GYPSY QUEEN 1




灼熱の陽光で焼け付く砂利道を、人々がひっきりなしに砂埃を巻き上げながら、忙しなく行き交っている。
そんな雑踏の片隅に、一人の若い女が居た。


深い紫色のストールを頭から被り、首から上と手首から下以外に肌の露出を許さない黒いワンピースを着て、じっと押し黙ったまま微動だにしないその女は、まるで風景の一部と化しているようだった。

だが、女は只そこでぼんやりしている訳ではなかった。
大方そこらに放置されてあった物だろうと容易に想像出来るような古く小ぶりな木箱が、女の椅子となり、机となっていた。
そして、古ぼけた不思議な柄の布切れが敷かれたその机の上には、よく使い込んであるらしいタロットカードが一組。
つまり女は、占いを生業としており、尚且つ『営業中』という看板を掲げている最中だったのである。


しかし、時代は折しも乱世の真っ只中だ。
多くの者が飲み水にさえ事欠くこんな時代に、代価を支払ってまで占いを聞きたがる者など、まず滅多に居ない。
それに、夢や希望は全て核爆弾に消し飛ばされ、残りカスのようになってしまったこの世界に生きている限り、明るい未来などはやって来ない。
仮に無償だとしても、占いなど聞く意味も必要もないのだ。


だから人々は、女の姿が目に入ってはいても、無関心な表情で女の前を通り過ぎるだけだった。




そうして、何人、何十人と通り過ぎた頃。




「・・・・もし、そこのお方。」

それまで沈黙を守っていた女が、初めて通りすがりの若い男に声を掛けた。


「何やら不吉な予感がします。占って差し上げましょう。」
「はぁ?占いだぁ?何かと思ったらそんな事か!要らん要らん!」

呼び止められた男は、はじめはキョトンとしていた顔をすぐに迷惑そうに顰めた。
この男も多分に洩れず、占いなどには何の価値も見出ださないタイプの人間らしい。

だが、女はそれでも引き下がらなかった。


「すぐに済みますから。聞いていかれた方が、恐らくあなたの為になると思います。」

女は落ち着いた口調でそう言うと、男の了解も得ないまま、一つの山にしてあったカードを取り上げ、手際良く切り始めた。


「おい、要らんと言っているだろうが!俺は忙しいんだ!」
「・・・・・・・」
「言っておくが、そうやって強引にしても無駄だぞ!水も食い物も一切やらんからな!」
「・・・・・・・」
「おい、聞いているのか!?」

男が捲し立てても、女は何の反応も返さず、唇を引き結んだまま占いに集中していた。
この占いに自分の食い扶持が掛かっているのなら、代価を払わない客に用はない筈だ。
なのに何故この女は、客でもない人間の為に、こんなに真剣に占うのだろうか。
道楽か、ボランティアか?
いずれにしても、今の時代の常識からは考えられない。
誰もが自分の事だけで精一杯、今日を生きるのに必死なこの逼迫した時代には、似つかわしくないタイプの人間だ。

もしかしたらこの女は、飢えと恐怖の余り、正気を失くしているのかもしれない。


「・・・・・もう良い、やりたきゃ勝手にやってろ。」

関わらないのが得策と言わんばかりに、男は歩き去ろうとした。
すると、それまで全くの無反応だった女が、不意に再び口を開いた。


「・・・・結果が出ました。」
「はぁ?」
「やはり、不吉な暗示が出ています。予期せぬ事故に遭い、命に関わるような酷い怪我を負うかもしれません。お気をつけなさい。」
「・・・・ケッ、何だそりゃ。何も貰えないからって嫌がらせのつもりか?気分が悪いぜ、全く!」

女の告げた結果を聞いて、男は益々機嫌を損ね、プイとそっぽを向いて歩き出した。




「ケッ、冗談じゃねぇや。」

腹立ち紛れの憎まれ口を叩きながら、男は通りをズンズンと歩いて行った。
あんなインチキ占いなど真に受けるつもりは元々ないが、それにしてもあんな事を言われては良い気がしない。
加えて、あの女の薄気味の悪さ。
器量は悪くなかったのだが、陰気そうな、何を考えているのか分からないような無表情が、何とも不気味だった。
あれならば、少々見てくれが悪かろうがガサツだろうが、あっけらかんと明るい女の方がまだ魅力的だ。


