<ボストンのホテルにたなびく「レインボーフラッグ」
はじめてボストンに着いた我々は大荷物を抱えての電車移動に疲れ果てながら、いつものように宿さがし。
ボストンのホテルはたいがいの大都市がそうであるように値段が高くて、それでもそのときはなぜか満室のホテルも多くて、今回は初めてユースに泊まってみようかということになり、“アメリカで最古のユースホステル”というところへ向かったのでありました。
やはりユースは若者であふれかえっていて、受付で入会金を取られ(?)、シーツのレンタル料を払い、部屋へ入ると2段ベッドが4つ位ある部屋で、もうすでにだれかの荷物(バックパック)がおいてある。どわぁっと疲れが出た2人は顔を見合わせ、めったなことでは弱音を吐かない友人がやっぱホテル探そうかと言い出したときは「うん」と素直にうなづいた私でした。
それから部屋をキャンセルして、会費は返せないとかでその後きっと一度も使うことのないであろうユースホステルの会員証を手に、縁のなかったユースを後にしたふたりでした。
その後タクシーをひろって、空港でもらったマップに載っていたホテルをめざし、フロントで部屋はあるかとたずねたら、今夜はあるけど明日はないと言う返事。でもそのかわりちょっと割り引きしたげるねなんていわれて、まぁとりあえず何とかなるかとフロントで手続きをしながら、じゃぁ他にいいホテル紹介してよぉなんて言っていたら、お泊まりのお客様らしき2人連れが隣で何かたずねている。なにげにみてみると何かちょっと違う雰囲気のこの2人。男性2人づれなんだけど、フロントマンと話ししている人の横にいる連れの人は胸当てのついたオーバーオール型の半ズボンをはいていて(男よ)腰のあたりがなよっとしていて、頬に手を当てたりしている。そのしぐさは・・どうもそうらしい。 ちなみに私の友人はその手の方々にとても人気があり、彼女もなぜか彼らととても話が合うみたいなのですが今回もご多分にもれず、楽しそうに話している。(彼女英語できないはずなのに)聞いてみるとやはり彼ら(?)はゲイのカップルで、ルーマニアから来たのよぉなんて言いながらコマネチのまねなんかして見せてくれる。(コマネチはルーマニア人)本当に明るくていい人たちだ。
じゃあまたねと彼らと別れて部屋に入って洗濯なんかした後、ビールでも買いに行こうと思ってフロントマンにどこか売ってるところないかとたずねると「このへんにゃぁ店がないからここホテルの一階のバーで買って部屋で飲めば?」という。じゃあ買ってくるわと友達が部屋を出た後、すぐに興奮気味で走って戻って来て、下のバーがすごいよと言う。すごいから、部屋じゃなく店でのもうと言うので何がそんなにすごいのよ、大丈夫?なんて言いながら行ってみると、店は男だらけ、しかも熱い視線で見つめ合ってたりするのだ、男同士で。
友達が言うには、ボソボソッと耳元でささやきあって、その後トイレに消えて行くらしい。え?
なんで。
どれくらいその店にいたでしょう。その間、最初から最後まで我々2人はまるで透明人間になったみたいに、空気のように扱われるという(だれも私達には目もくれない)すごく不思議な体験をしました。
果たして、その翌日ボストンでは年に一度の“ゲイパレード”が行われたのでありました。それで市内のホテルが一杯だったのね。 ゆうべのバーもそうか。 結局翌朝フロントでおそるおそるたずねてみると、部屋が空いて、もう一泊出来ることになって(ディスカウントのレートのままで)パレードを見物がてら町へ繰り出すとすぐ近くに(私の大好きな)ハードロックカフェがあったし、 町並みも石畳でボストンって感じだし、その後ニューヨークへ列車で向かう予定だった私達には都合よく歩いて行ける距離に駅もあって、明日も泊まれたらいいのにねぇなんてのーてんきにかまえていた我々には超ラッキー(なぜか、あのときゃ実際ホテルさがしもしなかったなぁ)でした。
その後何年か経って、2度目に別の友達とボストンを訪れた時もまた同じホテルに滞在したのですが、そのときもまたあのバーは全く同じ状況でした。その時はゲイパレードはなかったのに。そして後日できあがった写真を見ていると、そのホテルの玄関前に7色の虹模様の旗が写っていました。 そうです。“レインボーフラッグ”はゲイのシンボル。あのホテルって、やっぱりそうだったのね。そう思って前回の写真をチェックしてみるとそれにもその旗はやっぱり写っていました。 最初に一緒に行った友達は「もういっぺん行きたい」と熱望しています。あんたもすきね。
<旅の記録;1992.7(一泊朝食つき69j+TAX)同行者:S>