季節が木々を彩る時
item3

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*Writing

「聖なる夜」

 下降していくエレベーターの上でライフルのスコープを覗く。スコープの視界はビルをなめていき、やがてターゲットが映る。照準の十時がターゲットの眉間と重なり、すべてが終わった。そう思った。しかし、スコープの視界はいつまでもターゲットを捉え続け、見ていないはずのターゲットの断末魔が映し出される。何が起こったのか分からぬまま死を迎えるターゲットの姿。
『やめろ。もういい。』
 スコープから目を離そうとしたが、身体が動かない。眉間に穴が開いたターゲットの目がこちらを睨んだ気がした。
『やめろ。もう、やめてくれ!』
 無理矢理身体を動かすと、そこは古びたアパートの一室だった。青年はじんわりと汗をかき、ボロボロの木製ベッドに座っていた。
「まだ、うなされているのか?」
 青年が声に振り返ると、窓から入る太陽の光に男の影が浮かんでいた。
「相変わらずだな。」
「仕事ですか?」
 男の言葉を無視して青年は少し冷めた言い方をした。男は青年の様子に息を洩らすように小さく笑って青年の方に近付くと、その顔を窓からの光が照らし出した。それはホテルで青年と話していた青年実業家だった。しかし、今回はスーツ姿ではなく、もっとラフな格好をしていた。その人物がリャンだった。リャンはそのまま青年の傍にあった木箱を引き寄せて座った。
「仕事以外で俺がお前の所に来てはいけないのか?今回の成功を祝ってやろうと思ったんだが。」
「警戒心が強く、慎重なあなたが意味もなく人に接触したりしない。これはあなたに教えられたことです。」
「そうだったな。確かに仕事の用事だが、ここに来るのは俺でなくても誰でも良かった。久し振りにゆっくりと話がしたくなってな。」
「どうかしたんですか?あなたらしくない。」
「そうか?変か?」
 人を茶化したようなリャンの表情が微妙に変化していった。
「・・・少し意外だったんだ。」
「何がですか?」
「お前だよ。2年間会っていなかったんだ。すっかり変わっていると思ったんだが。」
「期待外れですか?」
「いや、悪い意味で言っているんじゃない。お前は充分に一人前になった。むしろ、一流のプロになった。だが、内面は何一つ変わっていない。純粋で弱くて、脆い。良心を捨てられず、自責の念に駆られ、重荷に苦しんでいる。」
「こんなことはバカみたいだと言いたいんでしょう?」
 青年は冷めたように言った。
「確かにな。だが、・・・どこかうらやましく思うよ。」
「うらやましい?」
「ああ。お前の持っている感情は本来誰もが持っているもので、“人間らしさ”なんだろうな。人間らしさ、人間性・・・。お前はそれをよく分かっている。というより、感じていると言った方がいいか。この前に言っていただろ?自分の何かが消されていくようで、自分が自分でなくなるような気がすると。多分、それは人間的な感情だよ。人を殺めれば殺める程、心が死でいき、感情が失われていく。どんなに自責の念に駆られていてもな。どんな物事に対しても何も感じなくなっていく。そうだろ?」
「それは・・・」
 リャンの言葉に青年は言葉に詰まった。とても言葉が出てこなかった。まさしくその通りだった。今まで気付かなかったのが不思議なくらいだが、気付いた途端、底知れぬ思いが溢れ出し、とても怖くなった。
「お前が感じていた焦燥感はそのせいだ。失われていくことに危機感を覚え、自分ではいられなくなると感じたお前はすごいよ。普通は、失っていく感覚すら気付かない。気付いた時にはもう遅すぎて、感情がなくなった機械人間になっている、俺みたいにな・・。」
 リャンはかすかに微笑んでみせると寂しそうな顔をした。青年にはその顔を痛々しく感じられた。
「あなたは他の組織のメンバーとは違う。完全に失う前に踏み止まっている」
「さあ、どうだろうな。」
 青年の気遣いにリャンは笑った。その顔はいつもの厳しさも鋭さもなく、どこか隙のある表情だった。初めて見るリャンの様子に青年は驚いたが、これが本当の姿なんだと思うと妙に納得できた。
「もう俺には、人間的な感情などない。あるとすれば、憎しみと怒りぐらいだ。クリスマスだな・・・。」
