村中捜し回ってようやく見つけた生存者から聞いた話は、絶望的なものであった。
この村の惨劇は、つい数日前に突然現れた野盗達の仕業であるらしい。
大半の村人達はその時に殺され、中でも例のヴィンスという男は、村一番の実力者である為、真っ先に殺されたらしかった。
村にアイリの姿はなかった。
無残に殺された人々の屍を全て調べたが、何処にも見当たらなかった。
勿論、生存者の中にもだ。
野盗達は心ゆくまで暴れ回った後、略奪の限りを尽くしたという。
おそらくその時に連れ去られたのだろう。
そうとしか考えられない。
レイは愕然とするしかなかった。
今一歩で手が届く筈だったのに、再び振り出しに戻ってしまったのだ。
すぐ目の前に見えていた光が消え、前より一層深く暗い谷底に突き落とされた気分だった。
「アイリ・・・・・」
レイは、懐から取り出したケープを握り締めていた。
元は純白だったそれは、今は毒々しい血の色に染まっている。
殆どは倒した敵の汚らしい血が、不本意ながら染み付いたせいだ。
だが一度だけ、穢れの無い血を吸い込んだ。
思い出して嬉しい思い出ではない。
更に言ってしまえば、そのせいでむざむざアイリを見失ったとも言えるだろう。
絶望もした。
己とアイリの悲運を嘆き、呪いもした。
だが、後悔はない。
殺戮を繰り返す日々において、誰かを救った事は初めてだった。
たとえ一時でも、人である事を思い出させてくれたのはだけだった。
他愛もない存在だった筈なのに、気付けばこんなにも大きなものになっている。
だからこそ、去った。
このケープは、今後も数多の血を浴びて紅く染まるだろう。
大切な者を無事に救い出すその日まで、この手は血に塗れ続けるだろう。
そんな手で、もう一人の大切な者を汚したくはなかった。
「今度こそ、甘さを捨てねばならんな・・・・」
レイは、少し前までの自分を嘲った。
この村に辿り着く前まで、甘やかな夢を抱いていた。
こんな事になっていなければ、もしもここで無事にアイリを救い出せていたなら、
を迎えに行こうと考えていた。
アイリさえ無事に戻れば、何処にいるかも分からぬ敵までを追い回すのは止めようかとさえ思い始めていた。
それよりも人として、大切な者達を守りながら穏やかに暮らしたい。
それが本心だった。
一度誓った事さえ曲げようとしたのは、どうしても忘れる事が出来なかったのだ。
あの瞳を、あの声を。
だがその望みは、儚く消えてしまった。
この過酷な旅が再び果て無きものとなってしまった今、己が選ぶ道は一つしかない。
「さらばだ、。」
― 今度こそ、本当に・・・・
遠く離れた地に居る筈のに別れを告げて、レイは一人、荒野へと消えて行った。
「そんな・・・・・」
やっとの思いで辿り着いた村で、は呆然と立ち竦んだ。
酷い荒れ様だ。
「一体何が・・・・」
尋常でない村の様子には、ただただ驚くしかない。
何しろ一面瓦礫の山なのだ。
いつこんな事になったというのか。
レイは無事にアイリを救い出せたのだろうか。
「・・・・あっ!」
瓦礫の向こうに人影を見た気がして、は駆け出した。
「本当!?本当に来たの!?」
「ああ、その男なら1週間程前に確かに来た。」
人影は、この村の生存者であった。
怪我を負ってはいるが、幸運にも命に別状はないようだ。
「で、その人は・・・・」
「あんたと同じ事を訊いていたよ。アイリ、だったかな。」
「そうよ!それで!?」
「死体の中に混じってなきゃ、野盗共に連れ去られたんだろう。同じ事をあの男にも答えたよ。」
「そう・・・・。それでその男は今何処に?」
「すぐに出て行った。野盗の居場所を尋ねられたが、そこまでは・・・・」
「そう・・・・。どの方角に向かったかも分からない?」
「さあ・・・・、南の門から出て行ったから、もしかするとそのまま南に進んだかもしれないが・・・」
男は申し訳なさそうに口籠った。
「済まんな、何の力にもなれなくて・・・」
「いいのよ。色々教えてくれて有難う。」
「おいアンタ、ちょっと待て!何処へ行く気だ!?」
立ち去りかけていたは、男の方を振り返った。
「南、よ。」
「無茶だ!そいつはあくまで推測でしかないんだ!大体もう日も暮れる!アンタみたいな女一人じゃ危険だ!」
「時間が惜しいの。それに、推測でも何でも、私は先に進むしかないの。」
「だが・・・・」
「心配してくれて有難う。貴方もその怪我、早く治るといいわね。」
「おい待て、ちょっとアンタ・・・!」
引き止める男に薄く笑い掛けると、は颯爽と出て行った。
「レイ・・・・・」
南の門をくぐれば、空は一面夕焼けに染まっていた。
男の言う通り、甚だ曖昧な推測である事は重々承知している。
だが、行くしかない。
「絶対にもう一度、貴方に・・・・」
この南の空の下に、愛する男の姿がある事を祈って。
は力強く、その一歩を踏み出した。