信州の山/山行記録


パタゴニア

◆ 上高地

家族で最初に行った北アルプスは、上高地。
予定では、涸沢まで足を伸ばすはずだったが、折からの台風で
結果的に、上高地でキャンプになってしまった。

三歳の(あ)にとっては、好天であっても少し無理だったようだ。

それにしても、夜中の風の音、翌日の梓川の水量の増え方はすごかった。

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◆ 穂高岳・涸沢

上高地より歩き始める
コースタイムの約、1・5倍の時間を費やすも、やっとの思いで徳沢着。
(あ)が何とか横尾まで行けそうなので、もう少し頑張らせる。
テントを張った後、河原で水遊び。

横尾にて
横尾にて

翌朝、横尾大橋を渡り涸沢へ向かう。傾斜はそうきつくないのに、
どうも(あ)の歩きっぷりがあまりよくない。もっと楽に本谷橋に着くと思っていただけに、この先のことを思うとちょっと不安になる。
本谷橋で皆に習って大休止。

これからしばらく傾斜は少しきつくなるが、後は、そう大したことはない。
涸沢カールの底が見えてくる頃が一番の頑張りどころ。

石の階段を上るようになるとテント場だ。テント場を横切って今日の宿の涸沢小屋へ。

手続きを済ませ、前のテラスで昼食をかねてティータイム。
その後、少しの時間ながら付近を散策したりして、のんびりする。

涸沢で遊ぶ
涸沢で遊ぶ

小屋の寝床はお盆の時期ということもあり、人で一杯だ。

小屋の朝は早い。4時にはもう明かりが点いて、早々に出発する人が多いが、ゆっくりしてたので結局、小屋に長居するような結果となった。

小屋を後にして下山にかかる。コースはパノラマコース。

まもなく涸沢カールの全容が姿を現し、槍も見えてきた。

景色を見ながらゆっくり歩いたので、屏風のコルに到着するのにかなり時間がかかってしまった。ここで槍、穂高連峰は見納めなのでしっかり目に焼き付ける。

少し残念な気持ちで徳沢へ向かったが、その気持ちを明るくさせてくれたのが、直ぐに現れたお花畑。
急傾斜にもかかわらず見事に咲いていた。

後は、ひたすら徳沢へ向けて下山。

奥又白出合で大休止の後、新村橋着。徳沢でテント設営時に大ハプニング注釈1があり、2時間以上時間のロス。何とか夕食にありつき、翌日には無事帰宅。

教訓;ドームテント、ポールがなければ、ただの布。

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◆ 西穂高岳

早朝、大阪発の夜行バスにて新穂高温泉着。ロープウェイを乗り継ぎ、新穂高口へ。

朝食の後、西穂山荘へ向けて出発。

あっけなく、西穂山荘着。あまり早く着きすぎて拍子抜け。

天気はあまりよくなかったが時間が早かったので軽い気持ちで、ひとり西穂まで行くことに。

独標に着くと、すごい人だ。

その後、西穂までは人は少なくなり頂上にいたのは、五人だけで、うって変わって”静かな山”だったが、あいにく、西穂〜奥穂〜前穂の稜線は見えず残念だった。

来た道を引き返すとき、独標手前で靴に違和感があった。

見てみると片方の靴のソールがパカパカしている。そういえば朝から少し変だったかな〜、なんて思いながら何とか歩いていたが、もう片方のソールもパカパカする始末。

その無様な様子を見た、すれ違いざまの方が、応急処置用にとスペアーの靴紐をくださり、これでやっと普通に歩ける状態になり胸をなでおろした。注釈2

なんとか丸山上部のハイマツ帯まで戻ってくると、(あ)が迎えにきてくれていた。

丸山上部のハイマツ帯

あまり遅いので心配してきてくれたらしい。確かに、軽い気持ちで小屋を後にした割には、約四時間が経過していた。

翌朝、今度は三人で独標へ行くことにした。

昨日と同じような天気で奥穂の稜線はガスの中。独標についても思うような展望は得られなかった。

独標よりピラミッド・ピーク、西穂高岳方面
独標から見るピラミッド・ピーク

下山中には雨も降り出す始末で、小屋に着いた頃には本降りになった。

上高地へ下山中
こんな感じで上高地へ下山

その後、上高地までの間、雨は止むことはなかった。

上高地のホテルでテレビを見ると、盛んにこの日起こった玄倉川での水難事故のことを伝えていた。

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◆ 常念岳〜蝶ヶ岳  ’99.10.09〜11

まだ夜の明けきらない一の沢より歩き始める。

常念乗越には、ほぼコース・タイムどおりで到着。

時間も早く、
「あとは常念山頂をピストンすればいい」
と思いいい気になっていたが、小屋で昨日の宿泊者数を聞いてびっくり。

