だと、ボク、なんだかうれしくなるんだ。」 「この村が好きか?」 「うん、好きだよ。でねー」 少年は自分の話をするのに夢中で、話し続けた。 「月は毎日形を変えるでしょ?だから、村も川も毎日ちがって見えるんだよ。だから、全然あきないんだよ。」 「お前は本当に月が好きなんだな。」 「うん、好き!」少年は満面の笑みで答えた。 「月ってやさしい感じがするんだ。やさしく見守ってくれてるような感じ。それに見てるとなつかしい感じがするんだ。」 「懐かしい?」 「うん。あこがれるんじゃなくて、なんだかずっと生まれる前から知っていたような気がする。」 「難しいことを言うんだな。本の読み過ぎじゃないか?」 父親は笑いながらからかい、少年は少しすねて見せた。 「本はおもしろいんだよ。」 「特に、人間が書いたものが、だろ?」 思わせぶりに父親は言い、少年と目が合うとウィンクしてみせた。 「だ、だって、遠い国のこと書いてるし、いろんな種族のことも書いてあるし・・・。」 少年は段々語尾が小さくなっていった。一族の者はあまり他族のことを好ましく思っていないのは知っていた。だから、父親も快く思わないんじゃないかと思ったのだ。 「悪いことだとは言わない。だが、本が必ず正しいとは限らないことは覚えておけよ。」 「・・・・父さんも、人間がきらいなの?」 少年は少し悲しそうな表情をしながら聞いた。 「さあ、どうだろうな。人間も妖怪も悪い奴がいれば、いい奴もいる。お前が村のみんなから聞かされる噂が本当のこともあるだろう。だが、すべての人が当てはまるとも言えない。だから、父さんは噂に当てはまる人間は嫌いだが、すべての人間が嫌いというわけではないんだよ。」 「父さんは人間を見たことがあるの?」 「いいや。こんな山奥まで人は来ないから。」 「どんな人たちなんだろうね?」 「さあな。お前が初めて会う人間がいい人だったらいいな。」 「うん。」 少年は目を輝かせて頷き、また月を見上げた。それから二人は何も言わずにしばらく月を見つめていた。 「もう遅い。家に帰ろう。あまり遅いと母さんに怒られる。」 そう言いながら父親は立ち上がった。 「え、もう!?もうちょっと見ていたらダメ?」 「月は逃げたりしないよ。明日も見られる。さあ、行こう。」 父親は少年に手を差し出した。それでも、少年は渋るような仕草を見せていた。 「悟浄。」 父親に念を押すように言われ、少年は渋々父親の手を握った。その瞬間、少年の手は力強く引かれてその小さな体は軽々と持ち上げられ、父親の肩に収まっていた。父親の肩車にすねていた少年はたちまち上機嫌になった。 「さあ、家に帰るぞ。しっかり掴まっておけよ。」 父親はそう言うと、駆け出した。少年は大はしゃぎだった。そして、二人の笑い声は家までずっと続いていたのだった。 (おわり)
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