Angel’s Gift 後編




「では・・・・・・・」

そう呟くと、は再び例のファイルを取り出した。


またそのファイルか!!次は一体何の確認だ!?」
「いえ、ちょっとね。貴方の思いの根源を・・・・・、あ、あったあった。えーと・・・・・」

シンに覗かれないようにファイルをしっかり抱きかかえると、は澄んだ声で読み上げ始めた。


「自筆の肖像画×1枚、自作のブロンズ像×1体に彫刻3体・・・・、あらあら、アートの才能がお有りなんですね。素晴らしい。貴方、美術の成績いつも『5』だったでしょう?」
それが何だ!美術の成績など覚えとらんわ!」
「あと、隠し撮りしたブロマイドは数知れず・・・・・」
「・・・・・おい、ちょっと待て。それはまさか・・・・・・」

シンは次第に顔を引き攣らせ、やがてその色を赤く変色させていった。


「ええ、貴方のユリアコレクションです。
ちょっと待てーーーッッ!!もうそれ以上読むな!!」
「極めつけがこれですね。本物と見紛う程の精巧さを誇る、実物大のユリアちゃん人形。
読むなと言うに!!これ以上読んだら殺すぞ貴様ーーッッ!!
「瞼の開閉OK、関節もついていて自在にポーズを取らせる事ができ、更に何と・・・」
もうやめろーー頼むからーーーッッ!!!
「いや〜、私も商売柄、色々な方の色々な情報を見ますが、これにはちょっとドン・・・」
「ドン引きなどと言ったら、本 気 で 殺 す 。
「・・・グリコロコロ、ドンブラコ♪と歌いたかっただけですよ〜。やだなぁもう、そんな怖い顔しないで下さいよ〜。」

赤く染まったシンの顔は余りにもマジで、これには流石のも取り繕うように微笑んでフォローを入れた。
些か無理のあるフォローではあるが。


「あれ、ドンブラコ?ドングリコ?どっちだったでしょうか?」

更に呆れた事に、は、己で入れたフォローに何故か深入りしてしまって、一人で勝手に悩んでいる。


「〜〜〜ッ・・・・・、知らん!!!」

腹が立つやら呆れるやら調子が狂うやらで苛々したシンは、益々顔を赤くして怒鳴った。








「貴方の思いは大体分かりました。さて、後はそれをどう昇華させるかですが・・・・」
「要らん世話だ!!俺は別に昇華させて欲しくなどない!!」

すっかり怒ってしまったシンは、不機嫌極まりない顔でそう怒鳴った。
だがは、それをやんわりと聞き流して首を振った。


「いいえ、そうはいきません。貴方だって正直、今のままでは辛いでしょうに。」
「それは・・・・・・!・・・・・・ええい、だからそういうのが余計な世話だと言うのだ!!」
「大丈夫、私が貴方の望みを叶えて差し上げます。」
「うっ!!」

その瞬間、急にの身体が眩いばかりの光に包まれた。
余りの眩しさに、シンは一瞬盲目も同然の状態に陥った。


「・・・・・・・クソッ、一体何だって・・・・・・」

そして、その状態が治まって、最初に見たものは。


「シン・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・何、だと・・・・・・・・」
「シン・・・・・・・・・、私を・・・・・・・」

風にたなびく柔らかく長い髪、
優美な微笑、
白くしなやかな身体。


「私を・・・・・・、抱いて・・・・・・・・」
「ユリア・・・・・・・・・・」

その全てを兼ね備えた、美の女神のような全裸のユリアであった。







「これは・・・・・、幻か・・・・・?」
「いいえ、シン。幻などではないわ・・・・・・・・」

ユリアが、胸の中に飛び込んで来る。
胸板に当たる、柔らかな二つの膨らみの感触。
雪のように白く滑らかな肌。
甘い香り。
幻などではない、この身体にはっきりと伝わってくる。


「シン・・・・・・・・」
「ユリア・・・・・・・」

花のような唇が、口付けを求めて薄らと開かれる。
ずっとずっと、欲しかったものだ。
ずっとこれを求めていた。
こうなる事を夢見ていた。


だが。


「・・・・・・・・駄目だ。」

シンは切なげに睫毛を伏せ、ユリアの身体をそっと押しやった。




「・・・・・・・何故?」
「・・・・・違う。」
「違う?」

ユリア、いやは、シンの言葉を繰り返した後、ああと呟いて微笑んだ。


もっと過激なアプローチが良かったですか?分かりました、では欧米人AV女優風に・・・」
ちっがーーーう!!!ユリアはそんな下品な事は言わん!やはりお前、ユリアではないな!」
「あら?バレてしまいましたか。ええ、確かに私はですが、今の私はユリアそのもので・・・」
「言動がユリアではないだろうが!お前、ユリアの姿で洋モノAV女優みたいな格好をするとタダじゃおかんからな!!」
「ですが・・・」
「俺はアプローチ云々に注文をつけているのではない!!大体お前、既にマッパとは何事だ!!
「ですが、彼女の裸体を見たかったのでしょう?」
ああ見たかった、見たかったとも!!だがな、ハナから脱がれていたら有り難みが半減するのだ!!脱がせる楽しみが男にとってどれ程大事か知らんのか!?望みを叶えてやるなどと偉そうな口を叩く前に、男の心理ぐらい心得ておけ、この馬鹿者!!」

