Chain storyとは…

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(無題) 投稿者:Gotch 投稿日:2003年 7月 1日(火)00時31分26秒

男は彼女にせりふを言った後、自分の弱さを悟られないよう極めて自然に振る舞おうとした。
飛び立つ飛行機を見て、あたかも自分を重ね合わせていたようだった。
見るともなく、飛び立った飛行機が機首を上空へあげ、ジェット噴射の排気が、瞬く夜の滑走路のライトを陽炎のように滲ませていく。
飛行機は目的地への航路に向かうため、機体を左に傾けていった。
それを見るともなく眺めていた男は、次の順番を待つ飛行機が滑走路のスタート位置に入ってくる飛行機を見た

男はその時、自分の目を疑った!
機体に垂直尾翼が二つ見える!
いや、あれは飛行機の尾翼なんかではない、
人・・・?
なんと、Gotch・・・!

なぜ、どうしてGotchがあそこに?
男は、自分の目を皿のようにしア然とただ立ちすくんでしまった。
隣では戯れるいたいけな子犬のような仕儀さを見せる彼女が、これからの旅立ちにいたずらな笑顔を見せている。
男は、窓の外に見える飛行機と同じように両手を左右に広げ、機体の一部と同化して悠然と機体の上にいる彼をボー然と眺めていた。
巨大なスクリーンに映し出された映画のワンシーンような、夜の滑走路を映し出している窓ガラスを背にして、
男の顔を潤んだ瞳で見ている彼女にはこの奇怪な光景は見えていない。

これは錯覚だ。何かの見間違いだ。
男は自分に言い聞かせた。
この間違ったシチュエーションは一体なんだ!

男は気持ちを落ち着かせようとバカラのグラスに手をのばし、飲みかけていたIWハーパーのソーダ割りを一息に飲み干した。
男は冷静を装い何も無かったかのように彼女の肩をそっと抱き、心の動揺をただひたすら押し隠し、
今の見てはいけない光景を忘れようとかぶりをふった。

冷静になろう。
落ち着け・・・!
男は心の中で自分に言い聞かせた!



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Ice rock'ball 投稿者:Gotch 投稿日:2003年 7月 7日(月)19時18分7秒

男は、バーテンダーに向かって空になったバカラのグラスを持ち上げ追加を頼んだ。
「バーボンスコッチをロックで・・・」
彼女は、今にも腰を上げスツールから腰を下ろそうとしていた。
「まだ飲むの?」
「うん、どうも・・・もう一杯飲みたくなって。」
男は極めて冷静に振る舞った。
そう言われ、彼女はおりかけていたスツールにもう一度掛け直し、再び足を組みなおした。

男はカウンターに置いてあったメンソールのタバコを一本取り出し、口にくわえた。
ポケットから愛用のジッポライターを取り出し、彼の手の中でライターは乾いた金属音をさせ、ふたが開いた。
ジッポライターのフリントウィールを回しライターに火を点けた。
男はそのまま、たばこに火をつけようとした。
とその時、ジッポライターの火がふっと消えた。
「きょうは、たばこ、吸・い・す・ぎ!」
今まで子犬のようにじゃれて隣に座っていた、彼女が悪戯な笑顔を見せ微笑んでいる。
「そうかなぁ・・・!」
男は落ち着かなかった。
そう言われ、仕方無くくわえていたタバコをシガレットケースに戻した。

ようやく、カウンターの中にいたバーテンダーが、煌びやかで荘厳な輝きを放つバカラのグラスに、
球形に削られた氷を浮かべたバーボンスコッチが、オン・ザ・ロックで運ばれてきた。
隣でじれったそうにしていた彼女が、そのグラスに浮かんでいる氷を見て
「素適・・・!」
と呟いた。
男はカウンターに置かれたバカラのグラスを持ち上げると、
そのボールのように削られた氷は重力の傾きに従い、グラスのなかで転がり音をたてた。
男はそのバーボンスコッチを口に運び、一口飲んでから
「この氷ステキだろう、これはこの店のマスターがアイスピックだけで削って、こんなにも丸い形にしているんだよ・・・!」
「すごい!」
自然と彼女の口から言葉が漏れた。
カウンターの奥でマスターがこちらを見て笑顔で微笑んでいた。
二人の会釈を見るともなく、眺めていた彼の心の中で今までわだかまりとなっていたひとつの事が、
バカラのグラスの中で溶けていく氷のように、少しずつなくなっていくのを感じていた。
男は口元に笑顔を浮かべて、男の座っている席から二つ奥のボックス席に座っていた紳士たちの会話にふと耳を傾けた。

