Everything I Said. -3-
 その夜、なぜかラウンジにはいつも通りの食事が並んでいた。寝入っていたところを、ナミのヒールで腹を刺され起こされたゾロは、寝ぼけ眼のままテーブルについたのだが、ずらりと並んだ料理に、はて、と首を傾げるばかりだった。
「…なんで?」
 食料はルフィが全て食い尽くしたはずではなかったのか、と思ったのはゾロだけではなかったらしい。ウソップもチョッパーも不思議そうに顔を見合わせていた。
「いやー」
 サンジが笑いながらスープ皿にたっぷりとスープを注ぎ、それぞれの前に並べて行く。
「実は食料、残ってたんだよねー」
 ルフィは既に口の中を飯で一杯にしているが、つまみ食いと呼ぶには壮大すぎるつまみ食いをやらかしたせいで、今日はどんぶり飯に梅干を乗っけただけで、おかずやスープは一切なしだ。肉肉と煩いかと思ったが、昼間あれだけ食えばさすがに満足したらしい。どんぶり飯をがつがつと物も言わず食っていた。
「冷蔵庫はすっからかんだったけど」
 そう言いながらことんとゾロの前に、サンジの料理人らしい綺麗な手がスープ皿を置いた。ちらりと隣のナミのスープ皿を見ると、じゃがいもやにんじんなどの具がたくさん入っている。ゾロは、また自分の皿を見下ろした。浮かぶのは、透き通ったたまねぎが、一枚。
「倉庫の方にはまだあったんだよ。さすがに日持ちするもんばっかで、栄養のバランスは悪ィけど、まぁ一日二日のことならどうってことねぇだろ。ただちょっとビタミン不足になりそうだから、悪いけどナミさん、みかんを少し分けてもらえないかな」
 ゾロはちらりとチョッパーの皿を見た。ナミと同じに、じゃがいもとにんじんとたまねぎと、なんだかたっぷり具が入っている。
「いいわよ。ただし丸裸にはしないでね。それなりに残ってないと、実付きが悪くなっちゃうんだから。?いでもだめ。はさみでちゃんと切ってね」
 ゾロは少し首を伸ばし、ウソップの皿を見た。同じに具沢山だ。
「解ってますよ」
「コックさんは大変ね」
 頂きます、と手を合わせ、大きなスプーンでスープの具を掬い上げたニコ・ロビンの皿も、具沢山だった。
「あれ」
 いっただきまーす、とスープの皿を心持ち手前に引いたナミが、ゾロの皿を見下ろして首を傾げた。
「…なんでゾロ、たまねぎだけなの?」
「知るか」
「嫌いだっけ、にんじんとか、じゃがいもとか…そんなことないよね。だってゾロ好き嫌いなかったはずだし…グランドラインに入って体質変わった?」
「いいじゃないですかー、ナミさん! クソ腹巻のことはお気になさらず! ささどうぞ、召し上がって! やっぱり飯は熱いうちに食わなくっちゃね!」
「……サンジ君?」
 ちらりと流し目でサンジを見上げると、ぐっとサンジが喉を鳴らして詰まった。僅かに身を引く男に、どう言う理由なの、と溜息混じりに問うと、サンジは冷や汗をだらだら流しながら後退りしている。
「…妬いているのかしらね」
 おいしいわ、これ、と呟きながら、さらりと言ったニコ・ロビンの言葉に、サンジの顔がぼっと赤くなった。わかりやすい男である。チョッパーとウソップはすでに我関せずの体勢を貫いており、二人でぎゃあぎゃあとおかずの取り合いをしている。その横からどんぶり飯だけではやはり物足りないルフィがゴムの腕を伸ばしていた。
「そんなことないですよ〜…」
「サンジ君」
 へらへらと笑うサンジが、ナミの鋭い睨みにぴょいっとゾロの向こう側に隠れた。
「…だって〜」
 ゾロのでかい図体の向こうから、少し顔を覗かせたサンジが、眉毛をぐるぐると巻きながら口を尖らせた。
「オネーサマもナミさんも、みんなして俺の事のけものにするんですもん。俺だってお二人とショッピングに行きたい!」
「のけ者になんてしてないでしょ。ちょっと邪魔だなって思っただけで」
「ああっ、酷い! でもそんなナミさんも素敵だ〜っ」
「本音は?」
 じゃがいもの欠片を更に小さく切って、口の中へ入れようとしていたニコ・ロビンが不意に顔を上げてそんなことを問うた。サンジは、ぐっと眉を寄せたが、すぐにふにゃっと顔を緩める。
「俺だってゾロとお買い物行きたい……」
 アホくさ、とゾロは思ったが口にしなかった。変わりにたまねぎしか浮いていないスープを啜り、そんなん、と呟く。手を伸ばしパンを取れば、はいどうぞ、とナミが横からバターを差し出してくれた。
「いつも行ってんじゃねぇか」
「あれは買出し! ショッピングじゃねぇっ!」
「大して変わらないとは思うけど…」
 苦笑したものの、ナミはやっぱりナミだった。
「でも明日はついてこないでね。邪魔だから」
「なんでですかーっ。お二人で何する気ですかーっ。てゆーか、三人で何するつもりだーっ! ずるいーっ。密室での政治断固反対~ッ!」
「…別に政治やってるわけじゃないんだけど……」
 ぽつりと呟いたナミに珍しく、サンジはいつまでもぎゃあぎゃあと煩く食い下がっていた。
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