認知一本に・・・
認知運動療法という子供の視点に立った新しいリハビリ方法を、かかりつけのB病院のPT大ちゃん先生指導で受けるようになって、半年くらいたった。
一方で小児神経専門のC病院で、発達を見てもらいながらボ○タ法という昔からのリハビリ訓練も行っていた。
しかし、大ちゃん先生の指導により、子供の発達についてなどを知り、大ちゃん先生ともたくさん会話をするようになるにつれて、ゆーさくのリハビリは認知運動療法中心の生活になっていた。
大ちゃん先生のいるB病院は、小児科しかなく基本的には内科である。
小児神経科となるとC病院を頼るしかなかった。
だから、ゆーさくのボ○タ訓練は本当は日に4回しなければならないところを、C病院での診察の口裏あわせの為だけに一応日に1.2回しておく、といった状態となっていた。
しかし、この時期、ゆーさくは呼吸状態の不安定さでB病院での入院が増えてくる。
安静にしなければいけないときはボ○タ訓練は出来ない。
一方で大ちゃん先生は、入院中、どんなに容態が悪くて絶対安静であっても、毎日ゆーさくの様子を見に来てくれた。
呼吸状態が悪いときは呼吸理学療法を、そして少しでも体を動かせる状態になれば、毎日運動のリハビリを行ってくれた。
ゆーさくは生まれてからずっと寝たきりである。
目線もどこを見ているのかさっぱり分からなかった。
自分で体を動かそうともしなかった、いや動かそうとはしていたけど全く動かせなかったのかもしれない。
しかし、入院しては、大ちゃん先生が毎日見てくれる内に、ゆーさくに大きな変化が出始める。
同時の一度の入院期間は、大体1〜2週間で、その都度大ちゃん先生が集中的にリハビリをすることで、少しずつ変化がおきるのだ。
しかも、リハビリ入院ではなく、もちろん体調不良の治療がメインで行われている。
入院を2,3回繰り返した後は、大きな変化となっていた。
ゆーさくは目線がしっかりし始め、さらには目線にそって首を回したり、さらには明らかに寝返りをしようと体を動かすようになった。
寝たりきりなりに頭や手足を動かすようになったのである。
かあちゃんもとうちゃんも驚いた。
一方、ボ○タ訓練をしていて、何がどう発達しているのかさっぱりわからなかった。
寝たきりの状態に変化が全くなかったし、なによりゆーさく自身がボ○タ訓練をすると即効寝てしまい訓練にならない。
でも、C病院の先生は「お母さん、訓練がんばってるからゆーさくくん良くなっているよ」というばかりなのである。
何がどう良くなっているのか、そこを教えて欲しかった。
しかし、先生との話は、会話にならず、一方的に理由もなくこうしろああしろ、と言われるだけ・・・。
なんとなく私は”訓練さえすればいい”というC病院のやり方に疑問を感じるようになっていて、通院も苦痛になっていた。
一方でB病院のリハビリでは、ちゃんと目に見えて効果を短期間で感じ、さらには先生方とは楽しく会話が出来通院も楽しみであった。
認知運動療法とボ○タ法、そしてB病院スタッフとC病院スタッフはまったく正反対であった。
まったく正反対の病院をかけもちしていたせいか、余計にその二つの病院のギャップが目に付く。
日に日に、C病院への通院は苦痛度が増していった。
かあちゃんととうちゃんは話をした。
そして、B病院でゆーさくが嘔吐物をのどに詰まらせ大変な目にあったときの入院を機に、C病院へ行くのを止めようと決心した。
しかし、C病院で診てもらっている、小児神経という専門性はB病院にはない。
1才のときにC病院で診断書を書いてもらい、取った身体障害者手帳の更新がB病院でできるのかどうかも、わからなかった。
だから、ゆーさくのことを思うと一方的にC病院をきるわけにはいかない。
そこで、思い切ってC病院を紹介した主治医に相談をしたのであった。
主治医には、「正直すぐ寝てしまうゆーさくにボ○タ訓練があっているとは思えない。一方で○○先生(大ちゃん先生)のリハビリは入院中毎日受けただけでも変化が見られたことから、○○先生のリハビリ1本にしたいんです。
しかしC病院はボ○タ訓練あっての病院、ボ○タ訓練止めて発達外来だけというわけにはいかないようです。
そこで、先生に、お願いがあります。C病院で診てもらってる発達部分をこの病院でも診てもらえませんか?
