神様が創った特別な人 <再会> |
デスパレスに潜入し、帝王エスタークの復活の時が近付いていることを知った。アッテムトへ急げと告げた銀色の髪が、手を伸ばせばすぐ届く所にあったことに、ユーリルは戸惑った。 仇と憎んだ男が、目の前にいる。 剣を抜けば、その白刃を仇の血に染めることができるほどの距離だ。相手はユーリルがすぐ側にいることに気付いていない。慌しく何事かを、会議室に居並ぶ魔物たちに指示をしている。 そのすらりと伸びた背筋、長くたゆたう銀色の髪、煙るような睫と常人離れした整った顔立ち、ひたと何かを見据える赤い眼差しは帝王を復活させるということに対して真っ直ぐに向けられている。 綺麗だ、とユーリルは思った。 剣を抜くこともなく、魔物の姿で椅子に腰掛けたまま、ぼんやりと魔族の王の姿を見つめていた。帝王復活の知らせを聞いて血気盛る魔物たちとは違い、ぼんやりと王の顔を見つめる魔物に、美しい王は訝しく眉を寄せた。 目が合った、と思ったときにはすでに、魔族の王は背を向けた後だった。しっかりとした足取りで数多の魔物を従え、テラスへ出る背中が風を受けはらみ、マントが銀色の髪と共に翻る。何がしかの魔法を唱え、彼がテラスから飛び立った後を口々に帝王万歳と叫ぶ魔物たちが追っていった。 気付けば、マーニャに肩を揺すられていた。行くわよ、といつになく焦った顔をするマーニャに引き摺られるように外で待っていた仲間たちと合流し、アッテムトへと向かう。 帝王を復活させてはならない。 仲間達が異口同音に叫ぶ言葉を頭に染み込ませ、ユーリルはアッテムトの坑道を駆け下り、そして帝王エスタークと対峙した。 今までにない強い相手ではあったが、どうにか辛勝することができた。もはや立ち上がる力も残っていないほどの満身創痍のユーリル達の側を駆け抜けたのは、銀色の風だった。驚いて目を見張るユーリルの側に、あの魔族の王が立つ。見下ろす赤い眼差しが、ただただユーリルだけに注がれていた。 「……勇者、か…」 その形すらも美しい唇が、何か甘く聞こえるようなひどく澄んだ声を紡ぐ。帝王エスタークの崩御を目の当たりにし、うろたえる他の魔物たちに目も繰れず、魔族の王はじっとユーリルを見下ろしていた。 剣を取らなければ、とユーリルは思った。 この男こそが、シンシアや両親、村のみんなを死に至らしめた元凶なのだ。 旅の詩人などと偽って村に入り込み、魔物を手引きする機会を狙っていたのだ。宿の裏手で座り込み、勇者とはいかなるものかを探っていたに違いない。そこへ飛び込んだユーリルを、いくつもの馬鹿な質問をしたユーリルを、さぞ滑稽な思いで眺めていただろう。 海。 それがどんなものかと尋ねたら、詩人は密やかな笑みを浮べて答えてくれた。 どこまでも続く青い海。南へ下ればブランカ、エンドールとはトンネルで繋がっている。 ユーリルのもがく指が、僅かに離れた場所に落ちていた天空の剣に触れた。ぐっと握り込めば、見下ろす赤い目が眇められる。 サントハイム、キングレオ、イムル、アネイル、リバーサイド。 詩人の口から教えられる町の名が、秘密めいた特別の言葉に思えて仕方がなかった。ユーリルの胸に刻み込まれたそれらの場所へ、いつか行って見たいとあの日のユーリルは無邪気に笑った。 行けると良いですね、と、そう告げた詩人は親の仇であったのだ。 握りこんだ天空の剣を杖に身を起こせば、魔族の王の傍らに控える魔物たちが慌てたように身を乗り出した。彼らに囲われるように立つ男は、それぞれに戦闘態勢を整えるユーリルの仲間達には注意も払わない。 ただじっと、彼はユーリルを見つめていた。 その眼差しが、言葉が、声が、どれほどユーリルを支えてきただろう。 詩人の告げた場所へ訪れることが、何よりも嬉しかった。この地をあの人も訪れたんだと町を見渡すユーリルを、いつだってモンバーバラの姉妹は微笑ましそうに見守っていた。地図には名前の載っていなかったリバーサイドにも訪れた。だがその時にはもう、旅の詩人が魔族の王、デスピサロである事を知っていた。 それでも。 それでもユーリルは、リバーサイドの名を持つ村を見た時に、今までと同じ高揚した気持ちを抱いていた。 剣を構え、いつでも斬りかかれる体制になりながら、ユーリルの手は躊躇っていた。 静かに見据える銀色の髪の持ち主を、この剣で貫かねばならぬのだと思いながらも、腕は頑なに強張ったままだった。 焦るユーリルの前で魔物たちが自分たちの王へ何事かを話しかけている。ひとつ頷いた男は、何を言うでもなく、ただ身を翻した。 去っていく魔族の王の後ろ姿にブライが息を吐き、クリフトがへたれ込む。歴戦の兵のライアンですらも、今は戦わず済んでよかったと額を拭った。 ユーリルは誰の言葉も耳に入らなかった。 ただ、動かなかった手を見下ろし、困惑の嵐の中で立ち尽くしていた。 |
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