Let's go right now.
 一応な、と言って差し出されたのは、先日出港したばかりの島にただ一軒だけあった小さな雑貨屋の包みだった。
「何これ」
 ナミが眉を顰めて差し出されたそれに警戒心を露にしていると、ん、いや、とゾロは明後日の方向を見る。照れ隠しなのか、仏頂面に磨きがかかっているのがおかしい。大きな掌に乗せられた決して大きくはない紙包みを、ナミはじっと見るだけで手を伸ばしはしなかった。
「……なんだよ。取れよ」
「だって何だか解らないんだもの。手にした途端爆発しかねないとか、そんなんじゃないわよね」
「アホか!」
「アホ?」
 思わず叫んだゾロに、ゆらりと背後に黄泉の世界のものを沸き立たせながら、ナミが視線を上げた。ぎらりと睨み上げる少女の恐るべき眼差しに、ゾロはうっと肩を引く。
「あ、いや、その…テメェの誕生日プレゼントだ」
「ああ!」
 ぽんとナミは両手を叩く。行く末は大剣豪に、と思っている剣士が、その小さな手の音にびくっと身体を引きつらせた。
 それとは打って変わって、ナミは満面の笑みで、ああそうそう、とゾロの手の上のものをひょいと取り上げる。
「そう言えばあたし、今日誕生日じゃない! すっかり忘れてたわ。で? これが何?」
「あ? だからテメェの誕生日プレゼント……」
「へぇ! ゾロから? それともみんなから?」
 下から覗き込んでくるナミの目は、楽しそうに煌いている。ゾロは溜息をひとつ吐き、俺、と簡潔に答えた。
「いいか。変な期待すんなよ。先に言っとくがそれはそんなに高いもんじゃねぇ。テメェが日頃からほしがってるような十万ベリーだ百万ベリーだのするようなもんじゃねぇ。ぶっちゃけ言えば千五百ベリーの安物だ。ついでに俺が選んだせいで、テメェの趣味に合わねぇかもしれねぇが、とりあえず今は黙って受け取っとけ。次の島に着いたら発掘した品だとか言って高値で売るんだな」
 ふん、と盛大に鼻を鳴らしてそっぽを向いたゾロに、ナミはぽかんと口を開けて目を丸くしていたが、すぐにぷっと吹き出した。
 げらげらと笑い出すナミに、なんだよっ、とゾロは噛み付かんばかりの勢いで怒鳴ったが、ナミはてんで気にせずにげらげらと笑い続けている。
「いらねぇなら売っちまえ!」
「ああ、そうじゃないのよ、ごめんごめん。たださぁ、ちょっとねぇ…」
「ちょっと何だ!」
「ゾロからプレゼントもらえるなんて思ってなかったからさぁ、びっくりしちゃって。まぁとにかくありがとう。あたしがほしいのは海底に沈んだ時価数千万ベリーの宝石だけど、安物は安物なりに味わいがあるわ。壊れても気にならないし。うん。大事にする」
「……全然大事にしそうにない台詞に聞こえるんだが」
「え、気のせいでしょ?」
 にっこりと笑ったナミが、もうすぐ朝ご飯よ、と言いながらゾロの側をすり抜けていく。ゾロがそれを渡すまでは、起き抜けの不機嫌そうな顔だったのが、一転して今は鼻歌を歌いながらラウンジへの階段を登っている。
 ワケの解らねぇ女、とゾロはひとつ悪態を吐いて、その後を追った。
 ナミがラウンジに入る一歩手前で、ぴたりと足を止めた。後ろに続いていたゾロも自然と足を止める。ナミはゾロから貰った紙包みを、じっと眺めていたが、やがてポケットに仕舞い込んだ。
「おい」
「後で開けるの。気にしないで」
 笑顔で振り返ったナミはそう言って、ラウンジのドアを開ける。と同時に、おめでとうナミすわぁあん、と叫ぶサンジの声が、本体と一緒に飛び出してくる。慣れたもので、ナミも笑顔で、ええ、おはよう、と言いながらひょいと身をかわした。勢い余ったサンジは後ろにいたゾロに突進してしがみつき、ちゅっちゅっとキスを繰り返していたが、そこにいたのがゾロだと知ると、アヒルが絞め殺されるような悲鳴を上げて飛びのく。それで、ラウンジにいたみんなが笑った。
