Everything I said. -2- |
「酷いんですよ、ナミさ〜んッ! ルフィの奴が、ルフィの奴が、ルフィの奴が、食料全部食っちまいやがったんですよ〜ッ! それも次の島までちゃんと持つように考えて買っておいた大事な食料ですよ! 鍵つき冷蔵庫、折角買ってもらったってのに、全然意味ないんですよ〜っ! なんでか知らないけど、鍵が開いてたらしくて〜っ! 俺、しっかり確かめたはずなんですけどっ! ごめんなさい、俺の不手際なんです、やっぱり! お願いですナミさ〜んッ! どこか近くに島が見えたら寄ってもらえませんかーっ! そうでなきゃ、麗しのナミさんと、お仲間になりたてのオネーサマにひもじい思いをさせる事になっちゃうんですよーっ! お肌にも良くないですよ、きっと! お願いですナミさーんっ!」 這い蹲って懇願するサンジの姿を見下ろしながら、ナミは聊か罪悪感に囚われていた。しかし、口の端が笑い出しそうでぷるぷると震えてもいる。 鍵つき冷蔵庫の鍵を開けたのは、ナミだ。 買ったのがナミだから鍵はナミが予備を持っているし、もしそれがなかったとしても、ニコ・ロビンの計画ではゾロにサンジをおだて喜ばせ褒めたたて崇め奉らせて、鍵を開けさせるという計画だった。そのお鉢が回ってこなくてよかった、とナミの後ろで胸を撫で下ろすゾロは、ルフィに冷蔵庫の鍵が開いていることを教えたのだ。ルフィが腹を空かせて甲板を転がっている前を、骨付き肉をしゃぶりながら歩いてやった。飛びつくルフィに、冷蔵庫開いてたからよ、と言うとすっ飛んで行った、そして、今に至る。 「ナミさ〜んっ!」 ごめん、とナミは内心でサンジに謝った。 「…いいじゃないの、ナミちゃん」 計画を立てるだけ立てて、実際は手を汚していない女は、デッキチェアに腰を下ろしたまま微笑んだ。ぱたりと本を閉じ、それをパラソルの下のテーブルへ置いた。 「近い島があるって、言ってたじゃない、さっき」 「…ええ、そりゃそうだけど…」 「お願いですーっ! 後生ですナミさーんっ!」 「…少しの寄り道くらいいいんじゃないの? 私もひもじい思いをするのは嫌だし、島に着いたらどこかへショッピングに行きましょうよ。ナミちゃんの服、胸がきついから」 「あんたが無駄にでかい乳してるだけでしょっ! あたしもそれなりにでかいわよっ!」 「あははは、そりゃそうね」 女同士特有の遠慮のない物言いに、サンジがぽっと頬を染めた。 すらりとした足を組んで、ニコ・ロビンはうっすら微笑んで首を傾げた。 「ショッピングには、ゾロに付き合ってもらいましょうか」 「……なんで」 むっつりと呟くゾロの怖い顔に、ニコ・ロビンは意味ありげに片目を閉じて見せる。 「あとで二人きりになったら、教えてあげるわ」 「……オネーサマ、このクソ腹巻と一体どのようなご関係で…」 ナミの足元に這い蹲ったまま、眉毛をぐるぐる巻いていたサンジが、ニコ・ロビンの言葉にますます眉毛を巻いている。落ち着かないその顔に、ニコ・ロビンは唇の端を少しだけ持ち上げて見せた。 「少なくとも、あなた達ほど素敵な関係じゃないわ」 ぼっと火がついたのかと思うほどサンジの顔が赤くなった。目を白黒させて、おたおたと両手を振り回している。 「ななななな何を仰っていらっしゃるのでございますか、オネーサマ! すすすす素敵な関係ってなななな何のことでございましょうかっ!」 「あら」 ニコ・ロビンは苦虫を噛み潰したような顔をしているゾロをちらりと見上げ、やはり微笑む。大人っぽい笑みに、侮れないわ、とナミは横目を使って窺っていた。 「男同士の友情って、素敵だなって思っただけなんだけど…。