「友作くん、最近の大ちゃんって、少し変じゃない?」 「・・・どうかな?」 それは友作も感じていたことだった。だが、その原因も分かっていた。目の前の女性がそうだ。けれど、本人を前に言うわけにもいかず、曖昧な返事で答えるしかなかった。 「私だけかな、そう感じるのは?・・・・大ちゃんって真っ直ぐでしょ?どんなことにも真っ直ぐで、ストレートに気持ちをぶつけてくる。そんな大ちゃんだから好きになったの。」 友作の心のどこかで小さな針を刺された感じがしたが、女性の笑顔に少し暗い影が差した途端、彼女の方に大きく気を取られた。 「最近の大ちゃん、そうじゃないの。私の体調が気がかりで、心配して、気遣ってるから、気持ちを真っ直ぐにぶつけてくれないの。それが逆に不安で・・・。それに、嘘もごまかすことも苦手だから、大ちゃんは。」 そう言って女性は笑ってみせたが、その笑顔はとても悲しそうで、息を吹きかけるだけで壊れてしまうようだった。そんな彼女を目の当たりにすると友作の胸は熱くなり、心は大きく揺れた。どんなに自分が非力であっても彼女を守りたいと心の底から思った。でも、出てきた言葉は心の中とは違ったものだった。 「大丈夫だよ。大ちゃんはちょっと心配性になってるだけだよ。みゆきさんのこと、好きでたまらないから。ずっとそばにいて、ずっと独り占めしたいから、みゆきさんのことを大事にしすぎてるだけだよ。」 友作はできるだけ明るく冗談っぽく言った。話している内容がそんなに深刻に悩むことじゃないと言いたげにー。 「そうだったら、いいんだけどなあ」 友作の功を奏したのか、彼女は微笑みながら言った。その表情は幾分和らいだようだった。 「友作!何サボってる!?まだ材料が残ってるんだ、お前も運べ!」 野菜が入った箱を抱えて大門がやって来た。 「まだあるの!?大ちゃん、何人分の食料持ってきたの!?」 「三人分に決まってるだろ!・・・まあ、ちょっと多いかもしれないが」 大門は並んだたくさんの荷物の見つめ、語尾を弱めて言った。 「多すぎるよ。大ちゃんは適量っていうの知らないから」 「なんだと!友作がそんなに肉がいらないっていうなら、俺が取ってくる。友作は肉なしでいいそうだ」 「えっ!?誰も言ってないよ、そんなこと!僕が取ってくるよ!」 友作は慌てて車へと駆け出して行った。その後ろ姿に大門と女性は笑った。 「ホント、大ちゃんと友作くんは仲がいいよね。」 「小学生の時からだからな。」 「友作くんに隠し事とかないの?」 「ないな。あいつは俺が心開いた親友だからな」 「ふ〜ん。私の知らない大ちゃんを友作くんは知ってるんだ。」 「みゆきにも隠し事はねえよ。」大門は顔を反らして言った。 「隠し事はなくても、秘密はあるでしょ?」 「隠し事と秘密とどう違うんだ?」 「それはこっちが聞きたい。何か私に言うことは?」 じっと女性に見つめられ、一瞬大門は言葉に詰まるが、すぐに普段の口調で言い返した。 「バカやろう。そんなもんあったら言ってるよ。ああ、でも、秘密はあるか。俺の無様な話は言ってない。友作にも聞くなよ。そんな話、みゆきに聞かせられるかよ」 『やっぱり無理か・・』 少し悲しそうに女性は微笑むと、今度は楽しそうに大きく笑ってみせた。 「無様な話?どんな話?教えてよ!」 「言えないって言ってるだろ!」 「気になるじゃない!教えてよ!大ちゃん!」 「俺の名誉に掛けて言えない!」 「余計気になるじゃない!こうなったら、友作くんに聞くから。友作くん!」 友作の方へと女性は駆け寄ろうとしたが、大門に遮られた。 「そうはさせねえぞ」 「そこまでするんだ。ますます気になる。絶対聞き出すから!」 「こら!走るな!」 膨らんだスーパーの袋を抱える友作の目に、子供のようにはしゃいで追いかけっこをする二人の姿が映った。とても楽しそうに明るい笑顔を浮かべる二人を見て、友作の心は不思議な感覚だった。先程の不安そうな彼女の表情と大門の日頃の思いを知っているだけに、明るく笑う二人を嬉しく思う気持ちと、二人の中に決して入れないという寂しさが混ざり合い、素直に笑えない自分がいた。 「友作くん!大ちゃんの無様な話って何?」 駆け寄って息を切らしながら、女性は聞いた。 「無様な話?」 「そう、大ちゃんの!」 「友作、分かってるだろうな!」 今度は大門がやって来て、凄い視線で睨みつけて念を押した。 「ええと、それはみゆきさんでも言えないよ。」 「えっ!?どうして!?」 「言うと、僕が大ちゃんに殺されかねないから」友作は笑って誤摩化した。 「友作、それでこそ親友だ」 「妻の私が夫のことを知っておきたいって言ってもダメなの?」 「それは・・・。みゆきさん、ずるいな。そう言われるとー」 「ダメだぞ!友作!」 「だって。みゆきさんの前ではかっこいい大ちゃんでいたいみたいだよ。」 「あ〜、走って損した!」女性はそう言って座り込んだ。 「なんだか一気に疲れちゃったな」 「無理しちゃダメだよ、みゆきさん」 友作は微笑みながら言ったが、隣にいた大門は顔を強ばらせていた。よく見ると、女性の顔は青白く、単なる暑さからくる汗ではない冷汗らしきものがじっとりと浮かんでいた。 「みゆき?大丈夫か!?」 「うん、大丈夫。ちょっと日射しにやられたかな?」 「少し車で休むか?」 「そうだね、いい?」 「ああ。俺と友作とでバーベキューの用意するから。それまでゆっくり休め。」 「・・うん。ごめんね、友作くん」 大門に支えられて女性は車の方へ歩いて行った。 その後の女性は大きく動き回ることはなかったが、車や岩に腰掛けて大門と友作の二人を眺めて笑っていた。野菜の切り方が大きいだの悪いだのと言い合ったり、肉の取り合いを始めたり、浜辺で相撲を取ったり、海に突き落とそうと争ってみたり、二人のやり取りを見ているだけで、その可笑しさと微笑ましさについ笑ってしまうのだった。
