<「西遊記」温泉の国から出発した翌日の夜> 闇深き山中で、一行は暖を取り、一夜を過ごすことに。 たき火を囲んで、それぞれ休んでいた。悟空は物足りない食事にお腹を空かせ、八戒は火に手をかざして温め、悟浄は絶えず小枝を投げ入れて火が消えぬよう気を付け、三蔵はもうすでに木に寄りかかって寝ていた。 「ああ〜っ!腹減った!」 「今、食べたことじゃないですか!」 悟空の嘆きに八戒は怒った口ぶりだが、気持ちは同じだった。 「だって、葉っぱだけで腹が膨れるか?」 「葉っぱじゃない、山菜だ。それにきのこもあっただろうが」 「そんなもんで腹が膨れるかよ!」 「仕方ないだろ。こんな山奥じゃあ」 悟空は苛立ちで悟浄の声も届かないようだ。 「お腹空いてるのは悟空だけじゃないんです!僕だって同じですよ!」 「腹減ったよ〜!!」 「・・・叫ぶだけ腹が空くぞ」 ぼぞっとつぶやく悟浄の言葉に悟空は急に静かになった。悟空はすっかり諦め、項垂れるように横になった。たき火の向こうでは三蔵がすやすやと眠っている。 「お師匠さん。よく寝ていますね」 「ああ。お前たちの大声が聞こえない程にな。よほど疲れてるんだろう」 「腹減った」 「ここの所、いろいろありましたもんね」 「疲れて当然だろう。ゆっくり休む間もなく歩き続けているんだから」 「腹減った」 沈黙 「もう少し枝を拾っておけば良かったな。」 「足りませんか?」 「朝までは保たないな」 「腹減った」 「朝方は冷えますもんね」 「拾ってくるか」 「でも、こんな暗闇じゃあ枝探すの難しいですよ」 「けど、拾ってくるしかないだろう。」 「腹減った」 「お師匠さんが風邪でもひいたら大変ですもんね」 「ああ。俺が拾ってくるよ。松明変わりにひとつ持っていこう」 「腹減った」 「いい加減にしろっ!」 悟浄と八戒同時に悟空に叫んでいた。 「だって、腹減りすぎて眠れないんだもん!」 「眠れないんだったら、枝を拾って来いよ!」 「余計に腹が減るじゃないか!」 「・・・食べ物が見つかるかも」 「えっ!?」 「そうだ、栗とか芋とか見つかるかもしれない」 悟空は悟浄の手に握られていた松明を奪い、早々に木々の中へと駆け出して行った。 「単純だな・・・」 「そうですね・・・」 悟浄と八戒は眠らずにたき火に当たりながら、悟空の帰りを待った。 「悪かったな」 「え?」 悟浄の当然の言葉に八戒は驚いた。 「お前の気持ち、気付いてやれなかったな。昨日、言っていただろう、自分は強くもないし、利口でもないし、いつも足手まといだって。」 「ああ、あれ・・・。」 絶対に口にするつもりはなかったことを話してしまったことに、八戒は後悔していた。 「八戒、まだ自分は足手まといだと思っているのか?」 「そ、それは・・・」図星であるが、口にはできなかった。 「俺もさ、俺では役不足な気がするんだ。」 「え!?悟浄さんが!?」 「悟空の強さがあれば、お師匠さんを守っていけるような気がしてな。」 「そんな!悟浄さんがいなかったら、誰が悟空の暴走を止めるんですか!?それに、悟浄さんの冷静さがなかったら、道中、罠にはまるばかりですよ!」 八戒の言葉に悟浄はかすかに笑った。 「八戒、最近俺は思うんだが、悟空に八戒に俺、似てる所がない個性バラバラのこんなデコボコトリオは他にないと思う。だからこそ、お互いにないものを補い合ってる。まあ、多少いがみ合っててもな。お前は、俺や悟空にないものを持ってる。」 「悟浄さんや悟空にないもの・・・?」 「強いて言えば、お前らしさだよ。自分にないものを嘆いていても仕方ない。自分の良さを活かすしかないんだ。俺はそう思ってる、というより、言い聞かせているって言葉の方が合ってるな。そう自分に言い聞かせていないと、やっていけないんだ。俺は・・、褒められるような奴じゃないから。」 そう言って、また笑って見せる悟浄の気持ちが八戒には分かる気がした。 「悟浄さん・・・。」 「俺たちは、俺たちにできることを精一杯やるだけだ。」 いつも冷静で頼れる相手にこんな一面があるなんて、自分だけじゃないんだと八戒は妙に勇気つけられた気がした。 「悟浄さんも悩むことがあるんですね」明るく茶化した言い方だった。 「なんだ、皮肉のつもりか?」 互いに顔を見合わせると、吹き出すように笑った。そこへ松明の明かりがゆらゆらと揺れ、こちらに近づいて来ていた。 「帰ってきましたね」 「そうだな。寝た振りでもするか?」 「いいですね、それ」 悟浄と八戒はすぐに横になり、白々しいいびきを立てながら寝た振りをした。そこへ悟空が飛び込むように帰って来た。 「お前ら〜!俺様に枝を拾わせて置きながら、自分だけ寝るなっ〜!!」 (おわり)
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