「そうなんだ、葉っぱの裏には耳があるんだよ!」
「へえ・・・」

男はその会話をもう少し聞いてみたくなった・・・。


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セントポーリア 投稿者:Gotch 投稿日:2003年 7月11日(金)01時48分58秒

ラスト・フライトの飛行機が滑走路に入ってきた。
飛行機は流線型の機首を今から滑走していく方向に向きを変えた。
巨大なスクリーンのような窓ガラスに映し出される光景は、
その飛行機の機長席から見ているのと同じように滑走路が真っ直ぐ一直線に見えている。
陸上選手のように、その滑走路の一番手前のスタート位置に滑りこんできた飛行機は、
ちょうどこのバーのカウンターからでは尾翼をこちらに向けた格好となった。
たそがれ時から降っていた雨はいつの間にかすっかり止んでおり、窓ガラスには数滴の滴がついているだけだった。
しかし、そんな状況もカウンターにいる男の目には入っていなかった。
その時男はカウンター奥のボックス席の紳士たちの会話に引きこまれていた。

「実は、この間彼女が僕のマンションに来て、以前から育てていたアロエを見て『何、この格好の悪いアロエは・・・!』っと言ったんだ。
そしたら、それまで長い間水をやらなくてもピンピンしていたのに翌朝になると枯れているんだよ!そんなことあるか?」
「それは、変だな!」
カウンターの奥のボックス席に向かい合わせにすわっている紳士2人がそんな会話をしていた。
カウンター側に座っている男性は、明るい色の背広を着てドライマティーニのグラスを手に持ち、楽しげにそのいきさつを説明していた。
「それでこの間、たまたま植物専門の博士と食事する機会があったので、その話をしたら、
『植物が気を悪くしたからそうなったのだ。植物の前で悪口は言ってはいけない。』
と諭されたよ。」
「そんな事あるのかなぁ・・・」
っと興味津々で話しをし、反対側に座ってタバコを吸っているかっぷくの良い男性が言った。
「それがその時、その店の女性オーナーが話を聞いて話しに入ってきて、彼女が言うには
『あなた知らないの、私なんか店のそこにあるセントポーリアにいつもお水をあげるとき話しかけながらあげるのよ。
おはようポーリアちゃんって!そしたら何と不思議、一年中咲いているのよ!ステキでしょう。』
と話に割って入ってきたんだよ」
カウンターの男はその話を聞きながらグラスを持ち、バーボンスコッチを一口含み、
のどを通らせると喉もとから上がってくるバーボンの香りを楽しんでいるかのように軽く息を吐いて、二人の会話の続きを聞いた。
ボックス席の紳士が続いて
「博士はその彼女の方を向いて『そうでしょう。これは学術的にも証明されていますから。』と言って二人で何か話しが盛り上がっているので、
僕はそのセントポーリアの葉っぱを手にして唖然としたよ」
「どうした・・・?」
「造花だったよ!」
「・・・。ボケているのか、そのふたり!」
カウンターの男は飲みかけていたバーボンウィスキーが気管支の方へ流れかけたのを必死で止めた。
ボックス席の紳士はカウンターにいるバーテンダーに向かっておかわりを注文し話しを続けた。
「まぁ何はともあれ、博士いわく、葉っぱの裏には耳があって人間の会話を聞いているんだって」
「なるほど・・・!じゃあ、その君の育てていたアロエはやっぱり自殺だよ!」
男は紳士達のしゃれた会話にのめり込んでしまっていた。

「ねぇ、私の話聞いてくれている?」
突然、彼女の言葉が飛び込んできた。
男は現実に引き戻された。


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3人 投稿者:Yatch 投稿日:2003年 9月28日(日)03時15分8秒

