壁にへばりついたまま動こうとしない綱吉を力ずくでシーツの上に押し倒す。
柔らかな布に包まれたというのに何かを恐れるように細い咽喉がヒュッと鳴る。彼が目覚めてから何十回と耳にしたそれに、正直憐れだと雲雀は思った。
確かに、無防備に眠り付いた状態で、跳ね馬のディーノに抱きかかえられた綱吉を見たときは怒りを覚えた。消音器つきの銃声とはいえ反応せず、殺気にすら目覚めもせず、自分ではない誰かの腕の中で安心して眠りつく姿に胸を妬き、真剣に躾直しを考えた。
けれど、久し振りに夢を見ることすら出来ない深淵へと沈み込んだその意識を無理矢理、しかも絞殺紛いの方法を使ってまで引き上げさせるなどと言う暴挙に出るほど自分は怒り心頭だったわけではない。
この部屋に入って直ぐ、成人しているくせにやたら華奢な身体を今と同じようにシーツに横たえれば、綱吉は涙を流していた。それは、今目の前にあるような恐怖によるものではなかった。あの時は綱吉の表情が涙の所為か悲愴に思え、雲雀は涙の跡を口唇で辿った。それがいけなかった。それほどまで耳を彼の近くまで寄せなければ、きっと雲雀はそれを聞かずに済んだし、綱吉もこんな恐ろしい目に合わずに済んだのだろう。
『あいつはツナの元に必ず戻る。お前じゃ、ツナは支えられないからな』
跳ね馬のディーノの最後の捨て台詞に憤怒を覚えたが、それだけならなにを馬鹿げたことをと鼻で嗤っていただろう。綱吉が、リボーンの名を口にしなかったならば。
まるで助けを求めるように、小さく彼を呼んだ。一度ならず、二度まで縋るように口にした。
真っ白になった頭をゆっくりと上げ視界に綱吉の顔を入れれば、彼はまた新しい涙の道を作っていた。
それが何故か無性に赦せなかった。自分以外の人間を想い悩み、苦しむのかと、そう思った瞬間、雲雀は綱吉の首を締め上げていた。
死なないように、けれど、精一杯苦しみ喘ぐように、それでも失神だけはさせないように。絶妙な力のコントロールは散々やった拷問で身に付けていた。
恐怖を煽らせるため額から両の目蓋を掌で封じ視覚を奪った。酸素を取り入れようと喘ぐ口唇に自分のそれを重ね更なる息苦しさを与えた。そうやって混乱しているだろう綱吉が、為す術もなく縋るように自身の手の甲に爪を立てた瞬間、雲雀はうっそりと笑いを噛み締めた。
今この瞬間、綱吉は自分にだけ意識を向けている。誰かもわからない輩に馬乗りされて、なにが起きているのかさえも解らずただ混乱し、暴行者である雲雀に赦しを請うように縋り付いている。
後遺症のこともあり、雲雀は咽喉を締め上げる力を抜く。瞳は闇に取り残し、細い咽喉は掌を当てたまま、少年のような華奢な身体が弛緩する様を眺め、これからどうするかと思案した。
このまま誰かもわからないまま手酷く犯して、自分以外の人間に近付くことを恐れるように仕向けてやろうか。
それとも朝まで絞殺ごっこでもしようか。きっとこれから一人で眠ることを恐れるだろう。そうなったら綱吉と一緒にいれる時間は極端なまでに増える。
出てくる案は何処までもサディズム的ではあったが、雲雀はそういう嗜好があるわけではなかった。綱吉が痛がることは強要したこともないし、これからだってする心算はない。ただ、仕置きや躾直しには、最大限必要なものではあると思う。
結局どうするかを決める前に雲雀は声を出してしまい、計画は全て潰れてしまった。
腹いせに緩く首を締めてやれば綱吉は赦しを請うような姿を見せ、心地好かった。けれど彼は何かに触れたように、いきなり自分の手を無我夢中に、必死に振り払った。
誰かもわからない暗殺者の手は、振り払わなかった。そのくせ、恋人の立場にいるはずの雲雀の手を振り払った。
それが本当に、腹立たしくて。壊してしまいたいと思った。
けれど。