「・・・・・さっさと忘れちまおう。」

男が軽く頭を振った、その時だった。



「危ないっ!!」
「うわあっ!!」

突然誰かに突き飛ばされ、男は派手に道端に転倒した。
そのまま突き飛ばした誰かと団子のように絡まってゴロゴロと転がり、ようやく止まってから、男はヨロヨロと立ち上がった。


「あ〜痛てててっ・・・・・!おいお前!何しやがるんだ!?」

そして、自分を突き飛ばした犯人らしい男が横に転がっているのを見つけ、文句を言ってやろうと凄んだのだが。


「痛てて・・・・・!良かった、無事みたいだな。」
「はぁ!?」

同じくヨロヨロと立ち上がったその男は、謝るどころか笑顔さえ浮かべて訳の分からない事を言った。
そして、懐から葉巻を取り出し、火を点けてのんびりと燻らせ始めたりなどしている。
いきなり人を突き飛ばしておいて、何という態度だろう。
それに、一体この姿の何処を見て無事だと思うのか。
服も髪も砂塗れで、手には一つ二つ擦り傷が出来てしまっているのに。


「これのどこが無事なんだ!お前のお陰で酷い目に・・・」
「あれを見てみな。」
「あぁ!?・・・・・・・・え・・・・・・・・」

紫煙を吐き出しながら男が指を指した方向は、つい今しがたまで自分が居た場所だった。
さっきは何もなかったその場所に、今は重そうな瓦礫が落ちている。
その場所のすぐ隣に建っている廃ビルから崩れ落ちてきたものだろうか。

もしも、あのままあそこを歩いていたら。


「危ないところだったぜ、アンタ。本当に間に合って良かったよ!」

そう思った瞬間、男の顔色がみるみる青ざめた。


「あ・・・あ・・・・、有難う・・・・・、助かったぜ・・・・・」

つまり、自分を突き飛ばしたこの男は、犯人ではなく命の恩人だったのだ。
恩人に礼を言った後、男はふとさっきの女占い師の言葉を思い出した。


不吉な暗示。
予期せぬ事故、酷い怪我。


「・・・・・・おい・・・・・・・、マジかよぉっ!?」
「あっ、おい!?どうしたんだよ!?」

女の言葉を頭の中で何度も繰り返しながら、男は元来た道を猛然と駆け戻った。



「おっ、居たっ!おいおいおいおいっ、姉ちゃんっ!そこの占い師っ!」

先程の場所まで戻ると、女はまだ先程と同じようにその場に腰掛けて佇んでいた。
男は駆けて来た勢いのまま女の手を握ると、興奮した口調で言った。


「当たった、当たったんだよ!アンタの占いが!」
「・・・・・・そうですか。」
「何とか無事だったんだけどよ、いや〜、危ないところだったぜ!下手したら死ぬところだった!凄ぇな、アンタ!あんな酷い言い方して悪かったよ!」

男の称賛を浴びた女は、微笑み返す事も占いの代価を要求する事もせず、ただ黙って俯いた。
















それから瞬く間に、女は町のちょっとした有名人になった。
噂というのはあっという間に広まるもの、この女の占いは良く当たるという評判が町中に広まり、女の元には毎日沢山の客が詰め掛けるようになった。


「今、あなた方には好機が訪れているようです。旅立つなら、今が絶好の機会でしょう。」
「そう・・・・・、分かったわ、有難う。貴女の占いは良く当たると評判だから、きっと大丈夫よね。これ、少ないけどお礼。食べて頂戴。」
「有難うございます。」

中年の女性客は、女に小さなパンを一つ手渡して、いそいそと帰って行った。
ついさっき、『より良い暮らしを求めて、家族で思い切ってこの町を離れようかと考えているが、当てのない旅にも不安がある』と相談してきた時の深刻そうな顔が、嘘のように晴れている。
この女性客だけではない。その前も、更にその前の客も、皆晴れやかな顔で帰って行った。
そして女の足元には、こうした客達が置いて行った『お礼』が、小さな山を成していた。

水の詰まった小さな水筒、小さな缶詰やパン、少し傷みかけている果物等の食料、マッチや蝋燭。
どれも全て今日の暮らしに必要な物ばかりで、客達がそれぞれの大切な生活物資の中から、可能な範囲で持ち出して来た物だ。