「・・・あ、ああ。聞いてるよ」
男はハーバーを口に含んだ。
「ねぇ」
「ん?」
「私たちがここへ来たときと今とでは、ずいぶん雰囲気が違わない?」
そうだ・・・と男は思った。まずこのシチュエーションではありえない幻覚をこの店の窓越しに見たときから、何かが狂い始めていたのだ。
そしてあの男たちだ。なぜあんなラチもない話を熱心にし続けているのだ?
普通あれくらいの年配であれば、それ相応の話題があるはずだ。なのになぜ葉っぱの裏に耳・・・なのだ?
いったい誰なんだ。その馬鹿丸出しであろうはずの面構えを一度見てやりたいものだ。
しかも許せないのは、彼らの話が聞きたくて仕様がない自分だ。
葉っぱの裏の話題から、その紳士たちの話題はいつの間にかUFOの話になっている。
あぁ聞きたい。まて、俺はこんなキャラクターではなかったはず・・・。そうだ今夜はしっとりとした大人のムード・・・違う、違う。
そもそも、そんなキーワードを意識しなくても十分そうできていたのだ。
それが、あの、とんでもない幻覚と、奥に腰掛けてひそひそと、しかし実に楽しげに話している男たちによって塗り替えられようとしている。
「今夜は私、帰ります」
無理もなかった。こんなにも彼女から気持ちがそれてしまっていては、彼女としてもそうとでも言わざるを得ないだろう。
男は今夜ばかりはあえて引き止めないことにした。
彼女もそれに対して特別なわだかまりは持たなかった。
「疲れてるんだわ、きっと」
「そのようだ」
「またね」
「ああ」
彼女がスツールから降り立ち、自分の背後を通り抜けてゆくのを、男は香水の香りの流れで感じていた。

                                    *

彼女が店を出て行くのと同時に、一人の女性が入ってきた。
「やぁ」
その女性に声をかけたのはあの紳士たちだった。
「こんばんは」
席へ歩み寄りながら、女性があいさつをした。花のある美しい声だった。
「悪かったね、急に呼び出して」
「いいえ、いいのよ」
「例のセントポーリアの話、彼に聞かせたら、ぜひオーナーに会いたいというもんでね、あ、紹介しよう。彼が土屋だ。よろしく」
「土屋です。お噂はかねがね・・・」
「真下です。私の方もゴッチからお噂は・・・」
「ゴッチ?」
土屋と名乗ったその男は、不思議そうに聞き返した。
しかし、そんな土屋とは裏腹に、カウンターで、今は一人で飲み続けていた彼は再び気管になだれ込もうとするアルコールを食いとめるため、
一人秘めやかな戦いを繰り広げていた。
なぜだ。今、確かにあの女、ゴッチと言ったな。ゴッチとは、あのGotchなのか。それではさっき俺が見たあの幻覚は、幻覚なんかじゃなかったって言うのか。
男の心臓は早鐘を打っていた。ということは、相手の男、土屋というのはヤッチのことか・・・。
土屋・・・つちや・・・つちやつち・・・ヤッチ。間違いない。Yatchだ。するとあの女性・・・真下とか言ってたな・・・。もしかして彼女は・・・。


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確か・・
投稿者:Liz 投稿日:2003年 9月29日(月)02時09分45秒

ヤッチ、ゴッチと来れば・・続く名前はマーシャだ。
と、彼は思った。
「真下」・・彼女がマーシャであってもおかしくない。

男は数週間前、ウクライナを旅していた時のことを思い出した。
休暇はたった一週間だったのに、どうしてもワルトスクにあるという伝説のマトリョーシカが欲しくなった。
マトリョーシカというのはロシア名物の木製の人形だ。
胴を外すと、ちょっとちっちゃいヤツが出てくる。
それを外すと、また、もちょっとちっちゃいヤツが出てくる。
で、それも外すと、もっとちっちゃいヤツが出てくる。
で、も一度外すと・・
最後には、ちっちゃい、ちっちゃい、すごくかわいいのが出てくる。
最後がなきゃいいのに・・と思っちゃう。

でまあ、男はそれが欲しかった。
男にその話を焚きつけたのは、いつも夕飯を食べに行く定食屋のオバチャンである。
「あんた、ロシアに行くんかいね、ええなあ。
なんでもな、ウクライナのワルトスクっちゅうとこには伝説のマトリョーシカがあるんやって。マトリョーシカって、
ほら、蓋開けたら、ちっちゃいヤツが出てきて、ほんでまた開けたらまた・・(以下省略)
でな、ワルトスクのは、最後にウルトラマンのフィギュアが出てくるんやて・・
ほんまやろか・・」

男はこれを確かめたくなった。
まあ、そんなこんなで、突然端折るが、そのワルトスクに泊まった宿の怪しいおばあさん、ロシア語で男に言った。
「yatchgotchmashatdjeg: shfjv gregr khgwrgjkihihi」

直訳すると、
「ヤッチ、ゴッチ、マーシャを見つけな。何かが起るよ。イッヒッヒ」


                                                                      ページのトップへ


んでな、
投稿者:Liz 投稿日:2003年 9月30日(火)16時04分0秒

「ヤッチ、ゴッチ、マーシャ・・・」
男はその日から、この予言めいた言葉に頭を悩ませ続けた。

というのはウソ。
そもそもあのおばあさんは怪しすぎた。
魔女オタク。
宿は蜘蛛の巣だらけのあばらや、軒下にはコウモリがぶらさかっているし、勿論黒猫がそこいらじゅうにウジャウジャ居る。
おばあさん気を利かし、ベッドにはカエルなんか入れてくれちゃってるし、
晩飯にイモリなんか焼いちゃうし、
夜中に包丁まで研いでくれちゃう。
「シャッ、シャッ、イッヒッヒ。」

