やっぱり我慢しなくてはいけなかった。
我慢し続けた言葉を言った瞬間にも関わらず、もう絶望感に襲われる。

黄瀬はこの首輪をずっと前に買っておいた。だが、それを黒子に見せたことはなかった。黒子に見せるつもりなどなくて、自分ひとりが満足するためにペットショップに行って買ってきたものだ。
見せてはいけないと分かっていたのに。
だが、耐えられなかったのだ。
自分ではない別の誰かの名前を出されると、どうしようもない不安感に襲われる。


(だって黒子っちは本当に俺を飼ってくれるツモリナンテなくて)

ちゃんと分かっていたのだ。

本当は黒子は、黄瀬を犬扱いなんてしたくないのだと。
黄瀬が望んでいたからこうして、優しい黒子は付き合ってくれていただけで
ときどき散歩に行って、一緒に食事をして、過剰なスキンシップをとってくれることくらい、友達でもできるから。
我慢してくれたのだ。


黒子の所有物なんだという証が欲しくてたまらなかった。
確固たる証が欲しい。
黒子のペットにしてもらえれば満たされるはずだったのだが、黒子自身は友達の延長でしかないことが怖くてたまらない。。


そんな気持ちには目を背けていればよかったのに。
黒子の優しさに浸っていればよかったのに。
欲張っては駄目だったのに。


黄瀬はひどく自分をののしった。
そして次に黒子の喉から飛び出す言葉に脅えた。
それは絶対に別離の宣言だと分かっていたからだ。
黒子から拒絶を示すボーダーラインを踏み越えてしまった。


「いや・・です」


予想に違わず黒子は首を左右に振る。

黄瀬は手の中の細身の首輪をぐっと握り締めた。
目の奥がじんと熱くなり、視界がぼやけてきた。


「嫌・・・・っスよね。ゴメンね、あはは。そっスよね」
「ごめんなさい。黄瀬君・・・」
「なんて顔、してるんスか。黒子っちはアタリマエっス。俺が、おかしい、だけ、で・・・・で、でも首輪なんてなくても黒子っちは俺の飼い主で、俺は犬、っで・・・」


まだ間に合う。最終通知はまだ成されていない。
笑って誤魔化せば、優しい黒子はまた黄瀬に乗ってくれるはずだ。

だが口にすればするだけ、泥沼にはまっていく気がして黄瀬は言葉を切った。
何より胸の中で渦巻いている気持ちが、自分の言葉に傷ついていく。


黒子っちに所有されてるって証が欲しい
優しさだけの鎖では、不安で仕方がない
それが自分の中で叫ぶ真実だったから。


しかし少なくとも今は、黒子が逃げ出さないようにするのが最優先だった。
このままでは黒子に捨てられてしまう。それだけは阻止しなければならない。
自分の気持ちには蓋をして、黄瀬は笑った。

「さっきの無しっス。最近ドーブツものの映画見たんスよ。だからっスかね〜何かテンションおかしいんス。黒子っちも見たことあるっスか?結構有名な映画なんスけど」
「違います。ごめんなさい、黄瀬君。それ以上何も言わないでください」

黄瀬が満面の笑顔を浮かべたと言うのに、ますます黒子は苦し気に眉をよせた。
きっと笑顔が失敗したのだ。

「僕がはっきりしないから・・・黄瀬君を無駄に期待させて、こんな、中途半端な」
「違う!あの、黒子っち。本当にオレ、おかしくてっ今日!」

黒子が冷えた指先を胸元で握り締めるのを、慌てて黄瀬は取り縋った。

「お願い黒子っち、それ以上言わないで!中途半端で良いから、このままで良いから、お願い!!・・・オレを、捨てないで!!」


「黄瀬くん・・・・」

黄瀬の必死さに飲まれたように黒子は言葉を失った。
落ち着いてください、と言わんばかりに黒子の手は黄瀬の背に回される。
だが黄瀬は顔をあげなかった。今黒子の顔を見ると涙腺が崩壊する。
それに上げなくとも声だけで、彼の前の悲しみで染まった目が見えていた。