玄関ロビーで寝ていた人もいたらしく、今日もどうなるか想像もつかないので、蝶ヶ岳ヒュッテでの宿泊に急きょ変更する。
「と、いうことは少し急がねば」

槍・穂高の大展望が広がる常念岳山頂は人で一杯だ。槍・穂高は大きいが、対照的に蝶ヶ岳の小さく遠くに見えること。
「ホンマに着けるかな〜」
ちょっと不安がよぎる。

予感は的中。蝶槍の上りで日が暮れてしまった。ガスもかかり最悪に近い状況下、ようやく蝶ヶ岳ヒュッテ着。

ところが、遅い到着の結果、家族三人で一つの部屋を利用できた。

翌朝は快晴。360度の大パノラマ。かなり遅い時間まで小屋周辺でのんびりする。

あとは、タクシーの時間に合わせ、のんびり三股へ下山。


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◆ 鏡平〜双六〜槍ヶ岳〜槍平 ’00.8.13〜16

夜行バスにて早朝新穂高到着。登山届を出していざ出発!

温泉街を抜けて、まずは、わさび平までの林道歩き。
林道と分かれていよいよ登山の雰囲気になる。

目指す鏡平を右手に見上げながら秩父沢を目指す。

(あ)に荷物を持たせてなかったため先さき行かれてしまい捕まえるのに一苦労する。

(ひ)は、いつものとおり?はや少しバテ気味。

秩父沢でやっと(あ)と合流できたものの、(あ)の自分勝手な行動に(ひ)と(あ)は険悪なムード。

秩父沢にて
険悪なムードの二人

水を補充し機嫌も少しは直ったところで出発。

(あ)に、あまり早く行き過ぎないようにと、よく注意した上、ここからは荷物を持たせる。

イタドリヶ原、シシウドヶ原を少々きつい感じをしながらも通過。シシウドヶ原からは傾斜がさらにきつくなるが、鏡平が近づいたことを意味する木道が現れたときには、ほっとする。

ただ、まだ少し距離があるので少しがっかり。

写真でよく見る木造のテラスに着いたが、ガスっていて肝心のパノラマは見えず、小屋の前で昼食とする。

小屋横の木橋を渡り双六小屋へ出発。

鏡平を出発
鏡平を双六へ向けて出発

しばらくは樹林帯の上りも、鏡平までのことを思うと、ずいぶん楽に感じられた。

相変わらずの天候で槍、穂高連峰はもちろん西鎌尾根までガスって来て、展望はきかなくなる一方だ。

そんな中、弓折岳〜双六小屋の稜線ではこれまでで一番といってもいいくらいのお花畑に感激する。

双六小屋に着く前には、雨模様。小屋に着いた頃には薄暗くなっていた。

小屋に着くのが遅かったのが幸いしたのか、一階にはかなりの人数の人がいるものの、二階の三人で一つのブースに案内され、小屋の人に思わず
「この場所で二十分です。」

当然、食事は遅く、4回戦の6時45分の予定。

(実際は7時過ぎだった)三人とも体調は何とかまずまずなので予定どおり槍へ向かう予定として、食事の後、早々に就寝。

翌、早朝、(あ)の鼻血で目を覚ます。何とか治まり(あ)と(ひ)は再び寝る。

4時過ぎに(ま)が小屋の外へ様子を見に行くと、早朝にもかかわらずたくさんの人が、ご来光を今か今かと待ち受けていた。

何とかご来光は見えたものの天気はもう一つのよう。

3回戦での朝食を済ませ、小屋を後にする。

(ま)にとって、このコースを歩くのはなんと20年ぶり。はじめて北アルプスに足跡を残したのがこのコースだ。

槍、穂高の展望を期待しながら樅沢岳のきつい登りを行く。

樅沢岳到着直後はガスって何も見えなかったが、しばらくするとガスが晴れて待望の槍の穂先が姿をあらわした。

(あ)と(ま)は思わず叫んだ。“槍だ!”

樅沢岳にて 槍ヶ岳
槍だッ! 槍だッ!!!

しかし、西鎌尾根は依然ガスの中。

これから先、千丈沢乗越までの道中を少し案じる。

お花畑が少しはあって目を楽しませてくれるものの、なかなか千丈沢乗越は遠い。

左手の赤茶けた硫黄尾根が後ろになった頃、やっと千丈沢乗越に到着。

この頃には槍ヶ岳はだんだんその大きさを増し、大槍はのしかかってくるくらいに大きくなっている。

エースコックのワンタンメンで腹ごしらえをして、最後の登りを槍の肩に向けて出発。
千丈沢乗越で
千丈沢乗越で腹ごしらえ

ジグザグ道の傾斜が高度とともにどんどん増して、左へ回り込むと目の前に小槍と圧倒的な大槍が現れた。

当面の目的地、槍の肩に到着だ。

宿泊手続きをして本来の目的地の大槍を往復することに。

部屋は“うぐいす”の左側2F、奥から2番目〜4番目。1番奥には一人の人がすでに休んでいた。

相変わらず槍の穂先はガスっているが、とりあえず頂上へ向けて三人で出発する。途中かなりの時間待ちがあり、頂上につくのには1時間45分くらいかかった。

3〜4本の鉄梯子のうち、最後の15段ほどの梯子を登りきると、そこは人であふれた頂上だった。

(ひ)と(あ)は思わずバンザ〜イ!

