季節が木々を彩る時
item3a
When the season paints the

*三蔵法師

*悟 空

*八 戒

*悟 浄

「なまか」

「うりゃあーー!」
 大きな声にふと目を覚ました。うっすらと目を開け暗い堂内を見渡す。右手側に悟浄が難しい顔をしている。考え事をしたまま眠ったようだ。左手側には悟空がごにゃごにゃと何か寝言をつぶやきながら、大の字になって寝ていた。
『悟空ですか。またですね』
 もうすっかり慣れたはずの悟空の寝言に呆れながらも、三蔵はかすかに笑った。そして、再び眠ろうと右側へ寝返りをうち、目を閉じたが、その目はすぐに開かれた。悟浄の隣に寝ているはずの八戒の姿が見えなかったような気がした。体を起こして堂内を見渡しても八戒の姿は見当たらなかった。
『厠でしょうか?』
 三蔵は八戒が戻ってくる足音を聞こうと耳を澄ました。その時、八戒の荷物に目が止まった。そこにはあるはずのものが欠けていた。
 お堂を出て少し離れた境内で、三蔵は八戒の姿を見つけた。
「あまり無理をすると、体を壊しますよ」
「お、お師匠さん!」
 八戒は驚いて、慌てて手に持っていたものを背中に隠そうとしたが、もたついて手から落としてしまった。三蔵はそれを拾い上げた。
「ずいぶん重たいものなのですね」
 三蔵は手にずしりと鉄の重みを感じながら、うっすらと汗をかいている八戒にそれを手渡した。八戒はすっかりバレていることを悟り、苦笑いを浮かべた。
「毎晩、こうやって稽古していたのですか?」
「最近始めたんです。僕はあまりに頼りがありませんから」
 八戒はできるだけ明るい口調で言ったが、その心のうちをきっちり隠せてはいなかった。
「八戒・・・。そんなことはありませんよ。八戒はー」
「いいえ、現実はちゃんと見ないといけません。」
 三蔵の気遣うような優しい言葉を八戒は遮った。
「前にも言ったように、僕は悟空のように強くありませんし、悟浄さんのように賢くもありません。それは紛れも無い事実です。だったら、僕にできることってなんだろうって。温泉の一件の後、悟浄さんが言ってくれたんです。俺たちは俺たちそれぞれができることを精一杯やるだけだって。」
 八戒の頭に悟浄の言葉が重なる。
「悟浄さんに言われて考えたんです、僕らしさ、僕にできることってなんだろうって。我慢強さ・辛抱強さが僕の取り柄なら、とことん耐えてみよう、どんな状況であっても負けずに耐えてやるって。今の僕は頼りないし、役立たずで、みんなの足を引っ張ってます。」
 三蔵は何か言いたげに口を開きかけたが、八戒は話し続けて、それを押し切った。
「だけど!今の状況に落ち込むより、耐えてやろうって決めたんです。それに、ただ耐えるだけじゃなくて、今の状況も変えたいんです。みんなに追いつくのが無理でも、足は引っ張りたくない。だから、少しでも強くなれればと思って。」
 八戒は馬鍬を握りしめながら言った。真っ直ぐ三蔵に向けられたその目は、気高く純粋で、とても輝いて見えた。
「強いですね、八戒は。」
「気持ちだけですけど」八戒は笑った。
「まだ、稽古を続けるつもりですか?」
「・・・もう少しだけ」
「あまり無理してはいけませんよ。体を休めることも大切です」
「はい、分かりました。」
 八戒は再び馬鍬を手に稽古を始めた。三蔵はしばらくそれを見守り、お堂へと戻っていった。
 八戒は気を集中させ、鍬を大きく振り上げたり、横に払ったり、前へ突いたり、なんとか鍬を使いこなそうと懸命だった。呼吸は次第に荒くなり、鍬を振り回した時、体勢が崩れてよろけた。
「そんなヘッピリ腰でどうすんだ?」
 突然の声に驚き、八戒は振り返ると、そこには馴染みの顔があった。
「どうせ稽古するんだったら、相手がいた方がいいだろ?」

『私は彼らのように強いだろうか?彼らに頼りすぎていないだろうか?』
 お堂へと向かう三蔵の胸にはそんな思いが浮かんでいた。漠然と申し訳なさが渦巻いていた。お堂へ戻ると、そこには悟浄しか寝ておらず、悟空の姿がなかった。
「悟空なら、八戒の所ですよ」
 目をつぶったまま、悟浄は言った。
「起きていたのですか?」
「悟空のあんな寝言を聞かされていては、なかなか眠れませんよ」
 悟浄は体を起こすと、そう言って笑った。
「悟浄は知っていたのですか、八戒が毎晩稽古していることを?」
「一週間前からでしょうか?温泉での一件の後からですね。時々相手になったり。」
「悟空も?」
「悟空は、今夜知ったんじゃないかな?あいつが知ったらすぐ行動を起こすと思いますよ、今みたいに力になろうとして」
「八戒に言ったそうですね、自分らしさを忘れず、できることを精一杯するだけだって」
 悟浄はため息をつき、苦笑いを浮かべた。
「八戒に聞いたんですか。偉そうですよね。俺が言えた義理じゃないのに」
「いいえ、そんなことはありません。八戒を思いやっての言葉、あなただから言えることだと思います」
 三蔵の顔は俯きがちで、何か別のことを考えている様子だった。悟浄は敏感にそれを察した。
「どうかされました?何か気に病んでることでも?」
「いいえ、別に」
 三蔵は何事もないように取り繕って明るく答えた。
「お師匠さん?」
 自分に向けられる悟浄の穏やかな目はすべて見透かしている気がして、三蔵はたまらず息をもらした。
「あなたにはかないませんね。ふと思ったんです、あなたや悟空や八戒は私を支えてくれているのに、私はあなたたちに何もしていない。あなたたちは互いを助け合い、支え合っているのに、私は何も・・。」
「お師匠さん、それは違いますよ。俺も悟空も八戒も、誰もお師匠さんに見返りが欲しいなんて思いません。俺たちはお師匠さんの力になれるだけで嬉しいんですよ。それに、天竺へ行くのだって、願いを叶える為だけに頑張ってるんじゃない。水も食事もままならず、熱い砂漠や厳しい野山を歩いていくこんなしんどい旅は、願いを叶える為とはいえ願い下げです。だけど、みんな、お師匠さんとなら行きたいって思っているんです。」
「しかし、私はみんなが思ってくれる程の人物ではー」
「お師匠さん、それこそ『自分らしさを忘れず』じゃないですか?」
 悟浄はそう言って微笑んだ。
「俺たちが互いにないものを補い合っているなら、お師匠さんも俺たちにないもので補ってくれている。俺たちはそれに惹かれているんだと思います。えっと、悟空の言葉を借りれば、それが『なまか』ってものでしょう?」
 ちょっと茶化したような顔をして悟浄は言った。その顔をみて三蔵は思わず笑った。
「さあ、お師匠さん!今できることを精一杯しないと。」
「?」
「寝ることです。あの寝言のうるさい悟空がいない間、少しでも寝ないと」
 そう言って悟浄は再び横になった。
『私はいいなまかに恵まれましたね』
 先程まで胸に渦巻いていた霧は嘘のように消え、晴れ渡った空のように清々しさが心の中で広がっていくのを三蔵は感じていた。
(おわり)