この期に及んで、最後の言葉さえ聞かされなければなんとかなると黄瀬は思った。思いたかったのかもしれない。


「まだ・・・まだ終わりじゃないっスよね?ね、まだ。だって黒子っちはまだここに居るんスもん・・・・」

だから次に何か言いかけた口を自分のもので塞いだ。
ヒクリと腕の中で動いた体を押さえつけて、呼吸の全部を奪ってやるつもりで覆い尽くす。
ついでにこの衝撃でさっきの会話を忘れてしまえと強く念じた。
舌を入れてかき回すと細い体が身じろきする。
やがて息の仕方が分からないらしく、苦しさに黒子が背中を強く叩いてきた。その指が力なく縋り付くだけのものになり、自分の背中を滑り落ちる頃になるまで、黄瀬はくちびるを離さなかった。

黒子の胴に回された手が、小さな肺が呼吸するのを感じとる。それに合わせてまた黄瀬は口を寄せた。
しかしあと少しでまた塞ぐというところで、黒子の手が間に割り込んで黄瀬の顔を引き離す。
はあ、はあ、と息を整えながら「ちょっと待ってくださ」と言うように微かに黒子は首を振った。

だが黄瀬が待つわけがない。
黒子に冷静になられると困る。いっそ意識を失ってしまえば良いと思った。
黄瀬はたやすく黒子の手をどかすと再度彼の呼気を奪う。
力を失って傾いだ体を捕まえて、頭の後ろに手を沿わせより深く塞ぎながら

3回目になると、黒子は殆んどソファーの上に倒れこんでいた。
両手も横に伸ばされて邪魔しようとしない。
黄瀬が離れるのを待ってただ苦しさにグッタリしているのを、もの悲しく黄瀬は見た。


「うっ・・・ウゥッ・・馬鹿っス、おれ」

黒子の体に上から圧し掛かりながら、黄瀬の両目から涙が零れ落ちる。
また唇を寄せようとして、黒子がゆるく左右に首を振った。残念ながら黒子は意識を保っていたのだ。
黒子は、これまで何度も黄瀬に伝えようとして、伝えることのできなかった言葉を紡いだ。

「き、せくん・・・ごめんな、さ・・・ボクはずっと、黄瀬くんを犬あつかい、したく、なかったんです。どうしても、できなくて」
「ウグウ・・うっ、うっ」

全て分かっていたはずなのに改めて言われる言葉に、黄瀬の涙が増え続ける。

「・・・だって黄瀬君のことは好き、で。黄瀬君が飼い主が欲しいって、聞いて、ちゃんすだって」
「ウ・・・―――ゥくっ?」
「でも黄瀬くんは、そんな存在が欲しいわけじゃなくて、飼い主が欲しいんですよね。本当はもっと素敵な飼い主の方、が良いんですよ、ね・・・ボクは、どうしても、できない。本当に、すみません。僕は黄瀬くんの飼い主じゃ無いんです・・・!」

黄瀬から目を逸らした黒子の目から、黄瀬と同じく涙が浮かんで落ちていった。
それを息を飲んで
奇妙なものを見た、という顔で見送った後、黄瀬は自分の涙を飲み込んだ。


(――いま、ナンテ)


シクシクと涙を見せる黒子を見て胸がざわついてくる。
黒子が泣いていることが信じられない。だがこれは自分のために泣いているのだろうか。
混乱に満ちた頭の中、黄瀬は困り果てて動けなくなった。

ごめんなさい、と何度目かの囁きが耳に入って、やっと弾かれたように体を離す。
鼻をすすりながら

「やっ、黒子っち、何言ってるっスか!?それじゃまるで」


(まるで黒子っちがオレの事・・・スキ、みたいな)