案の定、宿の名前は「魔女の館」・・遊園地のアトラクションみたいですね。
なもので男は、おばあさんの不吉な言葉など鼻にも掛けなかった。

のだが。
しかし。

帰国してからというもの、しょっちゅう夢に出てくるのだ。
ゴッチという男が・・
うるさい夢である。

「ハーイ、ゴッチで〜す。」・・テンション高い。
「ハーイ、おとぼけゴッチで〜す。」・・成る程。
「好きなものはハクサイ!」

俺はな・・彼女とfly me to the moonする夢を見たいんだよ!


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絡み 投稿者:Liz 投稿日:2003年10月 1日(水)15時54分43秒

男は、ボックス席の三人組を確かめたい衝動に駆られた。
がしかし、動物的本能がそれをためらわせた。
振り向いてはいけない。
何かが起ってしまう・・・。
平穏な当たり前の日常生活を脅かす何かが・・
不吉な想念が頭をよぎる。ワルトスクのおばあさんの「イッヒッヒ」が聞えてくる。
男は堪え、気を紛らわそうとバーボンを煽った。

・・のに・・

「ハーイ、ゴッチで〜す。」

あ〜あ。
男は不覚にもバーボンを噴出してしまった。
目立ってしまった。

もう振り返るどころじゃない・・。
3人ゾクゾク寄ってきた。
オーナーという女がセッセとハンカチを出してくれる。
土屋と紹介されていた男がもうひとりの男をたしなめる。
「お前が大声出すから・・」
声の主は「スミマセーン」と謝る。
あとは野となれ山となれ。

あれよあれよという間に男はボックス席に座らされていた。

あ〜あ。ご愁傷様。


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ブラックホール 投稿者:Gotch 投稿日:2003年10月 6日(月)16時59分0秒

男は、暗い闇の中でまるで『ブラックホール』に吸い込まれ、落ちていくような感覚を覚えた。
男は、もがくように動かした腕がバカラのグラスに当たった。
グラスの中の球形の氷が大きく動き、バーボンを波立たせグラスからあふれさせてしまった。

ふと気がつくと男は夢を見ていたのだ。
男は先日来の海外貿易の大口取引をようやく成立させ、疲れがピークにきていた。
グラスからこぼれたバーボンに気づいたバーテンダーがフキンを手に駆け寄ってきた。
「お客さま、だいぶんお疲れのようですね。」
バーテンダーはそう言いながらバカラのグラスからこぼれたバーボンを笑顔で拭いていた。
「どうも居眠りをしていたみたいだ・・・スマンな!」
バーテンダーは屈託の無い爽やかな笑顔をしながら
「じゃ、今度は少し軽めにして入れなおしてきましょうか?」っと、少しハスキーな声でやさしく言った。
「たのむよ!」男はそう言いながら天井を見上げた。
天井には何のためのパイプなのか、太いダクトのようなパイプが何本もはしっていた。
カウンターのちょうど真上あたりには、大きなシーリングファンがゆっくりと回っていた。
男はそのゆっくりと回るシーリングファンを眺めながら今さっき見た夢のような出来事を思い返していた。

「さっきのは一体なんだったのだろう・・・それにどまでが現実だったのだろう?」
まるで、遠い宇宙にあると言われているブラックホールのように、音も光もすべて吸収し自らの放つ音さえも吸い込んでしまうようなさっきの夢・・・。
そういえば、この間ラジオで話すパーソナリティーが楽しそうにブラックホールのことを話していたのを男は思い出した。
「確かあのパーソナリティーは・・・!。あれっ!」
ふと男はさっきから、奥のボックス席にいた男たちの話し声が今は聞こえて来ない事に気がついた。
男は周りに悟られないよう、ゆっくりと奥のボックス席の方を振り返った。
「いない!」
いつの間にかボックス席にいた紳士たちはいなくなっており、今までいた事を証明するかのように、テーブルには3っのグラスが置かれていた。
 男の混乱している状況を現実に引き戻すかのようにバーテンダーが「軽めにしておきました。」
っと言いながら、男の前においてあるコースターにグラスを置いた。
男は今の動揺を隠し冷静を装いながらそのバーテンダーに向かって
「あの、奥のボックス席にいた紳士たちは?」っと尋ねた。
「30分ほど前にお帰りになられましたよ!」とバーテンダーはやさしく言った。
「そう・・・。」男はつぶやきにも似たような返事をした。