 リャンは立ち上がり、再び窓から人が行き交う路地を見下ろした。世間話をするかのようにどこか冗談っぽく、そして、本心を隠すように言った。そんなリャンの言葉を決して遮らず、青年は辛抱強く待ち続けた、彼自身から自分のことを話してくれるのを。
「クリスマスか・・。俺が一番嫌いな日だ。この日起こった出来事が俺を大きく変えた。この組織に入るきっかけにもなった。俺も周りの環境も何もかもすべてが一変したんだ。俺は・・・・、ある人を失った。クリスマスの今日がその人の命日にあたる。その怒りが俺をここに向かわせた。」
「それでは、あなたの仕事がある組織に限定したものなのは、復讐のため・・・?」
「ああ、それが俺の目的だ。大したものじゃないだろ?俺は他の組織の人間と何ら変わりはない。復讐はいくら費やしても消えないものだ。消えない怒りと、増え続ける虚しさがあるだけさ。」
 青年にリャンの言葉が身に染みるようだった。青年自身も増え続ける虚しさをどうしても拭えなかったからだ。常に厳しく鉄壁なまでに仕事に徹する人だと思っていた人が自分と変わらぬ人間であり、同じような思いを抱えているんだと思うと安心すると同時に、誰も逃れられぬことなのだと完全な闇を知った気がした。
「みんな同じ・・。分かっていたけど、どこか認めたくなかった。人を殺めてまでの目的なんてどれも碌なものじゃない。僕も同じだー」
「お前は違う。お前の求めるものには実体があるだろ?」
 青年の表情をすぐに察して、リャンは遮った。
「お前にはまだ希望が残っている。これ、今回の報酬だ。」
 リャン上着の内ポケットから小さな封筒を差し出した。青年は封筒を受け取ると、そのままそばの木箱の上に置いた。
「いいのか、確かめもせずに?」
「いつもと同じですよ。」
「本当にそう思うか?」
 リャンの意味ありげな言いぶりに、青年は疑心暗鬼に封筒を手に取り、封を開けて覗いた。いつもと同じ報酬の金が入ったロッカーのキー、そして、もうひとつは今まで一度も見たことがない一枚の紙切れのようなものが入っていた。青年は不思議に思いながらその紙切れを取り出すと、その瞬間息を呑んだ。
「お前が一番欲しいと思うクリスマスプレゼントだろ?」
 立ち上がりながら言うリャンの言葉も耳に入らないくらい青年の目と心は、手にしていたものに釘付けになっていた。紙きれと思っていたものは実は古い写真で、やや色落ちした写真には一人の着物姿の女性が写っていた。
「母さん・・!」
 思わず青年の口からこぼれ落ちたように吐き出された異国の言葉。その言葉と同時に青年の心は大きくざわめいた。
「どこでこれを!?母さんはどこに!?」
 青年は興奮を抑えられない様子で慌てて写真から目を離してリャンの方へと向き直ったが、そこには彼の姿はなく、部屋のどこを見渡しても何の気配もなかった。青年はひどく落ち込むように視線を落とすと、今度は寂しさを目に宿し、手にした写真を悲しそうに見つめた。
「希望か・・・。」
 青年はぽつりと呟くと、こわれものを扱うように丁寧な手つきでいつまでも写真を見続けた。
(おわり)

<作者の言い
 実はこの話、二年前に構想が出来てたんです。前後の凱歌とリャンの話が先に出来て、間に狙撃シーンを入れようと。今回の「カッコいい凱歌くんを」というリクエストならピッタリの話だと思い、話を書き直して形となりました。
 初め、狙撃後追っ手に追われながらのビルの脱出劇を考えていたんですが、よく考えたら凱歌は日本に来るまで正体不明だったんですよね。脱出劇じゃあ、正体バレてるじゃん!(>_<)となりまして、結局、天才スナイパーぶりだけを書こうと。初めて狙撃シーンを書いたのですが、出来るだけシンプルに、リズム感・スピード感を出そうと頑張ったんですが、ど、どうでしょうか・・・?(冷汗)
 リャンの話は余計だな〜と思います。話が浮いてるし、唐突な気がします。しかし、初めはリャンが脱出劇に関わるので書いていたんです。凱歌を助けて共に脱出する予定で。でも、脱出劇がなくなってしまったので、リャンの存在が浮いてしまって・・・(^_^;削ろうにも会話自体が成り立たなくなって、そのままに・・・。自分が作ったリャンという人物。違う話「壊」には出て来ますが、私的には好きな人物で、ちゃんと設定があります。いつか話として書ければいいですね。