「綱吉。ねえ、綱吉」
今はもう、ただ怯えることしかできない綱吉。恐怖に上手く息継ぎできない咽喉にやんわりと歯を立て、涙を流す目尻に口付けを落とす。 がたがたと震える身体を宥めるように抱きしめる。
ゆっくりと冷め始めた頭で、怒りに当てすぎたと雲雀は後悔した。
別に、雲雀は綱吉を怯えさせたかったわけではない。泣き顔は可愛いから好きだけれど、笑っているほうが幸せそうで好きだ。
今の自分の行動はただの我儘であって、嫉妬による八つ当たりにも近しい。それを理解してはいるものの、それでも綱吉が笑うなら、それを向けるのは自分でなくては赦せない。瞬く間すら意識を外にそらされることが赦せない。
そんな想いがあまりに強すぎる。
特に最近は仕事量が一気に増えた所為で綱吉とお茶を飲むことさえ出来なくなり、一緒にいる時間は激減した。共に寝ることは習慣となっていたが、一緒にいるならば意識なく眠り落ちるよりも自分のことを見ていて欲しかった。結果眠る時間を惜しみ、赦しを切願させるような抱き方をして一緒にいるときはなにが何でも綱吉の頭の中を自分だけにした。
雲雀は綱吉を愛しているし、綱吉も雲雀を好いていることはわかっていた。けれど、どうやってもその割合が違いすぎた。それが雲雀を不安にさせる。
「ごめん、僕が悪かった。ごめん」
額に口付けを落とし、啄ばむように綱吉の口唇に口付ける。さらさらと逆立つ柔らかな髪を梳いて、身体の震えが止まるのを只管(ひたすら)に待った。
「僕が、悪かった」
泣かせれば、流された涙の分、綱吉が自分を嫌いになりそうだった。少しずつ、遠く、離れていきそうだった。
「お願いだから、傍から離れていかないで」
嫌いになることも、離れていくことも、到底赦せるものではない。綱吉が大事にするボンゴレを壊してでも、それだけは赦さない。もしもの現実にそれが適ったなら、どこか陽も射さない暗い場所に閉じ込めて、自分だけが彼の世界となるだろう。
「せめて、優しく愛していたいから。ちゃんと僕だけを見ていて」
まだ微かに震える肩に額を押し付けて、雲雀は細い身体を掻き抱いた。
「つなよし、つなよし」





その事態に、恐怖に煽られ止め処もなかった涙が止まった。
彼の、そんな声を聞いたのは初めてだった。今の今まで怯えていたのは確かに自分だった。なのに、今は雲雀が怯えているかのように声を震わせる。
つなよし、と呼ぶ声に手繰り寄せられるように、綱吉は手を伸ばしてそれを抱きしめる。自分の身体を覆う広い背中が、震えていると感じたのは気のせいだろうか。
ぎゅっと、自分の身体を抱きしめる力が増したような気がした。体は軋み、肺が圧し潰されるようだったけれど、それが感じたこともない愉悦を引き起こした。
愛されていると、そう思えた。その瞬間、綱吉のこめかみを火傷しそうな熱を持った雫が一つ、二つと滑り落ちた。
「訊いても、いいですか」
ずっと、ずっと綱吉は訊いてみたかった。けれど、口にするには勇気が必要だった。それは初めて人間を殺すために引き金を引いたとき以上に、莫大なものだった。
「どうして」
綱吉が好きな雲雀恭弥という男は、思考回路が難解故に理不尽で、正しくはあっても優しさなんてそう見せない人。優しさを、優しさでは見せない人。
そんなことは、綱吉だってわかっていた。
だから、正直言えば、ついさっき首を締め上げられたことも、今朝ウソの報告をされたことも、山本を密やかに武と呼ぶことも。それだけなら文句があるだけで、悲しいけれど、不安にさせられるわけではない。
彼が自分へと向けてくれる想いを疑う要素には、ならない。