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夢のランデブー 投稿者:Gotch 投稿日:2003年10月 7日(火)19時47分24秒

二度目の空拭きをしながらマスターが話しかけてきた。
「今日は火星が月とランデブーをしてとてもきれいに見ますよ。」
そう言いながらやってきたマスターの手にはきれいに拭かれたバカラのグラスがあった。
カウンターの奥のラックにはきれいに拭かれたグラスが同じ形ごとに整然と並べられ、
その一角には男が飲んでいるグラスと同じバカラのグラスが並べられていた。
整然と並んでいるグラスはカウンターのスポットライトを浴び荘厳な輝きを見せていた。
マスターはそのグラスの列に、今ふきあげられたばかりのバカラのグラスを並べながら続けた
「今日は5万年ぶりに火星の最接近の日らしいですね。
先ほどからの雨もようやくあがって今はきれいに星が見えていますよ!」
と言いながら、壁一面に張りつけられている巨大な窓ガラスから空の方を覗き込むように眺めていた。
男はそう言われながら、ふと廻りを見回しとカウンターにもボックス席にも客は一人もなく、
いつの間にかこの店には自分ひとりしかいない事に気がついた。
男は食材の整理をしているバーテンダーに向かって「もう、閉店の時間?」と尋ねた。
バーテンダーは整理をしている手を止め男の方を向き
「いいえ、この店には閉店時間はありません。最後のお客さまがお帰りになられた時が閉店時間となります。」
そういうと軽く一礼をして、先ほどまで行なっていた作業を続けた。
『とても感じのいい店だ!』男は心からそう思った。

マスターが話していた火星の事を思い出し、目の前にある巨大スクリーンのような窓を見た。
その巨大な窓から見える光景は、先ほどの最終便が飛び立った後は今までの躍動感はなく、
一転して宇宙にいるような静けさと滑走路にさまざまな色を放っている誘導ライトがきれいに整然と並んでいた。
そしてその上空には、先ほどまで雨を降らしていた雲もあちらこちらに塊となって、
その合間から満月のような月が顔をのぞかせていた。その月の右下に付き添うかのようにオレンジ色の光を放つ火星がランデブーをしていた。
男はその情景をみながら、今日一日・・・というよりこの店にきてからの事を振り返っていた。
「なんだったんだ・・・一体どこからが夢で、どこまでが現実だったんだ・・・。」
男はため息まじりに言葉をはきながら飲みかけのバカラのグラスをとり一気に飲み干した。

カラン・・・
空になったグラスの中で、ボールのように丸く削られた氷がバーボンによってさらに角を落とされ丸くなり、グラスの中で転がった。
その音を聞き分けたマスターがこちらの方へ歩みより
「同じものでよろしいですか?」
とグラスに手を伸ばしかけた。
男は先ほど置いたばかりのグラスの口に手を当て
「いや、今夜はもうやめておくよ!」
とマスターに答えた。
「かしこまりました。」
マスターはそういうとカウンターの奥へ下がっていった。

「ごちそうさま」
男はそう言うとチェックを済ませた。
そして、この店の中を今一度みまわした。
カウンターの前に広がる壁一面の窓ガラス。
そこに映る色とりどりの光を放つ滑走路の誘導ライト。
そして・・・、カウンター奥のにぎやかだったボックス席。
全てが男には幻想のように思えた。
男はバーテンダーに「ありがとう・・・」と言いながら出口の方へ歩いていった。
男の背後で「ありがとうございました。」というマスターとバーテンダーの声が聞きながら
男は出口のドアノブをまわした・・・


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電流 投稿者:Yatch 投稿日:2003年10月 8日(水)00時40分32秒

バシッ!!
「あいたぁ!!」
ドアノブと手が触れた瞬間、周りが青白く照らされるほどの静電気が男の指先にほとばしった。
自分の指がちゃんと残っているか、慌てて確かめたが幸いなことに別状はなかった。
よかった。爆発したかと思った。男はほっと胸をなでおろした。