『占い』という不確実な商売でこれ程の稼ぎを得るなど、なかなか無い事である。
目に見えない不思議なものを信じる心などとうに失くしてしまった人々が、たとえ些少でも大切な物資を分け与えるという事は、それだけ彼等が女を認めている証拠だった。


言い換えれば、ほんの数日前まで誰にも見向きもされず、何処の誰とも分からなかったこの女は、今や町で最も注目されている人間になっていた、という訳である。



「お待たせしました。次の方、どうぞ。」
「やっと順番が回って来たか!全く、待ちくたびれちまったよ!」
「申し訳ありません。」
「あんたが噂の占い師か!よし、じゃあ早速占ってくれ!」
「はい。」
「しっかし、本当に噂通り当たるのかねぇ?言っておくが、もし当たらなかったら礼の品は返して貰うぞ?がっははは!!」

にも関わらず、女は相変わらず口数が少なく、愛想を振り撒く事も傲慢な態度に出る事もなく、陰気な表情で淡々と己の仕事をこなすだけで、有名人の割にお高くとまるどころか少々気弱すぎる印象を人々に与えていた。
そのせいで甘く見られ、客がこの通り横柄な態度に出て来る事もしばしばだったのだ。


「では、早速始めましょう。何をお聞きになりたいのですか?」



今、この瞬間までは。










「大丈夫か?リュウキ。」
「あ、ああ・・・・・」

旅人と思わしき二人の男が、行列の向こうをフラフラと通り掛かっていた。
その内の一人、ボロボロのテンガロンハットを被った男はどうも具合が悪そうだったが、
旅人というのは大体が多かれ少なかれ衰弱しているものだ。
皆、過酷な移動と極度の食料不足のせいで、体力を奪われたり病に罹ってしまったりするのである。

町に住む者として、そんな旅人を見慣れている住人達は、誰一人としてこの二人組に注意を払おうとしなかったのだが。


「うっ・・・・、うぐぅ・・・・・!」
「どうした!?」
「兄貴・・・・・・・、ほっ・・・・発作、発作・・・が・・・・・・!」
「何ぃ!?」
「ううぅっ・・・・・!」
「リュウキ!?」

帽子の男が突然胸を押さえて苦しみだし、道端に倒れ込んだ。
これには流石に誰もが驚き、辺りはたちまち騒然となった。


「誰か、誰か弟を・・・・、リュウキを助けてくれぇ!こっ、こいつは心臓が悪いんだ!誰か薬を、医者を・・・・!早くっ!」

連れは倒れた男の兄らしく、右の頬に大きな古傷のある顔を必死の形相に歪めて周りに助けを求めたが、何処からも救いの手は差し伸べられない。
この人だかりの中には、医者も居なければ心臓の薬を持ち合わせている者も居ないようだ。


「あぐっ・・・・!・・・・・ぁ・・・・・」
「リュウキ!!」

やがて、事の成り行きをただ固唾を飲んで見守るだけしか出来ない烏合の衆の眼前で、男は死んだ。




「・・・・・何やら騒がしいようですが、何事かあったのですか?」

通りが騒然としているのに気付いた女は、占いの手を止めて、目の前の客に尋ねた。


「さぁ?確かに煩いがな・・・・・・。一体何なんだ?」

確認しようにも、占いの順番を待つ行列に遮られて、通りの向こうが全く見えない。
その時、人々のどよめきの中に『死んだぞーっ!』という言葉が混じって聞こえてきた。


「ん?今、『死んだ』とか聞こえなかったか?」
「・・・・・・・・」
「なぁ?・・・・・って、オイ!何処へ行くんだ!?」

女は不意に立ち上がると、目の前の客をその場に残したまま、向こうに歩いて行った。



「そ・・・・、そんな・・・・・・、死・・・・死んじまった・・・・・。俺の・・・・・、俺のたった一人の・・・・・弟が・・・・・・・!」

女が人だかりを割って入った時には、頬に傷のある男が、弟の亡骸を抱えて咽び泣いている最中だった。
そう、彼の弟はもう死んでしまったのだ。今更助けようとしてももう遅い。
一度死んだ者は、何があっても二度と息を吹き返す事はないのだ。