けれど、『綱吉のためだけに紅茶を淹れて上げる』その言葉を覆されることだけは、心臓が止まりそうになるほど、ショックだった。山本に紅茶を差し出す雲雀を目撃するだけで、信じると決めた彼を疑いそうになった。そこに普段なら不安になりもしない要素が降り積もり、雲雀の自分への想いに対し恐怖心が生まれた。
もしかしたら、彼は自分をもう好きではないのかもしれない。
その思いは、もうずっと綱吉を根深く雁字搦めしていた。
「どうして、オレには紅茶を淹れてくれないの」
震えながらでも、外に出してしまったその言葉はもう後戻りを赦さない。
愛されていると、綱吉は信じたい。砕かれそうなほどの、彼の腕の力はそう信じさせてくれる。それでも、脳裏に浮かぶシーンにその真偽を問われる。
問いに雲雀の力が少し緩まり、圧迫の痛みの存在がジンジンと綱吉に主張し始める。
離れていくのではないかと不安に今度は綱吉の腕が強まる。
部屋は静寂が満ち、時計の音だけが響く。
じわじわと這い上がる恐怖を耐えるように綱吉は雲雀の服を握り締める。口唇はなにかの答えを求めて戦慄くけれど、何一つとして音を生むことはない。暗闇の中でも、うっすらと眼に映る全てのものが自分を拒絶しているように感じて涙が出てくる。
綱吉は答えをくれない男の肩に額を押し付けた。瞳を閉じれば涙が服を濡らすのだろうけれど、構わなかった。
永く感じた沈黙に終焉を打ったのは雲雀だった。けれど彼は問いにはなんら答えることはせず、背に回された綱吉の手を乱暴なまでに振り解いた。振り解かれた腕は、雲雀が握り締め綱吉の小さな頭の両横でシーツに縫いとめられている。
密着していた彼の身体の体温が離れていくのを綱吉は感じた。
恐らくは間近にあるだろう男の表情が怖くて、綱吉は目を閉じたまま顔を横へと逃がす。
「綱吉」
男はそんな綱吉の名を呼び、髪から覗く耳朶に口付けを送る。それがあまりに優しくて、綱吉はうっすらと瞳を開けて涙をまた零した。
「綱吉、ごめんね。僕は、本当に君が好きだけど、でも今君がなにを不安に思っているのかがわからない」
男は静かに綱吉の左手を解放し、優しく、壊れ物を扱うかのように自分から逃げた顔を真正面に戻す。綱吉も、それに逆らうことはしなかった。
ゆっくりとかち合った真っ黒な瞳は悲しそうな色を湛えており、綱吉は驚き目を見開いた。
「ごめん。僕の性格が歪んでいるのは知っているだろう?綱吉が、悲しむということや不安になるということが、どういう現象化で起きるかが、よくわからないんだ。だから、ちゃんと教えて欲しい。『オレには』ってことは、綱吉以外の誰かに僕が紅茶を淹れていたんだよね」
「…武」
「だろうね。他にはいない」
慰めるようにさらさらと頬を撫でる手を捕まえて、綱吉は口を開閉させる。
何かを、言いたいけれど、なにを言えばいいのかがわからない。
「一つだけ、君に隠し事をしていた」
額に、目尻に、口端に掠めるように落とされた彼のそれに怖いなら喋らなくていいと言われた気がした。
「君に、笑っていて欲しかった。でも、君は莫迦みたいに甘くて優しい。こっぴどく裏切った相手にさえ涙を流して始末を決意する。ファミリーを護ろうと、その重責をたった一人で背負おうとする。気が付いたら、僕といる時間でも笑い方が歪になってた。だから、山本と契約のようなものを交わしたんだ。君には、昔のように笑っていられる余裕を、あげたかった。君が目撃した件の紅茶のシーンは多分情報の交換時のものだね。そのときに僕が飲み物を用意するのは、山本の淹れたものは生憎呑めるような代物ではないから。で、飲むのなら紅茶がよかったから。二人だけのときに名を呼び合うのは裏切りを防ぐための牽制かな。他にはなにがある?綱吉は、なにが不安になって、何が嫌?」
「…っごめ、なさい」
最近巷を騒がせている、怪事件。同盟のボスやファミリーの人間が何者かに殺害され、後にボンゴレに対する裏切りが発見される。そんな事件が多発とはいかなくてもかなりの数で起こっていた。
