「大ちゃん、・・・本気?」 目の前の物体を前に友作は驚き、両手を塞いでいた荷物の重さも忘れて聞いた。 「当たり前だ、バカ。」 大門は友作が持っていた荷物をひとつ取り、軽々と運びながらあっさりと返事をした。それでも友作は信じられずに念を押した。 「これで行くの?」 「冗談よね?」 友作の隣にいた女性も聞いた。女性は日傘を手にし、青白いまでの白い肌でほっそりと痩せている体を長めのワンピースが包んでいた。 「なんだ、みゆきまで。これのどこがいけない?」 「だって、オープンカーだよ?」 「それが何だ?」 「みゆきさんに趣味の悪いアメ車って言われたんだよ?」 「いい車じゃねえか。こいつは俺とみゆきを出会わせてくれた奇跡の車だぞ。大丈夫だ、みゆきが乗る後部座席にはサンルーフかけて、直射日光を避けるしな。さあ、乗った!」 大門の明るく弾んだ声と勢いは、躊躇する二人の背中を押した。 「これでドライブするのね。」 女性は溜め息をつくと、半分呆れて半分面白がっているような笑みを浮かべた。大門はその女性を気遣いながら車へとエスコートした。そんな二人の様子に、一瞬、友作の顔に本人も気付かぬ憂いの表情が過ったが、すぐに普段の顔へと変わっていた。 「大ちゃん、助けて!これも持ってよ!重すぎるよ〜!」 荷物を積み終わると、サインルーフの掛かった後部座席に女性、助手席に友作、運転席に大門、周りの目を一手に引く赤のオープンカーに乗り込んだ。三人は一路海へと向かった。 車が走り出すと、初めあまり乗る気でなかったオープンカーもその視界を遮らない広がる景色が心地よく、目立つ人の目はあまり気にならなくなった。三人の頭上には限りなく続く雲ひとつない青空に太陽はまぶしく輝き、暑い日を約束していた。その日差しすら気持ち良く、吹き抜ける風を一身に受けていた。その中で流れる音楽は軽快なリズム感の曲ばかりで、すっかり三人の心は浮き足立つように楽しんでいた。 「これ、友作くんでしょ?」 後部座席から前の座席を覗くように顔を出し、女性が聞いた。 「えっ?」 「この選曲」 「ああ、そうだけど。それが?」 「ドライブにピッタリね。とっても気持ちいい。」 「良かった。趣味に合わないかもと心配だったんだ」 友作は嬉しさを噛み殺しながら言ったが、口はわずかに綻んでいた。実は映画で使われた曲ばかりだったが、彼女が好みそうな曲を所々入れて選んでいた。雰囲気や光景に当てはまる楽曲を選ぶセンスは映画好きの友作ならではで、こういう点では見るからに硬派の大門より上手だった。 「大ちゃんにはこんなセンスないね。今日は演歌ばかり聞かされるのかと思ったわ」 女性は笑いながら、大門をちょっとからかうように言った。 「悪かったな!俺はこんなチャラチャラした洋楽は嫌いなんだ」 大門は口ではそう言いながら、流れてくる楽曲に気分良くなっているのは確かで、その様子に友作と女性は笑った。 「大ちゃん、このルーフ外して」 後部座席に掛かっているサンルーフを指差しながら、女性は言った。その一瞬、大門と友作の視線が合った。二人共考えていることは同じだった。 「今日は日差しが強いんだ。日射病になっても知らねえぞ」 口は悪いが、女性を気遣っての大門の言葉だ。 「だって、こんなにも気持ちのいい景色が広がって、いい風が吹き抜けているのに、勿体ないじゃない?」 また、大門と友作の視線が交差する。わずかな間があったが、大門が堰を切った。 「友作、開けてやれ」 「大ちゃん・・・。分かった。」 大門の言う通り友作はサンルーフをたたんだ。暗い後部座席は一転して強い日差しが差し込み、前から吹きかける風が通り抜けた。 「気持ちいい〜」 風に髪をなびかせて笑う女性とは対蹠的に、その姿をバックミラーから少し気がかりそうに見つめる大門の姿があった。
「さあ、着いたぞ」 着いた場所は入り江の小さな浜辺で、真夏の暑い太陽の光を受けて白く輝き、穏やかな波が浜辺に打ち寄せていた。大門が見つけて来た穴場というだけに、シーズンでありながら人影らしい姿は見当たらなかった。 「きれいね」 女性は車から降りるなり開口一番に言い、目の前の景色に目を奪われた。 「だろ?都心から1時間くらいでこんな所があるんだから驚きだな。」 大門は少し自慢しながら、車のトランクを開けた。友作も大門に連れ立って、荷物を下ろすのを手伝った。 「どっち持つ?」 大門の言葉に友作は重そうな段ボール箱二つを見つめて考えた。大きい方のはお菓子メーカーの段ボール箱であったが、明らかに中身は違うはず。