我に帰った男は、ふと自分に注がれるいくつかの視線を感じた。
先ほどの静電気の反動で店の扉は大きく開け放たれ、
店の外を行き来する着飾った何組かのカップルがすさまじい爆音とただならぬ男の悲鳴に思わず立ち止まり、
男の方を凝視していたのである。
男は見つめていた自分の手をポケットに押し込み、意味もなく愛想笑いを浮かべ足早にその場を立ち去る以外なすすべをがなかった。
畜生。何でこうなるんだ。そうだ。あいつらだ。あのヤッチとかゴッチとかマーシャとか
ふざけた名前のやつらがいけないんだ。そうだ。そうに決まっている。
男はエレベーターホールへ逃げるような足取りで向かいながら、急速に湧き上がってくる怒りを全身で感じていた。
そうだ。もしかしたら奴ら、俺が少しまどろんだ間に、俺の体に何かしたのかもしれない。
確か昔見たテレビ番組で宇宙人が地球人の体に何かを埋め込んでいるとかいっていたな。
あの3人、もしかして俺の体に何かを埋め込みやがったんじゃあ・・・。
エレベーターホールにたどり着いた男は、下りを呼ぶボタン押した。
バシッ!!
再び静電気が男の指先を容赦なく襲った。
「畜生!!」
その瞬間、悲しみの感情がどっと男に押し寄せてきた。男は泣き始めた。
ポーン。軽い電子音がして、エレベーターが到着したことを、むせび泣く男に伝えた。
エレベーターから誰かが降りてきたときのことを考え、男はあわてて涙をぬぐい、鼻水をすすった。
エレベーターの扉が軽いため息のような音を立てて開いた。
そのときだった。釣鐘を割ったような声が周囲にこだました。
「はーい、ゴッチでーす!!」
男がそこでエレベータを待っていたことを知っていたかのように、開いた扉の向こうには明らかにスタンバイしていたと思われるゴッチが
右手を高々と掲げ、こちらを向いて満面の笑みをたたえて立っていたのだ。
男は一度大きくのけぞり、次にその場に頭を抱えたまましゃがみこんだ。そして今度は声を出して泣き始めた。


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もう、やめて・・ 投稿者:Liz 投稿日:2003年10月 8日(水)16時30分26秒

「チクショー、チクショー、てやんでい・・」
男は情けなくも涙を拭いたりしながら、そう言った。
彼は、実は江戸っ子だった。

威勢良く右手をあげたままの格好で、ゴッチは、いきなり目の前で男が泣き出すのに唖然としていた。

「また、お前、驚かしたな・・」
その肩越しから顔を出したのは、ヤッチと名乗る男だった。
肉の好きそうな男である。一緒に焼肉とかあまり食べに行きたくないような・・。
しかし、今のところこの男が一番まともそうに見える。

一番怪しいのは、女だった。
だって・・

「『忘れんぼの粉』をかぶりすぎたのよ・・ゴメンネ」

・・・ホラ・・

男はとりあえず泣いている場合ではないことを悟った。
「忘れんぼの粉・・って・・あななたたち、やっぱり私に何かしたんですね・・」
怒っているのに、敬語である。

女が急に口を尖らかせて、男に向かって文句を言った。
「だって、掛けてくれって言ったのあなたよ。」
ヤッチが口を挟んだ。
「彼は初心者だから加減しろってあれほど言ったのに・・何も覚えてないみたいじゃないか・・気の毒に・・」
やっぱり彼はまともそうだ。一緒に焼肉を喰いに行ってもいいような心境になってきた。

「『忘れんぼの粉』って何ですか・・」
とりあえず、聞いた。

答えたのはヤッチだった。
「まあ、ちょっと忘れっぽくなる薬ですよ。。忘れたいことのある人なんかには重宝するんですよ。
それも忘れたんですねぇ。
マーシャが自慢の秘薬の話をしたら、ひとつ是非俺にもかけてくれ・・・って、あなた、大変だったんですよ。
僕、ヒッシで止めたんですけどねぇ・・。副作用が出ることもあるから・・。
ま、でも、お試し用のほんの少しだったし、効き目は一時間で切れるから・・。
ただ、あんまり度々被ると中毒になっちゃうんで気をつけてくださいね。」

「そ・そ・そ・それって・・麻薬じゃないんですか・・?」
男は念のため聞いてみた。

「マヤク?!」
三人は顔を見合わせた。
「そんなこと考えもしなかった・・」と、ヤッチ。

やっぱり焼肉の話は保留にしておいた方が良さそうである。

「でも、私が作ったんだから多分大丈夫よ」と、マーシャ。
んな、無責任な・・。

「ダイジョブ、ダイジョブ」と、ゴッチ。
・・・・

ええい、いい加減にしてくれい!