恐らくは、この怪事件を起こしたのは、雲雀と山本の契約によるものなのだろう。人間を殺すことを今でも恐れる綱吉を、護るために。
駄々をこねるように、なにも知りはせず、知ろうともしなかった自分が恥ずかしかった。綱吉は自由な左手で涙に濡れた顔を隠す。
「おかしな子。何で謝るの、謝るなら僕のほうでしょ。約束を、破っていたもの。君にだけ淹れるって言ってたのに」
「オレ、なにも知らなかった」
違う、識ろうとしなかった。与えられることを当たり前のように感じていた。
今だって、本当は。本当は、自分の望む答えを与えてくれる可能性が高かったから、綱吉は溜まっていた靄を問いに変えて吐き出しただけ。
「ごめんなさい」
「知らないのは仕方ない。そうなるように、仕向けていたんだ。気付かれたら問題だ。契約は確かに山本とだけだったけど、君以外の殆どが知っているよ。あの忠犬も、跳ね馬も、ファミリーもね」
わかるか、と雲雀は目尻からこめかみへと伝った雫を舐め取り囁く。
「君の周りにいる人間が、君を護ろうとしている」
怪事件後、周囲ではボンゴレの対応の早さに畏怖と敬意、賞賛が上がるが綱吉には身に覚えのないことだった。部下に調べさせたが特に目を引く記述もなく、引き続き調べるように告げただけだった。
その部下も、きっと真相を知っていたのだろう。だから、上がってきたあの報告は偽りではなくても、真実が隠されているものなのだったのだろう。
「ごめんなさい」
無意味に、ただ謝罪を繰り返す。なにに、謝っているのか。なにを、謝っているのか。それすら自分はわかっていない。
そこに、なにかがこもっていない限りは、どんな言葉も無意味な音でしかないのに。
綱吉は、涙を一つ流して、また意味のない音を零した。
「本当は、僕が独り占めしていたいんだけどね」
雲雀は顔を隠す腕をやんわりとどかし、まるで子どものように泣き続ける愛しい存在に、赦しを与えるために口付けを柔らかな口唇に落とした。





「へぇ、じゃああの時リボーンが君に渡したのはこの紅茶だったの?」
「はい。中国行くんだったら、ってお茶のお土産を頼んだんです」
「ふーん」
「えっと、今オレが呑んでいるのがキームン・ザ・アットモストで、そっちのポットがキームン・ザ・クィーン、だそうですよ」
「ふーん」
どこか生返事のような声に綱吉は、ちらりと、まるで盗み見をするように、膝に落としていた視線を上げる。視線の先には、綱吉と向かい合うソファーに座る真っ黒なスーツに身を包んだ雲雀がいる。
愛用の武具がトンファーとは思えないほど彼の指はすらりと伸び、その掌は豆もなくただ美しい。そんな手に捕らわれるのは過去綱吉を鍛えてくれた幼い師が土産と称し手渡した、あの紙袋。その中身は既に雲雀によって本来の役目を果たしつつある。
視線をテーブルに移せば、目の前にはほんのりと朱の色を浮かべる水を張った有名ブランドのティーカップが二つ。今日は珍しく二種の紅茶を飲むためにもう二つ空のティーカップと今は蒸している最中のティーポットが一つ。
冷めては台無しだと、薫り高いお茶を楽しむためにティーカップに綱吉は手を伸ばす。
それは逃避も兼ねての行動であるのだと、綱吉自身よく理解していた。
雲雀は包装の意味もなくなった紙袋を手の中で弄ぶ。そこから一向に外れない彼の視線に冷たさを感じるのは何故なのだろう。
狭量な恋人の心中など出来れば知りたくはないと綱吉は手の中に納まる温かさに縋るように口付ける。
そんな綱吉にちらりと棘のある一瞥を雲雀は寄越し、土産ね、と意味ありげ低音で呟き、手の中のものを握り潰す。
「…何です、か」
聞こえない振りをしたくはあったが、してもしなくても恐らくは結果は同じなのだろうと綱吉は応えた。