と、勢いに任せて怒鳴っておいてから、シンはハッと我に返った。
脱がさせてくれたらOKという訳ではない、それ以前の問題なのだ。


しかし。


「失礼しました。何分まだこのポストについて日が浅いものですから・・・・・。どうかお許し下さい。」
「いや、そんな真剣に反省されてもな。というか、そもそも俺は・・・」
「ご教授有難うございました。大変勉強になりました。では早速、教えて頂いた事を取り入れて、と・・・・」
「おい、ちょっと待て・・・・・、うっ・・・・・・!!」

改めて説明しようにも、既には心得たと言わんばかりの表情で、再び光に包まれてしまったのである。


そして、その光の中から現れたのは。




「シン・・・・・・・・・、私を・・・・・・・」

風にたなびくバーコード・ヘアー、
脂ギッシュな顔に浮かぶ卑屈な薄笑い、
腹だけがまん丸く突き出た、たるみきったブヨブヨの身体。


「私を・・・・・・、抱いて・・・・・・・・」

その全てを兼ね備えた、典型的な中年オヤジであった。


ふざけるな、このすちゃらかエンジェルーーーッッ!!!お前、俺の話の何を聞いていた!?!?」
「あら?失敗しちゃいました。」
「何が『あら?失敗しちゃいました。』だ!!のどかに言いやがって!!失敗にも程があるぞ!!ユリアとは似ても似つかぬ生き物になりやがって!!」
「失礼しました。以前いらした方がお慕いしていた人と間違えて変身してしまいました。」
こんな脂っこいオヤジを慕う奴は、一体どこのすっとこどっこいだ!?
「ええと確か、享年80歳のご婦人です。何でも、30年前に先立たれたご主人なんだとか。」
こんなどうでも良い事に真面目に答えるなーーッ!!!
「そんなに怒鳴らなくても・・・・・・・。」

しょげたをジロリと睨んで、シンは重い溜息をついた。



「・・・・・いいか。脱がせる楽しみがどうとか言う問題ではない。そんな事はどうでも良いのだ。俺が違うと言ったのは、幾ら巧く化けたとしても、お前はユリアではないという事だ。」
「それはそうですが・・・・・、でも、瓜二つだったでしょう?」
「それは確かに認めてやる。見た目はユリアそのものだった。流石はエンジェルと呼ばれる者なだけある、変化の術は大したものだ。あのオヤジの醜さも、余りにリアルすぎて思わず吐きそうになった。
「まあ、恐れ入ります♪ご満足頂けましたか?」
頂けるか阿呆。俺はお前の変身ごっこを見たかったのではないわ。」

と言い捨てると、シンは再び切なげに視線を落とした。



「それに・・・・・、俺の望みはもはやユリアを手に入れる事ではない。俺がどんなに愛そうとも、愛してくれと懇願しても、ユリアの心は決して変わらん。それはあいつが死ぬまで・・・・、いや、死しても変わらんだろう。」
「シン・・・・・・・・」
「俺の望みは・・・・・、あいつが、ユリアが・・・・・・、残り僅かな生を少しでも長く、幸せに生きてくれる事、あいつが一つでも多くの笑顔を見せてくれる事、それだけだ・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・そう仰ると思っていました。」
「またそれか。何でも知ったような言い方をしおって。だったら最初から・・・」

シンはうんざりした顔で言いかけたが、次の瞬間口を噤む事になった。



「貴方の口で言って欲しかったのです。自分の気持ちを素直に口に出す事は、心の枷を外す第一歩ですから。」



の声は静かだったが、何故か心に大きく響いた。

思えば、自分の気持ちを素直に口に出した事などなかったような気がする。
口にしたい想いを、知らず知らず次々と心の中に押し込めている内に、とうとう自分でもどうしようもない程、心が濁って重くなってしまったような気が。
しかし、その耐え難い程重かった心が今、少しだけ澄んで軽く、楽になった。


「・・・・・・・」
「どうです?少し心が軽くなったでしょう?」

けれどまだ、それを口に出して認められる程の素直さは、シンには備わっていなかった。


「・・・・・・・・フン、どうだかな。」

故に、シンは薄く笑って、曖昧に答えを濁した。










今なら、ユリアが言い続けていた事が、少しだけ理解出来るような気がする。
ユリアが欲しがっていたものは、柔らかく澄んだ心だったのかもしれない。
もしもまた、いつか何処かでユリアと巡り逢えたら、今度こそ愛せるだろうか。

強がらず、怖がらず、飾らない、ありのままの心で。



「では、今度こそ本当に、貴方の望みを叶えて差し上げましょう。」

の手が、ふわりと光った。
の手を包む柔らかく温かいその光が薄れていくと同時に、その白い手の中から姿を見せたのは。






鼻メガネか!!!