しかし、小さい方の箱は車に積む時に持っていたので、その重さは身に染みて分かっていた。 「こっちを持つよ。」 友作は大きい段ボール箱を選び、持ち上げようとした。しかし、両腕に掛かるその重さは予想外の重さで、ずしりと腰に響いた。友作は自分で選んだからには運ばなくてはと必死で持ち上げ、一歩、また一歩とノロノロ動いた。 「しっかりしろよ。男だろ?」 大門は小さい方の段ボール箱を軽々と持ち上げて、歯を食いしばりながら耐えている友作の横をスタスタと通り過ぎた。 「大ちゃん、これ一体何が入ってるの!?」 「それはバーベキュー用の鉄板一式だ。」 「鉄板!?」思わず力が抜けて、よろける友作。 「普通、バーベキューは網でしょ!?」 「バカやろう!焼き物と言えば、鉄板だろうが!わざわざ馴染みのテキ屋に借りてきたんだぞ」 「馴染みのテキ屋って・・・。それじゃあ、大ちゃんの持っているのは何?」 「ガスボンベに決まってるだろ。鉄板だけであっても仕方ないだろが」 浜辺まで来てやるバーベキューがガスとは。手作り感覚で火を熾すのも楽しむ要素だと思う友作には、大門の感覚がちょっとずれているような気がしないでもなく・・・。友作は大門に聞こえないように呟いた。 「普通は炭だよ、大ちゃん・・・。」 友作がようやく段ボール箱を運び終えた頃、大門は三つ目の荷物を運んでいた。 「私も何か運ぶわ」 「じゃあ、バスケット持ってきてくれ」 「分かった」 車に駆け寄っていく女性の姿はとても明るく、楽しさに弾んでいるようだった。その姿を見ていると、大門も友作も心が晴れるのだった。彼女の一喜一憂が二人の喜びでもあり、悲しみでもあった。二人にとって、彼女はそんな存在だった。 「これにサンドイッチが入ってるの。私が作ったのよ。自信作だから、友作くん食べてね。バーベキューにサンドイッチって不思議な取り合わせだけど」 女性は手に持ったバスケットを掲げながら笑った。 「前もって、大ちゃんがバーベキューすること言ってくれていたら、もっと違うものを用意できたのに。昨日、いきなり『明日海に行くぞ!』って。それで今朝、慌てて在り合わせのもので弁当代わりのサンドイッチ作っていたら、今度は『バーベキューするからな』ですって。ひどいわよね」 「海まで来て、弁当なんか食べるかよ!何も用意なんて気にしなくて、のほほんとしていればいいんだ。」 すねるような表情をしてみせる彼女に大門はぶっきらぼうに言った。その真意は『体調が良くないのに、無理をするな』ということなのは彼女も友作もよく分かっていた。 「大ちゃん、物は言いようだよ。ゆっくり休んだらって言えば済むことなのに。」 「そうでしょ?友作くんはちゃんと分かってる。こんな優しさが大ちゃんにもあればいいのに」 「だったら、俺とじゃなくて友作と結婚すれば良かったな!」 今度は大門がすねたようだ。その様子に彼女は面白がって笑い、大門をからかった。 「そうね!いい考え。友作くん、奥さんにしてくれる?」 そう言うと、女性は友作の腕と組んで寄り掛かるような仕草をした。大門はますます気に入らない様子で、苛立ったように無言のまま車の荷物を取りに行った。その姿に女性は吹き出すように笑い、友作もまた、その明るい笑顔につられて笑った。しかし、心の内は胸をきゅっと締め付けられたようだった。何も深い意味もない何気ない冗談なのだろうが、友作には笑えない冗談だった。わずかでもかすめたことのある思いだった。彼女と一緒にいられたらとー。 『やっぱり好きなんだな』 改めてそう自覚すると、友作は切なくなった。叶うことのない気持ちだと分かっていながら、とっくの昔に諦めた思いでありながら、未だに彼女に惹かれている自分がいる。特別、この気持ちが抑えられなくなる程恋焦がれているわけでもなく、幸せを奪ってやりたいと嫉妬するわけでもない。もう過ぎたことだと思える程冷静でいる。それでも、彼女に惹かれる自分の気持ちに気付くと、ただ切なさだけが胸に込み上げてくるのだった。 『これからも決して口にすることはない気持ちだけど、これから先、この思いは消えることがあるのかな?』 滅多に人を好きになるわけではないけれど、好きになれば一途に思う友作の心境は複雑だった。別の誰かを好きになるのを怖がってはいないし、愛する勇気がないのでもない。ただ、次の恋へと気が向かないでいた。戻ることも進むこともできずにいる理由は分からないけれど。
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