「いや、特には。ただね、他の男に綱吉が餌付けされているようで、どうしようかと」
「お土産ですってばっ」
「でも、気に入らない」
目の前の綺麗な人は口唇を軽く持ち上げ薄く微笑む。それはとても美しいけれど、深い藍の色を称える瞳は冷ややかさを纏い、直視してしまった綱吉は顔が引き攣った。
「君、当分キャッバローネの跳ね馬と逢うの禁止ね。破ったらどうなるか、解っているよね?」
「…そんな、無茶な…」
薄く笑みを刷く口唇はそのまま、瞳だけうっすらと細め雲雀は綱吉が口にしようとする否の言葉を奪う。
途端綱吉は口を噤み、手にしたティーカップを両手でぎゅっと握り締めねめつくような視線から逃れるように視線を朱色の水面へと移す。
雲雀は丁度頃合となったポットの紅茶をストレーナでこしながら二つのティーカップへと注ぐ。綱吉の前にも新しい紅茶を一つ置いて、さて、どうやって自分の求める言質をとるかと雲雀が思考を巡らせていれば、入室を求める音が静かな室内に響いた。それに室の主ではない雲雀が許可を出す。
「失礼しまっ…っひば、り、さん」
「わぉ、小娘じゃない。僕の貴重な時間を潰してまで何のようさ。くだらない内容なら噛み殺すよ」
小娘と呼ばれたイーピンは顔を引き攣らせ、途切れ途切れに名を呼ばれた雲雀は顔を顰めた。
どちらもが、先日の発砲事件を思い起こしてのことだった。
「えと、イーピン、どうしたの?」
助けが来たとばかりに綱吉は顔を綻ばせ扉で立ち往生している少女を手招きする。
手招きされた本人としてはとても遠慮をしたい状態下での入室許可であったが胸に抱きこんだ一枚の書類はとても重要。なんと言っても、目の前にいる大事なボスのための書類。
イーピンはぷすぷすと突き刺さる氷の視線源を見ないようにと注意しながら室内を一歩一歩進んだ。
なにしろこれが今日中に受理されなければ自分自身にまで被害が出る。金色の馬の脚に蹴りつけられるのは確実。
(ああ、でも、これを今ツナさんに受理されたら、さっきから突き刺さる氷の棘、ああでもナイフというほうが言いえて妙な気がするこの視線源の彼に殴打されそうだわ。だって、これは。この書類は…)
恐らくは数分後の未来を思い浮かべ、その恐ろしさに胸の内で逡巡しながら、それでもイーピンはソファーにゆったりと座る若年のボスに書類を提示する。
綱吉はイーピンの心の動揺や逡巡が見えているらしく、少しだけ首を傾げながらそれを受け取った。
一通り文面に眼を走らせ、彼は微笑んだ。そして、次第に声となり空間を振るわせた。
それはとても楽しそうな声で。イーピンはいつかのように苦笑気味の、けれど笑顔を浮かべた。イーピンたちファミリーはボスである綱吉の側近くにいるのに、こんな風に彼を声立たせて笑わせたことなんて無い。喜ばせたことなんて、無い。だのにディーノは簡単に綱吉を喜ばせ、笑わせる。正直に言うと、どす黒い感情が沸き立つほど嫉妬している。けれど、彼が幸せそうに笑うなら、イーピンは嬉しかった。
綱吉が声を立てて笑う理由がわからず、雲雀は眼を軽く眇めた。その様子に気が付いた綱吉が、口唇をにんまりと持ち上げ意味深に笑い、書類の一文を朗読した。

「“本日を以って、リボーンをボンゴレの専属ヒットマンに推薦す。キャッバローネの十代目ボス、ディーノ”だって。じゃあ、これ受理」

目の前の人物は剣呑と眼を光らせたが、ボンゴレの十代目ボスは笑った。とても幸せそうで、楽しそうな笑顔だった。
久しぶりに見た、沢田綱吉の笑顔だった。













孤独な王に献上したのは
臣下の歪んだ愛情。












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