何か他に素敵なことでもあるのかしら」 「ととととととぉんでもない! 何もございませんでございますよ! ああっ、オネーサマ! お飲み物でもお持ちいたしましょうかっ! ナミさんにもっ!」 「ええそうね、お願いするわ。ナミちゃんは?」 「うーん。じゃああたしも。オレンジジュースお願い」 「畏まりました! オネーサマは一体何をッ?」 「ナミちゃんと同じでいいわよ。悪いけど、急いでもらえるかしら。喉が渇いてきちゃったわ」 「ハイッ! 只今ッ!」 ピシッと敬礼をした後で、肋骨が折れているだとか背中を傷めているだとか、そんなことちっとも思えないような敏捷さで、サンジはラウンジにすっ飛んで行った。その姿を見送り、ニコ・ロビンはくすくすと笑い声を立てている。 「可愛いわね、あの子」 「からかうと面白いでしょ」 「ええそうね」 「……お前ら」 ぽつりと呟くゾロに、ニコ・ロビンは楽しそうな笑顔を見せた。 「誕生日のプレゼントを選ばなくちゃね」 「あ、ゾロ。お金ないなら貸してあげるわよ。今回は特別に利子なしで」 片目を閉じるナミの言葉を聞いて、ゾロは眉を潜めた。あのナミが、利子なしで金を貸してくれるとなると、これは利子のかわりに何かをさせられると言うことだ。警戒するゾロを見て、だって、とナミはすらりとした手を腰に当て首を傾げている。 「サンジ君の誕生日なんだもの。ゾロが何かプレゼントしてあげたら、絶対サンジ君喜ぶと思うな」 「そうね。そうだ、ナミちゃん。私達も素敵なコックさんに何かプレゼントを贈りましょうか」 「あ、そうね。何がいいかなぁ。ねぇゾロ。何がいいと思う?」 「…俺に聞くなよ」 「そうよねー。脳味噌まで筋肉になっちゃってる方向音痴の刀馬鹿には、恋人が欲しがってるものなんて解らないわよねぇ」 「テメェ…」 怖い顔をしたゾロだったが、やがてがっくりと肩を落とし、もういい、と呟いた。 「お前と話してると、疲れる」 「あらそっ。でも疲れようが何しようが、明日はちゃんとあたし達と一緒にいてもらわなくっちゃなんないんだからねっ」 「だから、なんでさっきから俺がお前らのショッピングとやらに付き合わなくちゃなんねぇんだよ。いいだろ、別に。お前らだけで行ってこれば…」 「駄目なの。だってゾロ、あんた、サンジ君へのプレゼント買うんでしょ?」 「ああ」 仏頂面で頷いたゾロに、だったら、ね、とナミは首を傾げて見せた。 「同じ物買っちゃマズイじゃない」 「…そりゃ…そうだけど…」 「でしょ? だったら常に一緒に行動するのが一番なの。ねね、何にするの?」 目をキラキラと輝かせている女から顔を逸らしながら、ゾロは、別に、と呟いた。 「まだ考えてねぇ」 「うっそ。まだ考えてないの?」 長い睫をぴんと跳ねさせたナミに、なんだよ、とゾロは鼻に皺を寄せた。 「なんか文句でもあんのかよ」 「ないけどー…」 「……なんか含みでもあるような顔じゃねぇかよ」 「しっつれいね、あたしは元々こう言う顔よ!」 「あっそ。まぁいいや。寝る」 背を向け歩き出したゾロの背に、ニコ・ロビンは再び本を広げながら微笑んでいた。 「ごゆっくり」 呟く女の声に、ナミが振り返る。なんだか楽しげなニコ・ロビンの顔に、何かを問いかけようとナミが口を開いた時、お待たせいたしました〜っ、と頭の上に銀色のお盆をのせたサンジがすっ飛んできた。くるくる回転しながらやってくるゴーイングメリー号の愛すべきコックの明るい声に、ナミはふと溜息を吐いて、まだ途中だったポイントの整理をすべく、ニコ・ロビンの向かいの席に腰を下ろしたのだった。 |
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