Everything I Said. -4- |
「……じゃあ、行ってくっから」 翌日の昼過ぎ、島についた途端、ルフィは冒険だ探検だと騒いで飛び降り姿をくらました。ウソップは新兵器の開発のための材料と、船の修理に使う資材を揃えておきたいし、と言ってナミから金を貰い、やっぱり薬を少し買い足しておきたいと言うチョッパーも、ナミから金を貰って二人一緒に町へ繰り出していた。港へ一泊の停船許可を貰い、見張りは船守がいるから大丈夫だという港の人間の言葉を黙殺して、サンジを見張りに残した。 「俺だって行きたい! 行きたいったら行きたい! ショッピング行ーきーたーいーッ!」 「買出し、後で手伝ってやるから」 「それはショッピングって言わねぇ! 俺も新しいスーツ欲しい! シャツ欲しい! ネクタイ欲しい! 靴欲しい!」 「いい加減離せーっ!」 ゾロの足にしがみついて離れないサンジは、ぶんぶん振り回されてもしつこかった。がっちり両腕両足使ってしがみついている。岸壁で眺めていたナミは、微笑ましいわ、と無表情に呟いた。 「でもいい加減、出かけたいけど」 「仕方ないわね」 ニコ・ロビンは相変わらず静かに微笑んだ。さらりと右手を動かした途端、ゾロの足にしがみついていたサンジの背中からにゅっと女の手が生える。 「うわっ」 驚いたのはサンジだけでなくゾロもだったが、その腕がゾロの足にしがみついているサンジの手を取り後ろへ回し、ぐいと近くのマストに貼り付けてしまったのを見て、思わず岸壁を見やった。 「行くわよ」 何事もなかったかのような顔をしているニコ・ロビンが、さらりとまた手を動かすと、マストから生えた手ががっちりとサンジの胴体を拘束していた。 「おねーさまーッ! 何するんですかーッ!」 「大人しくしていてね」 「……便利な能力…」 隣で腕を組んで顰め面していたナミが、思わずぽつりと呟くと、でしょ、とニコ・ロビンは微笑んだ。女って侮れない、と何度目かに思ったゾロは、だがこの機会を逃さずさっと船から飛び降りてしまう。背後からは、ぎゃーぎゃーと切羽詰った鳥の断末魔の叫びのような大声が聞こえていたが、さぁ行きましょうか、とニコ・ロビンはまるで気にしていなかった。 振り返らず歩くニコ・ロビンの背を追いかけるゾロの隣に並びながら、ちらちらと後ろを振り返り、ナミは少し心配そうだ。 「大丈夫かしら。もし何かあったら、あれじゃあサンジ君大変じゃない?」 「大丈夫よ。あと少ししたら解放してあげるわ」 「それより、サンジ君、自分の誕生日、すっかり忘れてるみたいね」 あきれたように笑うナミに、仕方ないでしょう、とニコ・ロビンが応じた。 「いくら恋人に決めてもらった大事な日だからって、さすがに今日ばかりはね。食糧管理にきっちりしたがるコックさんなら、尚更じゃないかな」 「……そう仕向けたの、あんたでしょ」 「さぁ何をプレゼントしようかな。わくわくするわね。やっぱり料理関係のものがいいかしら。ねぇ、恋人さん?」 「……さぁな」 「さぁな、じゃないわよ。ちゃんと考えなさいよ。でなきゃ愛想尽かされちゃうわよ」 ニコ・ロビンの隣に並びながら、ナミが顎に手をあて、うーん、と唸った。 煉瓦で舗装された道は歩きやすく、そんなに幅が広いわけではないが、狭いと言う印象があるわけでもない。赤煉瓦の家がずらりと並ぶ中で、道に面した家の一階はほとんどが店舗を兼ねていた。小さな島の、小さな町の真ん中を真っ直ぐ突っ切る道は商店街のようだ。店をちらちらと覗き込みながら、ナミは首を傾げた。 「やっぱり料理って言えばエプロンかなぁ」 「エプロン。いいじゃない。それならいくつあっても邪魔じゃないでしょうし」 「包丁もどうかなって思ったんだけど、サンジ君の手に合わなかったら意味ないしね」 「いいんじゃない、エプロンで。そう言う専門の店ってあるのかしら」 「エプロン専門店? そんなのはないと思うけど…料理に使うもの扱ってる店になら、あるんじゃない?」 女二人がきゃいきゃいとはしゃいだような口調で話し合っているのを眺めながらも、ゾロは両脇に並ぶ店に目を走らせていた。特にこれと言って何かを買おうと決めていたわけではないので、何か良いのがないだろうかと半ば期待するような気持ちで見ていたのだ。 やはり港という性質上、港へ向かうほど、食料を売っている店が多い。島の中へ中へと入っていくうちに、衣料や雑貨などを扱う店が増えてきた。 そうすると自然に島の住民達の姿も多くなってくるわけで、いかにも旅人然した三人の姿は大いに目立った。しかし交流の栄えている島だからだろうか。そんなに注目されず、また干渉されないのが有難い。 あら素敵、と言う声に前を見ると、少し坂になった道を上がったところにある店のウィンドウに、ナミがへばりついていた。目を細め光を反射するガラスの向こうを見やると、女物の白いワンピースのようだ。本当ね、とニコ・ロビンも調子を合わせていた。その横顔は、どうやらお世辞ではなく本気のようだ。サンジのプレゼントを買いにきたはずなのに、少しばかり脱線しているようだ。やれやれ、とゾロは首を回した。あれは長くなるんだろうな、と思ってふと通りの反対側を見ると、茶色のドアの横に、ナミが覗き込んでいるのと同じようなウィンドウがあった。しかしこちらはスーツを着たマネキンがポーズを決めている。サンジが着ているのと同じようなスーツだ。