<人 物> 森康文(32)会社員 高口茜(29)
○駅近くの踏切(朝) 鳴り響く音と点滅する赤いランプ。 遮断機が下りた踏切。 通勤・通学の人が遮断機が上がるのを 待っている。その中にスーツ姿の森康文(32)が 疲れた顔をして立っている。 近付いてくる電車。 森は遮断機へ一歩踏み出しかけるが、 電車は何事もなく森の前を通過する。 遮断機が上がり、人が行き交う。 しばらく立ち尽くす森だが、自嘲するように 微笑み、歩き出す。
○走る電車の中(朝) 満員の上り線の電車の中、森はドアに 押し付けられて窮屈そうに立っている。 じっと窓から流れる景色を見つめる森。
○駅・ホーム(朝) 駅に電車が到着する。 電車の扉が開き、森は一旦降りて道を空けて 降りる人を待つが、人はほとんど降りない。 次々と電車に無理矢理乗り込む人。 森も浮かない顔で再び乗り込む。 構内アナウンス「まもなく、普通電車、京都・滋賀方面 敦賀行きが到着します。黄色の線の内側までお下がり下さい」 下り線に目をやる森。 下り線ホームに到着した電車には、ほとんど人がいない。 構内アナウンス「まもなく二番線、快速新大阪行きが発車します」 ホームにブザーが鳴り響く。 森はずっと下りの電車を見つめている。 電車の扉が閉まる直前、森は電車から降り、 下り線の電車に掛け込む。
○福井県東尋坊・バス停 乗っていたバスを見送る森。
○同・俯瞰 切り立つ岩壁と打ち寄せる波。
○同・自然歩道 広がる景色を見ることなく、何か考え込むように歩く森。 足に何かが絡み、立ち止まる森。 ピンクのストールが足に絡み、風に揺れている。 森はそれを拾い上げて周りを見渡す。 近くの岩壁に女性の人影を見つける。
○同・岩壁 岩壁の先に座り込んで海を見つめる高口茜(30)。 森は近付いて後ろから声を掛ける。 森「あのー」 茜「(振り返りながら)だから、死にません! 自殺する気はありませんから!」 森「(呆気に)は?」 茜「大丈夫ですから心配しないで下さい!」 森「いや、あの・・。(ストールを持ち)これ、 今そこで拾ったんですけど、違いますか?」 茜「え?・・あ、(苦笑いしてストールを受け取り)すみません。 てっきり警察か、ボランティアの人かと」 森「?」 茜「さっき、自殺志願者と間違われちゃって、 相談にのるからって、いろいろ話を聞かれて。 てっきりまたかと」 森「ああ、それで」 茜「平日の日中に、女一人で黄昏れてたら、やっぱり そう思われるのかな〜」 茜、訝しげに森を見つめる。 茜「・・・あなたは、志願者?」 森「(慌てて)そ、そんなんじゃないです」 茜「う〜ん、仕事サボったサラリーマン?」 森「・・・・」 茜「図星だ。まあ、誰だって仕事サボりたい時がありますよ」 森「(バツが悪そうに)それじゃあ、あなたはどうなんです?」 茜「私?無職です。最近辞めちゃったんで」 森「(少し嫌味っぽく)それで、今は気ままの旅というわけですか」 茜「終わりのない旅」 森「え?」 茜「ああ、座って話しません?話し相手になって下さいよ。 一人旅だとなかなか話す機会がなくて、口が鈍りそうなんです」 茜は岩壁の上にストールを広げると、その上に座り直し、 横の空いたスペースを指し示す。 森「(勢いに押され)はあ・・」
○同・岩壁(時間経過) 森と茜、並んで座り、大笑いしている。 森「いや〜、笑った。こんなにも笑ったのは、何だか 久し振りな気がする」 茜「本当に?」 森「ああ。最近疲れ切っていたから」 茜「自殺の名所ですもんね」 森「(笑って)だから、死ぬ気なんかないよ」 茜「自殺志願者がみんな死にたいと?」 森「だって、そうでしょ」 茜「死にたいと思って死ぬ人はいない。みんな今の状況から 逃れたいと思って、その手段のひとつに死を選ぶんですよ。 あなたもそうでしょ?闇雲にここに来たわけじゃない」 森「だとしても、今は、今の僕なら他の手段を選ぶ。 こんなに大笑いした後で、死のうなんて気分には、 残念ながらとてもならないね。・・・君のせいだね」 明るい表情の森の横で、微笑む茜。 森「(立ち上がり)そうだ、どこかで昼食でも食べない? ここは肌寒くて」 森は自然歩道へと歩き出すが、茜の反応がないので、 後ろを振り返る。 岩壁には茜の姿がない。 森は辺りを見渡すが、誰一人いない。 森「(茫然と)・・・君が、だったんだね」 (おわり)
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