「・・・・・その方を、そこに寝かせて下さい。」
「な、何だアンタ?何をしようってんだ?」
「早く。」

しかし女は、何かをしようとしていた。
警戒している男の腕から遺体を抱き取り、地面に寝かせ、遺体の胸に手を当てて、祈りのような言葉をブツブツと呟き始めたのだ。
弔いのつもりなのだろうか?
人々が訝しそうに見守る中、女は一人、一心不乱に何事かを呟き続け、やがておもむろに懐から小袋を取り出すと、中に入っていた丸く小さな粒を口に含み、遺体の唇に口付けた。


『うわぁ・・・・・!』

人々が気味悪そうに眉を顰めて見守る中、女は口に含んだ粒を、遺体の口中へと静かに移した。
そしてその直後、奇跡は起こった。








「う・・・・・、うう・・・・・・・」
「・・・・・・ま、まさか・・・・・」
「兄・・・・貴・・・・・・?」
「おおっ!リュウキ!!」
「そんな・・・・・・」
「死人が・・・・・・」
「・・・・・・・生き返ったぁ!?!?」

そう。
死んだ筈の男が、目を開いてゆっくりと身体を起こしたのである。
ところが奇跡というのは、こうして実際に突然目の前で起こると、信じ難いものらしい。


「おい、生き返ったぜ・・・・・・」
「あの女・・・・・、一体何なんだ・・・・・?」
「占いもいやに当たると評判だし・・・・・、もしかして魔女じゃ・・・・・」

この光景を前にして、女を奇異の目で遠巻きに見始める者がちらほらと現れたのだ。
人助けをしたのに、忌まわしいものを見るような目で見られては報われない。
だが女は、只いつものように黙って俯くだけで、一向に己の名誉を守ろうとはしなかった。


「ええい、黙れい!!!」

そんな女に変わって声を張り上げたのは、何処からともなく現れた一人の中年男だった。


「捜しましたぞ、クイーン。こんな所においででしたか。」
「ゲンジョウ・・・・・・」

女が『クイーン』と呼ばれてから、人々は初めて、自分達が女の名を知らない事に気が付いた。
『クイーン』というのが、この女の名前なのだろうか?それとも、立場なのだろうか?


「クイーン?」
「この女、一体何者なんだ・・・・?」
「口を慎め、無礼者!」

人々のそんな疑問には、『ゲンジョウ』と呼ばれたこの中年男が答えた。


「この御方は、遥か古の昔、天の神より特別な力を授かったジプシーの一族の末裔にて、その唯一人の生き残り、ジプシー・クイーンであらせられるぞ!」

ゲンジョウは厚い胸板を誇らしげに張り、堂々たる大声で人々にそう告げてから、女の足元に跪いた。
厳格そうな面構えと立派な体格、そして黒々と豊かな顎髭を持つ剛健そうなこの男が恭しそうに傅く様を見て、人々は次第に熱の篭った目で女を見始めた。


「有難うございました!貴女様のお陰で、弟が助かりました!」
「貴女様は、私の命の恩人です!私にとっては、貴女様こそが神そのものです!」
「その通り!!」

命を助けられた旅人の兄弟が、その筆頭として女の足元に跪き、女を仰ぎ見ると、ゲンジョウは益々威風堂々と胸を張った。


「クイーンは、天の神より授かりし不思議な霊力を持っておられる!そして、クイーンの一族には、代々伝わる様々なジプシーの秘術がある!今しがた、クイーンがこの男にお与えになったのもその一つ!クイーンの霊力と秘術を用いて練り上げた、秘伝の丸薬だ!」
『おお・・・・・・!』
「これを服せば、傷は癒え、病魔は退散し、死んだ肉体にさえ魂が戻る!この丸薬を作る事が出来るのは世界で唯一人、ジプシー・クイーンだけだ!言わばクイーンは、この乱世に舞い降りた救いの女神!!皆の者、頭が高いぞ!!」
『は・・・・・、ははあぁっ!』

ゲンジョウの言葉を聞いた人々は、一人、また一人と縋りつくようにして女に駆け寄り、狂信的な眼差しで女を仰ぎ見た。


「クイーン様ぁっ!!お願いでございます、その丸薬で父の目を治して下さいっ!」
「妻をっ、妻を助けて下さい!酷く弱っていて、もう今にも死にそうなんです!」
「どうか娘を生き返らせて下さい!あの子は私のたった一つの心の支えなんです!」