黄瀬の思考をなぞるように、黒子は「好きです」と言葉を繰り返した。
悲しさか恥ずかしさでゆっくりと顔を覆い、目を閉じて。


そんな馬鹿な話があるだろうか。
黄瀬は叫んだ。

「うっく。オレもっオレも黒子っちのことが好きっスよ!じゃ、じゃあ、俺たち両思いだっ、たんスか!?なんスかそれ、馬鹿みたい!」
「え・・・だって黄瀬君、犬プレイがしたいだけなんじゃ」
「そんなわけないじゃないっスか!変態じゃあるまいしっ!!」

黄瀬の最後の言葉に、黒子は首を傾げた。
突然黒子に向かって「飼ってくれ」と言ったのは黄瀬だった。


しかし黄瀬だって誰の飼い犬でもなりたいと思ったわけではない。黒子の飼い犬になりたいだけで、それも本当に犬になりたかったわけではなくて

ただ、黒子と一緒にいたかっただけだ。
学校が変わっても気にかけてほしかった。
抱きしめたかったし、触れてほしかった。

黒子が好きだっただけだ。


「え・・・本当に?黒子っち、嘘じゃないっスよね?これ冗談だったらオレ、もう死にたいっス。この気持ちのまま殺して欲しいっス」

黄瀬が震えながら呟くと、黒子はもっと体を震わせた。
「馬鹿なことを言わないでください」と睨みつけられて、黄瀬は肝を冷やす。
でもそれ以上に喜びの方が襲ってきて、鳥肌が立った。
幸福すぎて怖いなんてはじめてだ。


「黒子っち、黒子っち、オレ黒子っちが好きっス。好き。大好きっス!」
「あの、ボクはもう飼い主では」
「犬じゃなくて!オレは人間として、黒子っちのことが好きなんス!!」

我を忘れた黄瀬が黒子の上に体重をかける。黄瀬の体に潰されて黒子が呻いた。




昨日帰宅していた時以上に、黄瀬は上機嫌で登校した。
朝錬で顔を合わせた笠松は鼻歌を歌いながら着替える背中に戸惑いがちに声をかける。

「あのさ、黄瀬。昨日の話だけど、飼い主って・・・」
「え?なんの話っスか?」

振り返った黄瀬は明らかにハイテンションで、全く話を聞いていないようだ。
機嫌の良い後輩にそんなに飼い主って奴が嬉しいのかとますます笠松は顔色を失う。

「昨日飼い主と一緒に勉強するとか言ってたじゃねえか!」
「ああ。オレ恋人と勉強するっス」


「お前そこに直れえええええ!!」
「イタッ!なんで!?キャプテン、何で怒ってるっスか!?」

振り上げられた拳からきゃんきゃん逃げ回りながら、黄瀬は一点の曇りのない笑顔を浮かべていた。






家を訪れた恋人に、黄瀬は両手を広げて出迎える。


二人の思いが通じ合ってからの1週間も、黒子はテスト勉強には手を抜こうとはせず、二人でいる時はみっちりと勉強させられた。

両思いだと分かって早速恋人同士の営みをしようとした黄瀬の眼前に、黒子は手の平を向けたのだ。

「テストが終わるまで待ってください」

黄瀬が拗ねても、泣きまねをしても、地団駄を踏んでも、彼の恋人は決して自分の言ったことを曲げなかった。
代わりに、首元に齧り付いた黄瀬に対して「終わったら好きにして良いですから」と、吐息のような声で言った。

それだけを心の支えに、黄瀬はテスト期間中を乗り切ったのである。
少しでも悪戯しようものなら怒って帰られてしまうため、黄瀬も鉄の精神で机に向かい続けた。
その結果、テストではかなりの手ごたえを感じることが出来た。
きっと笠松先輩を驚かせることができるだろう。

だが今の黄瀬にとっては、目の前のご褒美の前には何もかもが霞んで見える。


「黒子っち、俺もう我慢できないっス・・・!」
口は満面の笑みを浮かべながら、黄瀬の目は笑っていない。
その奥に潜む暗い欲望をチラつかせながら、壊れ物を扱うようにそっと黒子の細い身体を抱きしめる。
耳元で囁いてやれば、緊張で強張った体が胸を弾けさせた。

