人工呼吸器導入

 喘息の大発作が一段楽したというのに、ゆーさくの体調はなかなか元に戻らない。
 その一つの原因が、痰の多さだった。

 発作による影響により、元々痰の多いゆーさくはさらに痰が多くなる。
 面倒を見るかあちゃんは痰の吸引の為にゆーさくに付きっ切り。
 それにもかかわらず、1個500円ほどの気管切開部分のフィルターの蓋である人工鼻は、日に5個も6個もつぶれる。
 病院側は、「人工鼻は病院側が負担する。家族が負担する必要はない。」と言ってくださるが、
 一方で「入院中は使用した分は医療費として健康保険に請求できるが、在宅となると支給は日あたり2個くらいまでが限度」という。
 つぶれた人工鼻を洗って乾かし再利用という話もあったのだけど、
 「それはダメです。ただでさえ、感染症を起こしたらリスクが高いのだから」といわれる。

 また、ゆーさく自身も痰が多いと、筋緊張がなかなかとれない。
 痰がたまるとゆーさくは咳き込む。
 しかし、吸引を軽くしただけでも咳き込むので、キリのない痰の吸引に思い切って深い吸引をしてしまうと
 ゆーさくは強い咳き込みをはじめ、嘔吐を招く。
 痰の多さは、ゆーさく自身にも負担であった。

 
 悩んだ主治医は思いついた。
 「CPAPを使おう。新生児医療で痰が多い子にCPAPで気管支や肺にしっかり空気圧をかけて気道を広げ、
 痰を集中的に出させる方法はよく使われます。」
 CPAPとは呼吸器のモードの一つで、一定の空気圧を患者の気管支や肺に送り続けるいくつかある呼吸器の設定の一つである。
 「2週間くらいかけたら、みんな痰が落ち着くよ」主治医は、CPAPの機械をメーカーに問い合わせる。

 気管切開につなげられるCPAPの呼吸器は、簡易式のものは見つからなかった。
 結局、在宅人工呼吸管理や医療の現場においては患者の搬送用に使われる小型の人工呼吸器を使うことになった。
 「喘息の大発作を人工呼吸器なしで、乗り越えてみせたのに、結局ここで呼吸器を使うなんて、スマートな話じゃないんだけどなあ。」
 まっ、これ1台あったら、次に大発作が起こったときに、呼吸器がすぐに使えるようにもなるし。」
 主治医は少し照れくさそうに頭をぽりぽりかいた。

 呼吸器がゆーさくにつなげられる。
 ゆーさくの痰は数日で落ち着いた。

 また、今までやっていた酸素療法がいらなくなる。
 呼吸器で空気圧を送りゆーさくの気道を広げると、ゆーさくはちゃんと空気が吸える、
 サチュレーションが正常値をキープできることが判明。
 「確かに、理にはかなってるな。
 ゆーさくさんの場合は気道の先のほうがが炎症や痰で狭くなってるんだから、それを強制的に広げたら、楽に呼吸はできるもんな。」
 主治医はいった。


 さらに、皮肉なことに、ゆーさくが笑顔らしいものを見せるようになる。
 「ニヤリ」という表情。
 ゆーさくは泣くとか眉間にしわを寄せるといった不快を表す表情ははっきりしていた。
 しかし、楽しいだの嬉しいだのはあまり表情に出す子ではなかった。
 それが、呼吸器導入から1週間くらいで、明らかにかわる。

 ゆーさくの笑顔は病棟ではちょっとしたブームになった。
 日ごろ、あまり患者の子供に対して親の前では声かけをしない一見クールな主治医ですら、
 「あっ!今ゆーさくさん、笑った!」と嬉しそうにしてくれ、さらにゆーさくの頭をなでつつ「俺に笑ってくれるんか。」と声かけをしていた。
 そして私は見てないのだけど、その様子はカルテに書かれていたそうだ。
 ・・・”笑顔がでる”
 さらに看護師さんの看護記録にも笑顔がでた記録がつづられていたらしい。
 「ゆーちゃん、私が担当のとき、笑ったんよ〜」「えっ!なんで私の時は笑ってくれんの?」
 毎日そんな会話が看護師さん同士の間で聞こえていた。

 とうちゃんやかあちゃんも嬉しかった。
 「なんや、お前、笑い方知ってたんやな」という。
 やはり、子供の笑顔をいうのは、育児(介護)する親にとって、栄養剤のようなビタミン剤のようなものだなあ、かあちゃんは感じた。
 笑ってくれるともっと笑えとさらにゆーさくに関わることができる。
 今まで、日常生活のケアや医療的なケアだけを親が一方的にこなしていただけだったのが、なんとなくやりがいを感じるようになる。
 育児や介護が少し変わった。


 呼吸器による治療は2週間くらい、と見ていた。
 しかし、2週間たっても、呼吸器を外すと痰は増える。
 ゆーさくは未熟児慢性肺疾患や重症の喘息により気道の先が潰れかけていて(下気道狭窄)、
 結局短期集中治療ではダメではないかという見方になる。
 長期戦、ゆーさく自身が体が大きくなり気管支が太くなるのを待たないといけないかもしれない・・・。

 また、呼吸器導入からゆーさくの2週間様子を見ていて、
 笑顔がでるようになるくらいゆーさくにとっては呼吸器をつけると呼吸が楽になる、 
 今までの酸素療法よりも呼吸器療法のほうが、ゆーさくの呼吸障害の根本的解決であり理にかなっている、
 それを主治医だけでなく、かあちゃんも痛感した。

 呼吸器をつけていれば、ゆーさくは落ち着く。
 面倒を見るかあちゃん自身も介護が楽になる。
 自然な流れで、在宅人工呼吸管理の話はでる。
 そして、呼吸器をもったまま、退院する方向に決まった。

 
 半年前に気管切開をして「これでゆーさくの呼吸状態は落ち着くはず」。
 ゆーさくに関わる医療関係者はみんなそう思っていた。
 しかし、実際はそうではなかった。
 半年くらいで呼吸器まで使うことが決まる。
 ゆーさくの呼吸障害は、上気道狭窄だけでなく下気道の狭窄も絡んでいることが、次々判明。

 しかし、かあちゃんはそれほどショックではなかった。
 なにしろ1歳半ごろに嘔吐物を窒息してから、呼吸器導入までの1年間で、いろんな経験をして精神的に強くなった。
 一々落ち込んでいられない、今ゆーさくに起こっていることに対して対処を行わないといけない、ということを身をもって知る。
 さらに、それだけゆーさくは苦しくてしんどい目にあってきたのだから、
 その分体調がいいとき思いっきり、生活を楽しんで欲しい、多少のリスクはあったとしても。。。
 そう思うようになった。