多くの人々が、救いを求めて女に群がった。
だがゲンジョウは、そんな人々をことごとく押し返し、女を守るようにして立ちはだかった。


「ええい、控えいっ!!恐れ多いぞ!!クイーンは広く万民を救う為に旅をしておられる!一つ所に長く留まっているお暇は無い!救いを待っているのは、貴様らだけではないのだぞ!!」
「そんな・・・・・!」
「そんな事を言わずに、どうかお願いします!」
「浅ましいぞ!自分さえ助かればそれで良いのか!?同じように苦しんでいる者達の事を考えられんのか!?」
「それは・・・・・!」
「・・・・・・そ、それでも、どうしてもお願いしたいんです!」
「そ・・・、そうだそうだっ!」
「お願いします、お願いしますっ!何でもしますから・・・・!」

ゲンジョウに説教された人々は、決まりが悪そうに口籠ったが、それもほんの一瞬の事だった。
誰だって、他人の不幸を憐れむ前に、我が身の不幸を払いたいと願っているのだ。
人々は引き下がるどころか益々興奮し、女とゲンジョウに縋りついた。


「・・・・・・・やむを得ん。どうしてもと言うのなら、この丸薬を授けてやらん事もない。」
「ほっ、本当ですか!?」
「是非!是非お願いします!」
「但し!!!」

ゲンジョウは一際大声を出して場を静めると、尊大な口調で話し始めた。


「この丸薬は、飲めばたちどころに効くというものではない。また、ただ服せば良いというものでもない。薬の効果を得る為、奇跡を賜る為には、清い心と強い精神力が必要だ。」
「・・・・・と、仰ると・・・・・?」
「薬を服すのは日に一度。その時、必ず効くと信じて服すのだ。奇跡が起きる事を祈って与えるのだ。すぐさま思うような効果が表れずとも、決して諦めるな。疑うな。神を、奇跡を、そしてクイーンを信じて、一点の曇りもない強く清らかな心で使え。さすれば、やがて必ず奇跡は起きようぞ。それから・・・・」
「・・・・・それから?」
「何ですか!?」
「この霊験あらたかな丸薬は、クイーンの多大な霊力・精神力の結晶。それ即ち、クイーンが御身を削っておられるという事だ。この丸薬をお作りになる度、クイーンはその御命を削られ、著しく弱られる。それでもお作りになるのは、貴様らのように絶望の淵で嘆いている者達を救いたいという、博愛と慈悲のお心故だ!貴様らは、その勿体無くも有り難いお心に応える事が出来るか?」
「お心に・・・・・・・・」
「応える・・・・・・?」
「人々を救う度に弱られるクイーンのお身体は、その度に滋養のある物で回復させて差し上げねばならん。貴様らは、その役に立つ事が出来るか?救って貰った恩を、クイーンにお返し出来るか?よもや自分達さえ助かればそれで良いなどと、さもしい心を持ってはいまいな?」

ゲンジョウの鋭い目に見据えられた人々は、暫く難しそうな顔をして考え込んでいた。
それはそうだろう、誰だって今日を生きていくのにも四苦八苦の状態なのだから。

しかし、それでも人々は救いと奇跡を求めた。
飢えによる肉体の苦しみよりも、奇跡による心の喜びを取ったのだ。



「分かりました!我が家に今ある食料、全てお渡しします!」
「家は、今ある水を全て!」
「家には食料も水もありませんが、車ならあります!クイーン様の旅に、きっとお役に立てると思います!」
「それなら、家は燃料を!」
「・・・・・・良かろう!ならば薬を授けよう!薬が欲しい者は、クイーン様へのお返しを持ってこの場へ並べ!順に授けてしんぜよう!」

ゲンジョウの一声で、人々はこぞって走り出した。
返礼の品を持って来る為に。
誰よりも早く、一刻も早く、クイーンの奇跡を授かる為に。


そう。
女は最早、この町の人々にとっては、何処の誰とも分からない只の女ではなく、
当たると評判の有名な占い師でもなく、


救いの女神、『ジプシー・クイーン』なのであった。




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後書き

お待たせしました、ようやくサウザー長編の連載開始です!
まずは序章という事で、さっくりと書こうと思ったのですが、
どういう訳か、こんなにくどくなってしまいました(汗)。
しかも、これだけ長々と書いておいて、ヒロイン名もサウザーも出て来ていないという有様で(苦笑)。
いずれ必ず出て来ますので(←当たり前です)、今暫くお待ち下さい。
それでは、これからどうぞ宜しくお付き合い下さいませ!