駄菓子屋か何かで売っていそうな、あの安っぽいオモチャであった。


「よーし分かった、この俺をとことん愚弄する気だな。良い度胸だ、このすちゃらかエンジェル。喧嘩なら買っ・・・」
「待って待って!待って下さいよう!!違うんですってばーー!!
「何が違うんだ!!」
「そっそれは下界を見る事の出来るメガネで、それを掛けて見たいものを念じて下を覗けば、念じたものが見られるんですーー!!」

気色ばったシンに胸倉を掴まれながらも、は必死で訴えた。

「嘘をつけ!!もうお前の言葉には騙されんぞ!」
「本当ですってばー!!嘘だと思うなら、騙されたと思って一度試してみて下さいーー!!」
「だから、騙される気はないと・・・」

ブツブツ言いながらも、何故か手は鼻メガネを受け取ってしまっている。
どうせ受け取ったのならついでだからと、シンは半信半疑でそれを掛けてみた。
すると。






― 沐浴の支度が整いました。湯殿へどうぞ。


女が一人見えた。
確か南斗五車星の一人、海のリハクの娘・トウ、という女だ。
そして、その視線の先には。



― 有難う。すぐに参ります。


柔らかそうな亜麻色の長い髪。
慈母の微笑。
色気のない甲冑に身を包んではいても、あれは紛れもなく・・・・・




「・・・・・・ユリア・・・・・・・」


そう、確かにユリアだった。





「どうですか?ちゃんと見えたでしょう?」
「・・・・・・・・」

シンは無言のまま、ゆっくりと眼鏡を外した。


「それは貴方に差し上げます。それで彼女を見守っておあげなさい。」

は、切なげな表情のシンに優しく微笑み掛けて、彼の手の中にある眼鏡を指差した。
これが普通の眼鏡なら、もう少しシリアスな絵になりそうなものだが、モノが鼻メガネなだけに、傍から見ればふざけているようにしか見えない。
だが生憎と、当人達は真剣そのものだった。


「・・・・・・一つ訊くが」
「何でしょう?」
「これは、地獄にも持って行けるのか?」
「いいえ。天国も地獄も、身一つで行かねばなりませんから、それは無理です。仮に持って行ったとしても、裁きの門での検疫に引っ掛かって没収です。」

空港かというツッコミも忘れて、シンは呟いた。


「・・・・・・そうか。では・・・・・」
「ですから・・・・・・、お気の済むまで、ここにいなさい。重い心の枷が消えるまで、貴方が自分で来世を、次のステップを望むようになるその時まで。」


愛と幸福の使者・エンジェル。
そんなものは空想の産物にすぎないと思っていたが。


― あながちそうとも言い切れんようだな・・・・・


「・・・・・・・相当長く居座る事になるぞ?」
「構いません。何のお構いも出来ませんが、ごゆっくりどうぞ。」
「・・・・・・・では、その言葉に甘えさせて貰うとしよう。」

慈悲深い微笑を浮かべているを見つめて、シンは薄らと口元を綻ばせた。









「ところで。」
「はい?」
「これからお前との付き合いが長くなりそうだから一応訊いておくが・・・・・、お前の事を何と呼べば良い?」
「何とでも。」
「では、すちゃらかエンジェルで決定だな。
「出来れば『すちゃらか』を取って下さると嬉しいのですが。ですが、貴方のお好きな呼び方で構いませんよ。エンジェルでも、店長でも・・・」

生真面目に返事をするに苦笑して、シンは言った。


「分かった。では・・・・・、・・・・・、だったな、お前の名は。それで良いか?」
「ええ。」

は、にっこりと微笑んで頷いた。


「お部屋にご案内しましょうか?それとも、もう少しここに?」
「もう少し、ここで下を見ている。」
「分かりました。ではまた後程。」

そう言って踵を返したを見送って、シンはふと空を仰いだ。


青い、何処までも青い空だ。
こんな風に空を見上げるのは、一体いつぶりだろうか。
ずっと走り続け、もがき続けて、疲れ果てたこの身と心を、ここでゆっくりと休めていくのも悪くない。

愛するユリアの幸福を祈りながら。




「・・・・・おおそうだ、確か今、良いシーンだったな!もうそろそろ脱いでる頃か?今まで全く報われなかったのだから、これ位バチは当たらんだろう!」



ユリアの幸福を願う気持ちと、ほんの少し(?)の下心が混じった心を弾ませて、シンはいそいそと鼻メガネを装着した。




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後書き

とっっっっても下らない話でしたが、長々とお付き合い下さって有難うございました!
大概な馬鹿話で、とことんシンをいじり倒す内容になってしまいました(汗)。
シン好きの皆様、済みませんでした!な、南斗獄屠拳はやめて下さいぃぃーーー(逃)!