もう最近C病院への通院が時間と労力の無駄に感じているんです。」と言った。
かあちゃんはかなりどきどきした。
しかし、主治医は「お母さんが、そういわれるなら、こちらで診ましょう。△△先生(B病院の小児科の先生の一人)は小児神経も専門分野だし、△△先生にいろいろ聞きながら、僕も○○くん(大ちゃん先生)と一緒にがんばりますよ。側湾や股関節脱臼などの脳性麻痺の問題もここの整形外科に見てもらうようにします。ゆーさくさんのことは任せてください」と快く言ってくれた。
しかも、よく聞けば、主治医も身体障害者手帳の診断書を書くことができる認定医の資格があるというではないか。
主治医に相談をして、話はあっという間にまとまった。
そして、即効、かあちゃんは次のC病院のリハビリ予約をキャンセルし、C病院への通院をやめた。
そして、その後B病院でゆーさくは全部を診てもらうことになった。
リハビリも認知運動療法のみとなる。
C病院をやめるということは、当時のとうちゃんかあちゃんにとっては、一大事であった。
ゆーさくの将来がかかっていて、それを親が決めなければいけない、という大きな決断の一つであった。
地域の一般社会的に”障害児といえばC病院”という概念のようなものがあった。
私たちの決断にはその概念を捨てなければいけなかった。
保守的な私たちにとっては、本当に大きな決断であった。
しかし、この決断は、半年もしない間に、大正解であることを知る。
呼吸障害がゆーさくには顕著に現れるようになり、B病院での入院生活が増えてきたのだ。
呼吸障害による呼吸トラブルでゆーさくは大きなダメージを何度かくらうのだけど、それでもゆーさくは確実に発達していっている。
リハビリ効果なのかかどうかは、客観的にははっきりいえないけれど、少なくても大ちゃん先生はゆーさくの状態が悪くても毎日出来る限りのリハビリをしてくれていたのは確かなこと。
ゆーさくのような体の生理基盤を整えることにまだ四苦八苦しているような子供に、歩けるようになるための特別な訓練などできるわけがない。
寝返りする、お座りする、歩くようになる・・・そんなことは、生理基盤の整った体があってこそ。
大ちゃん先生のリハビリは、まずゆーさくありき、である。
周りの大人たちが、一方的に確立した訓練を繰り返し、ゆーさくに与えるわけではない。
ゆーさくのその時その時の状態を把握し、それにあわせてその時に一番やってあげるべきことをやるのがリハビリ。
何も訓練をする必要はない。
呼吸状態が悪ければまずは呼吸理学療法、少し落ち着けば去痰もかねて体位変換、そして体位変換の姿勢をゆーさく自身がキープできるようになるために異常な筋緊張を取るリハビリ、さらに体位変換キープをゆーさく自身がコントロールできるように首や肩や腕の機能をリハビリする・・・こういった流れでリハビリを行うと、結局は首すわりやリーチング(腕をのばし物を取ろうとする)につながる。
大ちゃん先生のリハビリは、治療や生理基盤を整えることに密着している。
ゆーさくにとっては、ベストなリハビリ方法ではないだろうか・・・。
とうちゃんもかあちゃんも、C病院をやめ、ゆーさくの呼吸トラブルを乗り越えるたびに、大ちゃん先生の存在はゆーさくに欠かせなくなった。
リハビリを認知運動療法一本にした・・・それは認知運動療法がとてもすばらしいのもあるけれど、一方で大ちゃん先生自身がゆーさくに対し、運動機能の発達だけでなく、それ以前の生きることそのもの,,つまりはゆーさくが現在行っている治療そのものまでバックアップしてくれる存在であるから、ということでもあった。
また、日本全体がそうであるように、病院も科別による縦割り感が強いのではなかろうか。
C病院でも、小児科医、理学療法士、食事指導をしてくれた言語療法士、ボ○タ訓練という基本は一緒だけど言うことが違っていて、それぞれが自分の畑を守っていて、連携があまりとれていなかったように感じていた。
しかし、小さいB病院では、主治医の人柄もあると思うのだけど、治療の現場に大ちゃん先生が積極的に介入してくれ、みんなでゆーさくを診てくれる。縦割り感が薄い。
そういう意味で、認知運動療法1本にすることで、そのようなB病院にゆーさくをすべて任せよう、ととうちゃんとかあちゃんはおもったのであった。
しかし、当時はまだ、障害児医療に対するB病院の設備や実績など、多少B病院に不安は残っていたのだけど・・・。
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とうちゃんの腹の上〜。
ふかふかクッション♪