強い日射しを投げかけていた太陽も水平線に掛かり、海や浜辺を赤く染めようとしていた。友作と大門は荷物を車に積み終わり、ひと休みを兼ねて浜辺に座り、夕暮れの景色を眺めていた。女性は後部座席で柔らかな笑みを浮かべ、すやすやと寝息を立てていた。 「綺麗な景色だね。みゆきさん、起こしてあげた方がいいかな?」 「いや、このまま休ませよう。疲れさせちまったな。」 口調はいつもと同じだが、大門の横顔はどことなく不安そうな感じがした。友作は敏感に反応して、フォローした。 「でも、みゆきさん、とても楽しそうだったよ。あんなに楽しそうに笑うみゆきさん、久し振りに見た気がする。」 「みゆきが楽しかったのなら、それが一番なんだが。」 「大ちゃん、久しぶりにこうやって出掛けられたんだから、僕がくっついてくるよりみゆきさんと二人だけの方が良かったんじゃないの?」 「二人でバーベキューしても面白くないだろ。荷物も多いしよ。」 大門は聞き流すようにぶっきらぼうに言った。だが、それが友作には引っ掛かった。 「やっぱり大ちゃんは誤摩化すの下手だね。どうしたの、大ちゃん?」 「何が?」 友作の言葉にも関わらず大門は同じ調子だった。友作は思い切って今日一日ずっと感じていたことを口にした。 「最近の大ちゃん、なんか変だよ。特に今日の大ちゃんはとても無理してる。とても無理して笑って、はしゃいで。それでも、とても辛くて悲しそう。」 途端に大門の顔から笑顔は消え、無表情になった。自分では隠せていると思っていたのに、親友の友作にはすべてお見透しだったようだ。 「大ちゃん?」 友作の心配そうな顔を前にすると、大門の仮面の表情は簡単に崩れ、小刻みに震えだしてやりきれない気持ちが一気に溢れ出した。 「お前には敵わないな。今日もお前がいなかったら、とても耐えられなかった」 「一体、どうしたの?」 「・・・みゆきは長く保たねえ。」 「えっ・・・・?」 突然の言葉に友作は戸惑った。元気とは言えなくても、明るく笑っている先程の彼女のことを思い浮かべると、とてもそんな風には見えなかった。 「じょ、冗談だよね?」 大門がそんな冗談を言わないことを友作は誰よりも分かっていたが、信じたくない思いが強くて言葉にしていた。しかし、出てきた大門の言葉は友作の思いを見事に裏切った。 「腎臓病を併発したんだ。来週から人工透析が始まるが、かなり状態が悪く、三ヶ月保つか・・・」 大門の顔は暗く強ばったままだった。唖然とする友作はすがるような気持ちで言葉を並び立てた。 「助かる方法はないの?何か化学治療とか、薬とか、放射線治療とか、何かないの!?大ちゃん!」 「移植しかないって。でも、俺はみゆきと血液型が違い適合しないし、移植バンクは長い順番待ちだ。とても三ヶ月以内には難しいそうだってよ!」 うっすらと涙を浮かべ言った言葉の最後には、大門の怒りと苛立ちが込められていた。 「すまねえ、こんな姿見せるつもりは・・・。気にするな」 言葉を失った友作を気遣って言ったが、そんなこと無理に決まってるのは分かっていた。 「今日はみゆきの為だ。人工透析は一日掛かりだ。それを週何回も通うとなると、身体への負担も大きくなるし、体調次第では入院になるかもしれない。透析が始まったら、とても遠出なんて無理だろう。だから、その前にと思ってな。」 「・・・みゆきさんには?」 「透析が始まることは知ってるが、具合の悪さまでは言ってない。友作、気にするな。」 大門は同じ言葉を繰り返した。まるで自分に言い聞かせているように。 「こんなこと聞いてから、言う言葉じゃないが、今までと同じように振る舞ってくれ。頼む、みゆきに心の負担まで増やしたくない。」 「・・・うん、分かった」 「さあ、帰ろう。みゆきを車で寝かし続けるのも心配だ」 「・・・うん。」 友作は頷いていたが、心あらずだった。友作の頭には今までの記憶の断片が駆け巡っていた。制服姿の女性、明るい彼女の笑顔、挙式でのとても幸せそうな大門と彼女、今日見せた不安そうな彼女と辛く沈んだ大門の顔、そして、自分自身の気持ち。駆け巡った先に出てきたものは・・・。 「大ちゃん、大丈夫。大丈夫だよ・・・」 行きかける大門に友作は言ったが、何が大丈夫なのか、友作の意味することは大門には分からなかった。先に歩き出した大門の辛そうな後ろ姿に、友作は呟いた。 「大丈夫。僕がついてるから。僕がついてるから負けるな。」 その瞬間から、友作の思いは決まっていた。どんなことになろうと、例え親友の大ちゃんに反対されても自分の意志を貫こうと。 『明日病院に行こう。そして、申し出よう』 ずっと遠い先のことより、今、目の前にある大切なものを守りたい。友作の決意は固く結ばれていた。 (終わり)
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