「これ以上『待て』をされたら、犬だって飼い主に反抗するっスよ?」
つまみ食いをするように、ぺロリと耳の中に舌を入れると小さな悲鳴が上がる。
逃げ腰になった黒子が逃げないように腕に力を入れた。
黒子はぎこちなく頷く。

「・・・ええ。分かってます。覚悟はできましたから」

ようやく与えられた許可に、黄瀬は待ってましたとばかりに白い首筋にむしゃぶりついた。
逸る鼓動を抑えて学生服を脱がそうとしたところ、「せめて寝室で・・!」と慌てた声を掛けられる。
そうだった。
ここはまだ玄関だということを思い出した黄瀬は、黒子を抱き上げて足音荒く寝室へ向かう。
いまだ靴を履いたままの黒子は初め強引に降りようとしたが、すぐに諦めて身を任せた。
一瞬でも逃げようとすれば、ますます追ってくるような気がしたのだ。

ドサリとベッドの上に投げ出され、圧し掛かる。
何だかんだ言って黒子の方も期待しているのだろう。すでに目を潤ませて、頬を赤く染めていた。
それにますます興奮して息を荒げながら、黄瀬がチャックに手をかける。
小さなボタンに指を滑らせながら獣のように唸っていると、黒子が微かに震えながら、笑った。


「黄瀬君、本当に犬になってしまいますよ」
「・・・・・でも黒子っち、俺が犬でも好きでいてくれるっスよね?」

試しに言ってみたところ、それまでも十分赤面していた黒子はこれ以上ないくらい赤くなった。
そんな恋人の答えは口で言われるよりも明らかで、黄瀬は湧き上がる感情のまま抱きしめた。

「好きっス、黒子っち。大好き!」
「・・・っ、はい」

やっとの思いという様子で黒子が答え、目を閉じるのを、静かな口付けで応える。
幸福感しか沸かないキスを名残惜しげに離した後、黄瀬は呟いた。


「俺、人間で良かったっス」

しみじみと呟いた黄瀬に、一瞬呆れたような顔をした黒子は
そうですね。僕も犬じゃなくて良かったです。と頷いて黄瀬の胸元にしがみついた。








わんこ黄瀬いっぴき




NOVEL by『 未だ未定 』



うひゃははは!なんて笑い声がね、この小説が見終わった瞬間に部屋に響いたんだよね
その瞬間に我が家の愛犬が吼えてくれたんだけど
そんなに不気味だったのかね?この感動がわからないとは、なんと失礼な仔だ
わんこ黄瀬なら、きっと理解してくれるのにさ。

『わんこ黄瀬いっぴき』のこの二人大好きです
黄瀬くんは所有するより(もちろん、所有欲もありますけど)所有されたがっていて
その心意気に、なによその健気さ!と私は何度だってニヤツきました
特に黄瀬が首輪を嵌めて、と求めてきた瞬間。あれはもう、本気で悶えました
そして、存外に、黒子ではなく黄瀬が首輪を嵌める、というのもよいものだと気づきました
(多分、一般的な思考回路故の言葉ではない)
黒子となんとか繋がっておきたいという必死な黄瀬が可愛かったです
何でこんなにやつは可愛いんだろう
(うちでは凶暴でしかないくせに)
黒子も黒子で実は黄瀬との繋がりを必死に持とうとしていたなんて
ああ、もう駄目。顔がにやけてもーどーらーなーい!!!

ヒトデさん、本当にありがとうございました!!
しかも。なんだかうはうはな書き下ろし部分もあって、私こんなに得していいのか!?とか葛藤しちゃったけど
いいんですよね、もう返しません!ありがとうございます!もういただきました!返品はいたしません!
うっひひゃひゃひゃひゃ!!!
後生大事にしていきます!!!!!





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PHOTO by『 空色地図 』