<人 物> 森康文(36)リストラされた会社員 高口茜(28) 森多佳子(34)森の妻 売店員
○駅前の売店(朝) 次々とサラリーマンがやって来ては、 忙しなく新聞や煙草を買っていく売店。 スーツ姿の森康文(36)が疲れた顔でやって来て、 雑誌三冊を手に取る。 売店員「670円です」 森、お金を店員に渡すと、雑誌を鞄に入れて 重い足取りで歩き出す。
○駅・改札口前(朝) 通勤通学の人で溢れている。 森は人波に逆らいながら、改札口には目もくれず その前を素通りする。
○公園(朝) ベンチに座る森。鞄から先程の雑誌を取り出す。 雑誌には「就職情報誌」の文字。 森、溜息をついて雑誌を読み始める。
○森の自宅マンション・リビング(夜) 森多佳子(34)が夕食の準備をしている。 森の声「ただいま」 多佳子は不思議そうに時計に目をやる。 リビングに入ってくる森。 多佳子「(驚いて)あら、早かったのね」 森、無言でネクタイを緩めてソファに座る。 多佳子「最近、仕事忙しくないの?」 森「(立ち上がり)・・・着替えてくる」 多佳子「?」
○駅近くの踏切(朝) 鳴り響く音と点滅する赤いランプ。 通勤・通学の人が遮断機が上がるのを待っている。 その中に森の姿も。 近付いてくる電車。 赤いストールの女性が森の背後を通り過ぎる。 森は遮断機へ一歩踏み出しかけるが、 何事もなく電車は森の前を通過する。 遮断機が上がり、行き交う人。 森は自嘲するように微笑み、歩き出す。
○駅・改札口前(朝) 通勤通学ラッシュで溢れる人。 改札口前に差し掛かる森。急に思い立ったように 改札口に目をやる。 森「・・・・・」
○福井県東尋坊・俯瞰 切り立つ岩壁に打ち寄せる波。
○同・遊歩道 何か考え込むように歩く森。 森、急に立ち止まって足下を見る。 風で飛ばされた白のストールが、森の足に絡んで揺れている。 森はそれを拾い上げて周りを見渡す。 近くの岩壁に女性の人影を見つける。
○同・岩壁 岩壁に座って海を見つめる高口茜(28)。 森は近付いて後ろから声を掛ける。 森「あの・・」 茜「(振り返りながら)だから、死にません! 自殺する気はありませんから!」 森「(呆気に)は?」 茜「大丈夫ですから心配しないで下さい!」 森「いや、あの・・。(ストールを持ち)これ、 そこで拾ったんですけど、違いますか?」 茜「え?・・あ、(ストールを受け取って)すみません。 また警察か、ボランティアの人かと思ったので」 森「?」 茜「さっき、自殺志願者と間違われて、相談にのるからと 色々と話を聞かれちゃって」 森「ああ、それで」 微笑む茜だが、訝しげに森を見つめる。 茜「・・・あなた、志願者?」 森「(取り繕うように)ま、まさか」 茜「じゃあ、仕事サボったサラリーマン?」 森「・・・・」 茜「図星だ。まあ、誰だって仕事サボりたい時がありますよ」 森「・・・それじゃあ、君は?」 茜「私?無職です。最近辞めたので」 森「(嫌味っぽく)今は気ままな旅ですか」 茜「・・・終わりのない旅」 森「え?」 茜「あ、座って話しません?話し相手になって下さい。 一人旅だとなかなか話す機会がなくて」 茜は岩壁の上にストールを広げると、その上に座り直す。 茜「(隣を指して)どうぞ」
○同・岩壁(時間経過) 座って自分の過去を話している森。 森「よく考えたらあの時も大変だったんだよな。 多佳子に迷惑掛けて。・・・そうだな、まだ、やれるよな」 茜「思い直しました?」 森「いや、別に。初めから死ぬ気なんて」 茜「自殺志願者がみんな死にたいと?」 森「だって、そうだろ」 茜「死にたいと思って死ぬ人はいない。みんな今の状況から 逃れたいと思って、その手段の一つに死を選ぶんですよ。 あなたもそうですよね?」 森「そんなことは・・」 茜「(真顔で)あなたは闇雲にここに来たわけじゃない。 ここを選んで来た」 森「(笑い飛ばすように)何言ってるんだ?考え過ぎだ。 ・・そろそろ行かないと」 森は立ち上がり、遊歩道へ歩き出す。 茜の声「もう遅いんですよ」 森「(振り返りながら)え?」 森の目の前に茜が頭から血を流して立っている。 白のストールが滴る血で赤く染まっている。 茜「(無表情で)引き返すには遅すぎる」 恐怖の表情を浮かべる森。 踏切の音と電車の警告音が鳴り響く (おわり)
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