あたりはガスで何も見えない。順番に任せて祠の前で記念撮影。ガスはこれ以上晴れそうにないので早々に下山する。

(ひ)は登りよりも下りのほうで恐れをなして、
「明日はもう登らない!」

5時30分からの食事を済ませ寝床へ。7時30分頃就寝。

(ま)のいびきがあまりにうるさかった様で、(ひ)に二度ほど手をたたかれ起こされる。相当うるさかったらしい。

槍の肩の朝は双六よりもさらに早い。

まだあたりが真っ暗なうちから穂先を目指し、ご来光を見ようという人がかなりいるからだ。

(ま)も負けじと、小屋の前を少しテント場の方へ行ったあたりで三脚を構え日の出を待つ。

その場所も日の出前には人で一杯になっていた。

ご来光を待つ人たち
ご来光を待つ

大天井岳あたりからの日の出をカメラとビデオに収め、まだ小屋で寝ている(ひ)と(あ)に景色を見るよう伝える。

昨日の夕方に比べるとかなりガスは晴れている。

朝食の後、(あ)と(ま)は6時30分頃、昨日に続き再度頂上アタック。

(ひ)は昨日の下りの恐怖と高山病から来る頭痛で、穂先が見えているにもかかわらず
「二人で行ってき〜。」

昨日とはうって変わって鎖場や梯子もスイスイ登れたので、30分ほどで頂上到着。

頂上からの景色は昨日とは雲泥の差で穂高連峰や表、裏銀座の山々が雲の中に見え隠れしていた。去年登った常念岳や蝶ヶ岳もここからは遥か下に見えた。

穂高連峰
大槍から見る穂高連峰

景色を堪能して、下山にかかる。

肩に戻ると、(ひ)が心配そうに待っていた。

昨日、自分があまりに怖かったので二人が無事下りて来るか心配していたらしい。

テラスでお茶を飲もうとすると、鏡平上部から一緒の若い男の人二人組にまたまた会う。

彼らのうちの一人が靴のラバーがめくれてしまって、ちょっとアドバイスをしてあげたのだった。

(ま)は(ひ)に是非、穂高を見せたいと思い、大喰岳まで足を伸ばすことを納得させて小屋を後に。

どこまで天候に恵まれないのか、ここまで足を伸ばしても今朝ほど槍の頂上から見えていた穂高連峰は見えなかった。

飛騨乗越で槍と別れ、いよいよ下山にかかる。

飛騨乗越

飛騨沢の急なガレ場をぐんぐん高度を下げる。

笠ヶ岳は雲に隠れて見えなかったが、お花畑は予想外にみごとだった。

ほとんどコースタイムどうりで槍平に到着。

少し遅めの昼食の後、部屋へ向かう。

この建物の造りは、去年上高地で泊まった“森林の館”とそっくりだった。

ここは静かで宿泊客も少なく(約20名)今までになくとてもよく休めた。

朝、目を覚まし外へ出てみると昨日は見えてなかった北穂〜涸沢岳の稜線が見えていた。

ドームの大きさや滝谷の岩壁の高さに感心する。

今日は最終日。新穂高へ下るのみだ。

小屋の主人の沖田さんと記念写真を撮り、小屋を後に。

道中、滝谷出合から見るドームに感激し、白出沢の水が涸れているのにびっくりし、穂高平で小屋の子供と”かくれんぼ”をしながら歩を進めるうちに、新穂高温泉に無事到着した。

下山後、バスターミナルでの一番のご馳走は、アルペン浴場だった。さっぱりした気分でタクシーに乗った。

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  • 注釈1;
新村橋で先に徳沢へ向かう二人と別れ、昨日デポしておいたテントを撤収しに横尾へ向かった。無事発見、急いで二人が待つ徳沢へ急ぐ。ところが、徳沢でいざテントを張ろうとすると、どこを見回してもポールがない、ない、な〜〜い。なんと、横尾で忘れてきた!。後の祭りだ。ホンとに横尾にあるのか?、もしなかったら今日の寝床はどうなる?、いろんな心配をしながら横尾へ急いだ。ポールを見つけてホッとする間もなく大急ぎで徳沢へと戻ったのである。  本文へ戻る                                      


  • 注釈2;
赤い靴紐をくださった若いカップルの方、その節は大変ありがとうございました。このままだと小屋まで戻れるかどうか不安になっていたところでした。小屋に置いていたメインザックに予備の紐は持っていましたが、このとき使用していたサブザックに入れていなかったのでご迷惑をおかけしました。おかげで小屋に戻り瞬間接着剤で応急処置をし、翌日には上高地へと無事下山できました。帰宅後、直ぐソールを張り替えたのは言うまでもありません。道具のメンテナンスを怠ってはいけませんね。  本文へ戻る



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