「ま、それより、早く外に出ましょう。もうそろそろ来る頃だと思うから・・」と、ヤッチが言った。

「そろそろ出ましょう・・って、僕、あなたたちとどこかに行くんですか?」
男は自分の行動にすっかり自信がなくなってしまい、恐る恐る聞いた。
「やーっぱり忘れてる!なかなか店から出てこないから、どうしたのかと思ってたよー」
と、マーシャ。
「ダイジョブ、ダイジョブ。行ってる間に思い出すから・・」
と、ゴッチ。

ヒェ〜、どこに連れてってくれるんだよ。ヤッコさん!


                                                                      ページのトップへ


はじまり 投稿者:Yatch 投稿日:2003年10月12日(日)01時54分26秒

タクシーはきらびやかな街から、今は人通りもすっかり途絶えたオフィス街へと進路をとっていた。
助手席のゴッチが時折、右、とか、そこの角を左、と言う以外、車の中は沈黙が支配していた。

いくつかのビルには深夜だというのにまだ明かりがともっていたが、
ほとんどのビルでは常夜灯とおぼしき照明以外は消され、
ビルの敷地に植え込まれた木々を照らす水銀灯のアップライトがやけに夜のさびしさを感じさせていた。

「運転手さん、その先で」
紙入れをスーツの内ポケットから取り出しながら静寂を破ってゴッチがそういった。
まもなく車は停車し、ヤッチが男に車から降りるよう促した。
タクシーの扉の開閉音がビルの谷間に反射した。
「こんなところに・・・。」
車の中で大方の流れを男は説明されていた。しかしまだ半信半疑だった。
「そうよ。」
マーシャがヒールの音を響かせ歩き始めた。
「さっ。」
ヤッチが再び男を促した。
ゴッチが腕時計を一瞥し、ヤッチのほうを見た。ヤッチがかすかにうなずいた。
ほどなくして少し先を歩いていたマーシャがひとつのビルの前で立ち止まった。
その先には地下へと下る階段の入り口のような、アイビーの絡まる石作りの腰壁があった。
中からはほのかにオレンジの光が漏れている。
マーシャは一度男たちのほうに視線を移し、階段を降りはじめた。
「ここが・・・。」
男が搾り出すようにつぶやいた。
「そうですよ。」
ゴッチがにやりと笑った。
「さっ。」
ヤッチが男を促した。
近づいてみるとはたして地下へと続く階段が口をあけていた。
男は先ほどと同じせりふを繰り返した。
「ここが・・・。」
男の言葉をさえぎってゴッチが言った。
「そう、大人の隠れ家・・・。」
それを受けてヤッチが続けた。
「月へとつづく階段。」


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入り口 投稿者:Gotch 投稿日:2003年10月14日(火)20時24分35秒

おかしいんじゃないか?
男は思った。男はヤッチの言った言葉を思い出していた。
「月へとつづく階段?」
しかし自分の前で大きな口をあけている階段は薄暗く地下に向かって伸びているように見える。
地下(?) 月(?)
男はとてつもない不安を抱いていた。
男は車の中で聞いていた、ヤッチからの説明を今一度頭の中で反芻していた。
男には理解できなかった。
『ここが・・・大人の隠れ家』
そこは確かに、大人の隠れ家としてのシチュエーションには言うこともないほど完璧だった。
昼間はオフィスとして躍動感のあるビル群、サラリーマンやOLたちの仕事の場としてあわただしい雰囲気をかもしだしていたに違いない。
しかし、同じ場所であっても昼間の躍動感は、今のそこにはまったく無かった。
石造りの腰壁が横たわっており、ビルの地下から漏れるかすかな部屋の明かりは近代的な蛍光灯の明かりではなく、
電球のようなオレンジ色の光を漏れ放っている。
まるで、男は1950年代のニューヨークのような匂いさえ感じていた。

「ちょ・・・ちょっと待ってくれ!」
男は地下への階段を下りようとしているゴッチに向かって言った。
「その・・・大人の隠れ家とやらに行く前に、外でタバコを1本吸わせてくれ!」
ゴッチは、その男の叫び声にも似た呼び止めに振り向こうとした時、不覚にも階段を一段踏み外してしまった。
ゴッチはとっさに何かにつかまろうとして、先を歩いていたマーシャの頭にゴッチの手が当たった。