 誕生日とは言え、食材に限りのある航海の最中のことだ。
 朝食はいつもより一品増えただけの質素なものだったが、ナミは構わず席につく。ごめんねナミさん、とサンジは申し訳なさそうに、オレンジペコをグラスに注いだ。
「夕飯は豪華にするからさ。朝と昼はいつも通りで申し訳ないんだけど。あっ、ケーキもちゃんと用意してるからね」
「ええ、ありがとう、気にしてないわ」
「それからこれ、俺からのプレゼント。安物で申し訳ないんだけど…ナミさんに似合いそうなの選んだんだ」
 そう言ってサンジが差し出したのは、やはりゾロと同じ島に一軒だけしかなかった雑貨屋の包装だった。ただしこちらは、プレゼントだからと雑貨屋に気を遣わせたらしく、それなりのリボンをかけてあった。
「これは私からよ。おめでとう航海士さん。これからもよろしくね」
 すでに席につき、一足早く紅茶で喉を潤していたロビンが、微笑みながらナミの前ににょっきりと腕を生やした。その手には大きな包み紙と、小さな包み紙が重ねて乗っている。上の小さな包みは、やはり雑貨屋の袋だった。
「ありがとう、ロビン! ふたつもくれるの?」
「お気に召すか、解らないけれど」
 神秘的な笑みを浮かべ、ロビンは本物の腕で紅茶を口元に運んだ。ナミがふたつの包みを受け取ると、ふわりとその贋物の腕は消える。
 ナミの隣に腰を下ろしながら、相変わらず不気味な能力だ、とゾロは思っていた。
「ナミ、俺たちお金なくて…」
 しょんぼりと声を出したのは、チョッパーだった。ちらりと隣に座っているウソップと顔を見合わせ、すでに一人でがっついているルフィを見る。
「…実はちゃんとお金溜めてたんだけど」
「島に着くなり飛び出してった船長が飯屋で大食いやらかしたせいで」
「プレゼント用のお金使っちゃって」
「仕方ねぇから三人でひとつのプレゼントなんだ。悪ぃなぁ。折角の誕生日なのによぅ。もうちょっといいもんでも買えたら良かったんだが…何せ食欲魔人の腹の中に全部…」
 ううっと目頭を押さえるチョッパーとウソップに、んあっ、とルフィが目を丸くする。
「どうしたんら、お前らっ」
 ぼろぼろと口の中から飛び出すパンの欠片やら卵の欠片やらに、ウソップは張り手をかました。
「オメェのせいだろっ!」
「ま、まぁいいわ…うん。ありがとう。気持ちだけで…」
「これ…。ごめんよ、ナミ。安物で…」
 しゅんと肩を落とすチョッパーの手から差し出されたのは、サンジ同様リボンのかけられた雑貨屋の紙包みだった。それを受け取りながら、ナミは引きつった笑みを浮かべる。
「い、いいのよ、チョッパー。気にしないで…安物も好きよ」
 さっきと言ってること違うじゃねぇか、とゾロが呟けば、強烈なピンヒールが足の甲に突き刺さった。ぎゃっと悲鳴を上げたゾロの口を、ぱんっと片手で閉じて黙らせ、ナミは、受け取ったそれらをテーブルの上に並べた。
「ありがとう、みんな。後でゆっくり見させてもらうわ」
「あれ? 今あけないんですか?」
 サンジが給仕をしながら問えば、ええまぁね、とナミは苦笑する。
「感動を噛み締めたいのよ、一人でね。さ、食べましょ。それに今日は天気がいいから、みんなに一働きしてもらいたいのよね」
 笑いながらフォークを手に取れば、チョッパーとウソップが顔を見合わせて、はいっ、とそれぞれ片手を上げる。
「おれっ、がんばるぞっ!」
「俺も!」
 安物しか、それもルフィも混ぜて三人でひとつのプレゼントしかできなかった二人としては、ここで名誉挽回といきたいのだろう。ナミは、はいはい、と笑いつつ、朝食を次々におなかに収めていった。
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