興味を引かれ足を向けると、マネキンの足元には、シャツが三枚と、懐中時計、腕時計や、飾りであろう眼鏡やパイプなんかが並べられていた。ウィンドウの端には、重そうな壷にどっさりと赤い薔薇が活けられている。落ち着いた雰囲気の店に、良さそうだな、とゾロは思った。 「あれ、ゾロ?」 ナミの声に振り返ると、白いワンピースの前で、オレンジ色の頭がきょろきょろと辺りを見渡している。そうしてゾロに気付くと、あ、とホッとしたように顔を綻ばせた。 「迷子になったのかと思うじゃない」 少し声を張り上げる女に、ああ、とゾロは答える。歩き出そうとするよりも先に、ニコ・ロビンが目を細めていた。 「何か良いのがあった?」 ヒールの先をこちらへ向け、カツカツと歩いてくる背の高い女に、ああ、と頷くと、ニコ・ロビンがゾロの隣に並びウィンドウを見下ろした。 「…素敵じゃない。何か良いのがあるかもしれないわね。入ってみる? サンジ君、こう言うの好きそうだし」 「ネクタイでもあげたら?」 ニコ・ロビンに追いついたナミが少し笑いながら言った。そして誰よりも先に、店の中へ入っていく。こんにちわー、と明るい声に、はいいらっしゃい、と気さくに返る声があった。ゾロも続く。中は特有のにおいの他に、香でも焚き染めているのだろうか、いい匂いがする。すっと後ろで息を吸う音が聞こえ、ニコ・ロビンが「いい匂いね」と呟いていた。 狭い店の両脇の壁にはずらりとスーツが並んでいる。中央に置かれているのは、懐中時計や腕時計、それにネクタイピンの類だ。そちらに足を向けると、ニコ・ロビンもついてきた。 「…ネクタイピンか。いいわね」 「…俺にはこう言うの、よく解らねぇ」 宝石がついたものや、銀色に細工されたもの、金色にぴかぴか輝くものなどがあったりして、ナミが向かい側からガラスケースを覗きこんで、お宝みたーい、と嬉しそうに笑っている。 形にしても、ネクタイピンと言うものは様々だ。丸かったり四角かったりするが、だがどれも、サンジらしくはないとゾロは思った。 あまりパッとしたリアクションのないゾロを見て、ニコ・ロビンが苦笑する。 「どうも違うみたいね」 「…なぁんだ。あたしはいいと思ったんだけどな」 軽く肩を竦めたナミが、じゃあ行こうか、と顔を上げた時、ゾロは「あ」と思わず声を上げていた。見下ろしていたガラスケースの、本当に一番隅っこに、細長い銀色のネクタイピンがあったのだ。植物の蔓を象ったかのように、その細い銀板に模様が彫られている以外は、何の変哲もないただのネクタイピンだ。その隣にあるルビーが並んでいるネクタイピンの方が高そうだ。 「…どうしたの」 「あ、いや……」 「あったの? 良さそうなのが」 ニコ・ロビンの言葉に、ナミはゾロの視線を追って、彼が見ているものを察したのだろう。すいませーん、と手を上げて、広くもない店内で、レジ前で若いお客の様子を眺めていた店主の気を引いた。はいはい、と言ってやってきたのは臙脂色のチョッキを羽織った男だ。ナミはこれと言ってゾロが見ていたものを過たず指差した。 「おいくらぐらいなんですか?」 「ああ…これですか。これは、一万ベリーってところですね」 「…一万ベリー? それってちょっと高くない?」 「これでも安い方ですよ。何せ一点ものだから」 心外だと言わんばかりに、丸い眼鏡の奥で小さな目を瞬いた店主に、一点ものなの、とニコ・ロビンが長い睫を瞬いた。 「世界にひとつしかないのね」 「そう言う事になりますね」 ついっと眼鏡をかけなおし、男は微笑んだ。 「…ナミ、金持ってるか」 ゾロが低い声を発したので、男は少し驚いたようだった。腰の刀に気付き、おや剣士さんかい、と言うので、ニコ・ロビンは曖昧に微笑んで見せた。そう言えば、ゾロもニコ・ロビンも立派な賞金首だ。この店主が誰かに教えないとも限らなかった。せめて明日この港を出発するまでは、平穏に過ごしたい。 「持ってるけど、買うの?」 「…ああ」 「はいはい。じゃあこれ、下さい」 男はベルトから下げていた鍵を引っ張り出して、ガラスケースを開けると、その銀色のネクタイピンを持ち上げ、これですか、とナミに問うた。そうそれ、と頷くナミが、ラッピングしてね、と付け加える。 「うんと丁寧に、ラッピングしてください。プレゼントだから」 と言うわけで、そのネクタイピンは立派な箱に収められ、その上で飛び切り丁寧に包装紙に包れリボンをかけられた、はいどうぞ、と言って渡されたのはナミで、金を払ったのもナミだったが、ナミは店を出るなりそれをゾロに押し付けた。 「なくさないでよ」 「悪ィな。金、返すからよ」 「いいわよ、期待してないもん。でもいつかは返してよね」 「ああ」 「さぁ、あたし達もエプロン探さなくっちゃ! ゾロ、ちゃんとあんた、最後まで付き合いなさいよっ」 「解ってるよ」 「あんた、荷物もちなんだからね!」 びしっと指を突きつけられた意味がいまいち解らなかったのだが、後になってゾロはそれを理解した。 夕暮れ前、港に帰りついたゾロの手は、ニコ・ロビンの服と、ナミの服、そして彼女らがこれもあれもと言って買い集めた、サンジ君バースデーパーティのための食料や飾りつけなどが山ほど積まれていた。 |
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