その時、薄暗い階段ではあったが男は見逃さなかった。
マーシャの頭髪が不自然にずれたのを・・・。

「もう、ゴッチ!」
振り向いたマーシャは何故か顔から火が出るほど赤面をしていた。
「ごめん、ごめん・・・そんなに怒るなよ」
ゴッチはそうマーシャに謝りながら
「そうだな、あそこはタバコ吸えないもんな」
そう言いながら、その事には気にもとめない感じで男のほうへ階段を上がってきた。
男の死角になってその光景が見えていなかったヤッチが
「お前たち、相変わらずだなぁ・・・まあ、どっちもどっちって感じだけど。あれっ・・・マーシャなんで顔が赤いの?」
ヤッチは不思議に思いながら男の方へ視線をむけた。
男は何も言わずヤッチからの視線をそらした。
「知らない・・・!先に行ってるわ!」
吐き捨てるようにそう言いながら階段を下りていくマーシャを尻目にゴッチは階段から駆け上がってきた。
「だから、おばはんって言われるんだよ」
っとゴッチは気にもとめない様子で軽く言った。

男はそんな三人のやり取りを見ながら、胸元からタバコを取り出し口にくわえた。
ポケットに入っていたマッチで火をつけ、深くタバコを吸い込みため息とともに大きく吐き出し空を見上げた。
ビルの谷間に見える月は満月だった。


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犬・・・?
投稿者:Gotch 投稿日:2003年10月20日(月)19時34分26秒

男は大きなため息とともに今吸い込んだばかりのタバコの煙を吐き出した後、
タバコの吸殻を携帯用の灰皿に火のついたまま押し込んで消した。
地下へと続いている階段のさきにあるらしい『大人の隠れ家』と言うところを男は想像していた。
男がこれから起こるであろう不思議な出来事を色々と考えているそのそばで、
ヤッチとゴッチはたあいのない会話がくわえタバコのまま、繰り広げられていた。

口に銜えていたタバコの煙が目に入ったのか子供のように目をかきむしりながらヤッチが言った。
「この間、近所に住んでいるかなりド派手なおばさんがいて俺がパソコンを自分で作ったという噂を聞きつけて
『ヤッチ、うちのパソコンどうも調子が悪いのよ、だからちょっと見てくれない』
と言われたんだ、まあお前も知ってのとおり俺も人から頼まれるとイヤと言えない性分なので、
あまり乗り気ではなかったけど、その家に行ったんだよ」
「ふ〜ん」
っと言いながらタバコのフィルター近くまで吸っていたゴッチが
突然。
手を上下にちぎれんばかりに大きく振りながら飛び上がり、くるくると回っていた。
どうやら、タバコで火傷をしたみたいだ。
だが、そんな状況でもゴッチは必死にその続きを聞いていた。

いつもの事のように、ヤッチはそれを冷静に見ながら続けた。
「その家に行って玄関のドアを開けると、ぬいぐるみのような本当に小さな犬が出迎えに出てきたんだ」
「ほー。」
っと火傷をしたらしい指を口に含みながらゴッチが言った。
「本当に小さくて、何て言う犬なのかな室内犬の毛むくじゃらの・・・!」
「チワワか?」
ゴッチが火傷をした指をフーフー息をかけながら言った。
「さぁ、何て言う犬なのかな?」
ヤッチは冷静にそう言った。

そしてその続きをしゃべろうとした時、階段の下の方から
「いつまでタバコ吸ってるのー!」
マーシャの声が聞こえた。
「今いいとこなのに・・・!」
ゴッチが指をふりながらそう言った。
「ゴッチ・・・あんまり、マーシャを怒らせんなよ・・・!」
ヤッチがそう言いながら、男の方を見て
「さあ、そろそろ行きましょうか」
と男を促した。
ゴッチ、ヤッチが階段を下りていきその後を追うように男も下りて言った。
男も階段を下りながらさっきの犬の話の続きが気になっていた。

階段を下りヤッチが『大人の隠れ家』とやらのドアの前につきドアを開けようとした。
「バシッ!」火花が見えた。
ドアが開き「さぁ、どうぞ。」ゴッチが先に入るよう男を促した。
その時、足元に小さなぬいぐるみのような犬が座って男の方を見ていた。


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リスナーのアッチさん(後にスーパーアッチさん〜ルッチさん〜ウッチさん)から番組にお寄せいただいたストーリーに、Yatchが勝手に脚色させていただいた「離陸」。この物語には、実はつづきがあります。
2003年7月より、「離陸」のその後の展開をweb上で皆さんに自由に展開していただく企画=チェインストーリー(=鎖のようにつないでいく物語)を掲示板形式で展開していたのです。
ただ、残念ながら当時横行していた無差別なフトトキ書き込み(今でもあるようですが…)の被害に合い、掲示板を閉じざるを得ないこととなってしまいましたが、およそ3ヶ月にわたってつづいたチェインストーリーをここに再録させていただきます。
Gotchがメインとなって書き進められたチェインストーリー、ぜひご笑読ください。

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