
邪魔をするなというのは、この事だったのか?
は部屋中を探した。
だが、シンの姿はどこにもなかった。
その時、途方に暮れるの脳裏に、ふと昨夜のシンの言葉が浮かび上がった。
― 俺はユリアが飛び降りた時、ただ生きてさえいてくれればもう何も望まないと、そう思った。
― ユリアが飛び降りた時・・・・
― 飛び降りた・・・・
「KING様、KING様・・・・!!」
胸の底からせり上がってくるような悲しみと恐しさに取り乱しながら、は再び階段を駆け下りた。
「KING様!!」
城の外に出たは、大広間の真下にあたる場所まで全速力で駆けつけた。
だが、そこにあったものは無残なシンの遺体ではなく。
「・・・お墓・・・・?」
「あんた誰だ!?」
「あ、あなた達は!?」
視線が真新しい墓に釘付けになっていた為、はその場にいた二人が視界に入っていなかった。
いきなり少年に声を掛けられ、は驚いて身を固くする。
すると、今度は男の方が声を掛けてきた。
「お前は誰だ?」
「私は、ここのメイドです。あなた達こそ誰なんですか?ここで何を・・・?」
「何って、KINGの野郎をぶっ潰してやったのさ!!」
男の代わりに少年が返事をした。
屈託のない少年の恐ろしい返答に、の気が遠のきそうになる。
「まさかこのお墓は・・・・」
「奴の墓だ。俺はやめとけって言ったんだけどよ、ケンがどうしても作るって言うもんだから。」
「KING様の・・・・!ああっ・・・・!!」
は悲痛な呻きと共に、膝から崩れ落ちた。
それを咄嗟に男の腕が支える。
しかしは、その手を払いのけた。
「おい!あんた何すんだよ!?」
「人でなし!!何てことを・・・・!!」
「何だとーー!?」
「よせ、バット。」
息巻く少年を制して、『ケン』と呼ばれた男はに向き直った。
は涙を浮かべつつも、ケンの顔を真っ向から睨み付けた。
「あなたがKING様を殺したのね!?」
「・・・・違う。奴は俺の拳では死ななかった。」
「何を馬鹿な事を!そんな事信じられる訳が・・・」
「奴は自ら命を絶った。誇り高い最期だった。」
「聞きたくない!!私はあなたを許さない!!」
「おい姉ちゃん、黙って聞いてりゃ随分じゃねえか!こっちにも色々事情ってもんがあったんだぜ!?」
「そんな事知らないわ!!あなた達こそ何も知らないくせに・・・!何も・・・・」
は言葉を詰まらせると、そのまま地面に膝をついてさめざめと泣き崩れた。
顔を両手で覆って、悲しみに肩を震わせるを見て、バットは意気消沈したように黙り込む。
ケンはを慰めるように、その肩にそっと触れた。
「触らないで!敵に情けをかけられるぐらいなら、殺された方がマシよ!」
「KINGは、シンは確かに俺の敵だった。だが、奴は俺の無二の友だった。」
「友・・・・?」
「・・・・シンの事を頼む。安らかに眠れるように見守ってやって欲しい。」
そう言ったケンの瞳には、紛れもない悲しみが宿っていた。
はそれ以上、何も言うことが出来なくなった。
彼もまた、大事な何かを失った者の瞳をしていたのだから。
ユリアを失ったシンや、シンを失った自分と同じように。
ケンは、黙り込んだに背を向けた。
「行くぞ、バット。」
「・・・うん。」
二人は振り返ることなく去って行った。
呼び止める気力は、もはやなかった。
それに、シンが亡くなったという事実は決して動かない。
彼らの言う『事情』を根掘り葉掘り聞いた所で、彼は二度と帰ってこない。
次第に遠ざかっていく二人の姿を、はただ呆然と見送った。
二人の姿が完全に消えた後、は這うようにシンの墓に近付いた。
墓はまだ真新しく、掘り返した土の匂いがする。
それがついさっきまでシンが生きていた事の証のようで、また新たに悲しみの波が襲ってくる。
もう枯れ果てたと思っていたのに、涙はあとからあとからとめどなく溢れてくる。
「KING様・・・・。せめて、私がずっとお側におります。今までもこれからも、ずっと。」
ケンという男に頼まれたからではない。
自分がそうしたいからだ。
ユリアの愛を得るどころか亡くなったことすら知られず、一人淋しく眠りに就くのはあまりにも哀しい。
シンがそれを望むかどうかは分からないが、せめて自分だけでも側についていたい。
最期を見届ける事も叶わなかった。
焦がれそうなこの想いすら告げられなかった。
だからせめて。
いつかこの身が天に還るその日まで、シンの面影を胸に抱いて、この場所で一人生きていこう。
シンの眠りを守る事が、これからの自分のなすべき事だ。
「KING様、私はあなたを・・・・愛しています。」
ようやく言えた。
伝えることの出来なかったこの言葉を。
慰める事も満たす事も何一つ出来なかったけど、せめて毎日、この心を惜しみなく捧げましょう。
何度でも何度でも、愛の言葉を伝えましょう。
それが私に出来る、たった一つの事なのだから。
あなたは、私の全てなのだから。