Let's go right now.
 朝食を終えてすぐに、ナミはウソップを連れて女部屋へ引っ込んで行った。入ったばかりのウソップが、すぐに出てきて男部屋へ直行し、工具一式を持ってまた女部屋へ戻って行く。甲板で寝そべりながら見るとはなしにそれを見ていたゾロは、ああまた本棚の増設か、などと思っていたのだが、トンカンと言う音は聞こえてこずに、変わりにウィーンと金属を削るような音が聞こえてきた。なぜかそれを聞くと歯が痛むのはゾロだけではないらしく、ロビンも眉を寄せて首を傾げている。サンジなどはドラム島での、ドクターくれはの背骨治療を思い出し、と言うよりも背骨が思い出して、甲板の隅っこで固まっていた。チョッパーは懐かしい音だなぁとうきうきしている。
 それが終わるとウソップは意気揚揚とした顔で女部屋から出てくる。工具一式を抱えていたので、歯の痛む、そして背骨の軋む仕事は終わったのだろう。口笛を吹きながら男部屋へ入っていく。
 何なんだ、と思っていると、今度は女部屋からナミが出てきた。その右手首には、いくつもブレスレットがぶら下がっていた。
「あ」
 思わずゾロが声を上げると、気付いたナミが、んふふふ、と満面の笑みを浮かべて見せた。
「早速つけちゃった」
 そう言って見せられたのは、細身のブレスレットだ。銀色のそれには、安い物なりに随分と質の良い蔓細工が掘り込まれており、丁度中央に当たる辺りに、小さな石が象嵌されている。同じデザインのブレスレットが四本。象嵌された石の色はそれぞれ違っていたが、どれもこれもが同じデザインだ。
「…それ」
「なんとなくね、そうじゃないかって思ってたのよ」
 ゾロはナミが、ゾロからもらったばかりのプレゼントの袋をポケットにしまってからラウンジに入った事を思い出した。そして、みんなから貰ったプレゼントをその場で開けなかった事もだ。
「あたしもあの雑貨屋行ったのよね。髪留めほしかったから。で、みんな同じ大きさの紙袋だったでしょ? ひょっとしたらって思ったんだけど…。まぁ必然的にそうなるわよね」
「同じもんだったのか、全部…」
 ナミの誕生日プレゼントにと、みんなが選んだものは、象嵌された石の色だけ違うまったく同じブレスレットだったと言うわけだ。呆気に取られているゾロに、ナミは肩を竦めて見せる。あら、と言ってやってきたロビンも、ナミの腕を見て察したようだ。
「剣士さんも?」
 ラウンジで渡されたプレゼントの数よりも、ブレスレットの数の方がひとつ多い事に気付き、ロビンが丸くした目をゾロへ向ける。おう、と短く答えると、ロビンは申し訳なさそうに眉を寄せた。
「もう少し考えればよかったわね…。あの島で、雑貨屋は一軒だけだったんですものね…。少し考えればこうなることくらい、解ったはずなのに。ごめんなさいね」
「ううん、いいのよ。細身のだから、重ねてつけてもおかしくないし」
「どれが誰からのか、解らなくなっちゃうわね」
 ロビンが苦笑しながらそう言うと、そうでもないわよ、とナミは片目を閉じて見せた。そしてつけていたブレスレット四本を手首から取り外してみせる。
「ロビンからもらったのは、このエメラルド。サンジ君からはダイヤ。チョッパーとウソップとルフィからはルビー。ゾロからはトルコ石。ね、少しずつ違うのよ。それにね、ほら」
 ナミはブレスレットの内側を二人に見えるように差し出した。
「ウソップに彫ってもらったの」
 細身のブレスレットの内側には、飾り文字でそれぞれのブレスレットを寄越した者の名が掘り込まれている。通りで、とロビンとゾロは顔を見合わせた。あの歯が痛む、そして役一名は骨の軋むような音は、これを彫るための音だったのだ。器用なウソップらしく、飾り文字も丁寧に凝っている。素敵ね、とロビンは微笑んだ。
「とても似合っているわ」
「ありがと」
「んナッミすわぁあん! とぉっても素敵です! ボクが差し上げたのそのブレスレット! やっぱりナミさんには、ダイヤの輝きが一番お似合いですっ!」
「ありがと、サンジ君。でも借金は減らさないからあしからず」
 にこりと微笑んで言われた言葉に、は、とサンジが敬礼しつつ引きつった笑みを浮かべている。ナミの切り替えしからは、彼女の機嫌がいいのか悪いのかは察する事ができないのだ。
 俺に礼はねぇのかよ、とゾロが内心で思っていると、ああそうそう、とナミがふいに振り返った。サンジが一生懸命、どれだけナミに贈ったブレスレットを選ぶのに苦労したのか、他のたくさんあったアクセサリーも全部ナミさんに似合いそうだったんですが、けれどナミさんにはやはりダイヤモンドの輝きが一番お似合いだと思い、などと必死に説明しているのを聞いていたナミが、悪戯そうに瞳を煌かせる。
「ゾロ」
 柔らかく呼ぶ声に、んあ、とゾロが顔を向けると、ちゅっと軽い音がして、頬に声と同じほどに柔らかな感触が触れた。
「んぎゃっ!」
 サンジがアヒルが踏み潰されたような声を上げて固まっていた。
「んふふ。ブレスレットのお礼よ」
 ナミが片目を閉じて、ぺろりと舌を出して見せる。ナミの唇が触れたそこには、ナミが引いているルージュの色がくっきりと残っている。浅黒く焼けた肌を思わず押さえたゾロに、あらあら、とロビンが微笑みを向けた。
「仲良しね」
「て、テメェっ! マリモのくせにナミさんの唇を奪うなんてっ! な、ナミさぁん、なんでクソ腹巻だけ〜…」
 弱々しく情けない声で、あわよくばキスを貰おうとしているサンジと、だめよ、ゾロだけ、と意地悪を言うナミを見比べ、ゾロはぼりぼりと頭を掻いた。深く色々と考えようとしたのだが、結局やめた。そしてまたごろんと甲板に横になった。
 初夏のうららかな昼。
 寝入ったゾロの顔は、いつもよりやや赤い。
 いつにも増して賑やかなクルー達を乗せたゴーイングメリー号は、破天荒なグランドラインの海を軽快に航海していた。
FIN