神様が創った特別な人 <サントハイム> |
キングレオを落としてもなお、ジプシーの姉妹の仇討ちは終わらなかった。キングレオ城でバルザックがサントハイムにいると聞き、血相を変えるアリーナ達と、バルザックを倒すべく新たな闘志に燃え滾る姉妹とに引き摺られるように、ユーリルはサントハイムを訪れていた。 キングレオと同じく見目麗しく、荘厳華麗な城は、やはり魔の力に落ち禍々しい空気を纏わせていた。 旅に出る前よりひどい、とアリーナが呻いた。やれやれ、と城の入り口の花壇のとっつきに腰を下ろしたブライが、これでは姫様が壊したのか魔物が壊したのやら判断できませんな、とぼやいて転がっていた小さな女神像の埃を払っている。 辺りを調べてくる、とアリーナがクリフトを伴い、ライアン、マーニャ、トルネコがそれに続いて行ってしまうと、残されたのは腰痛がするだの寒さが神経に障るだのとぶつくさ呟いているブライと、不安な気持ちを隠さずに辺りを見渡すミネア、そしてブライに尋ねたいことがあり留まったユーリルの三人が残された。 「あの、ブライ?」 いまだに老師を呼び捨てにすることには慣れておらず、戸惑うユーリルの口調に、ブライはひょいと顔を上げる。 「なんじゃ?」 「聞きたいことがあるんです。えっと、随分前になると思うんですけど、旅の詩人がサントハイムへ来たはずなんですけど……」 「旅の詩人」 ブライが立派な顎鬚を揉み扱いた。 「……はてさて、どうじゃったかのぅ。我が国はこれでも裕福な方ではある。エンドールには劣るが…旅の詩人も芸人も、はたまた踊り子の一座もようござった。陛下がことのほか芸事が好きなお方で、祝い事の余興には旅の者も招かれたわい」 ユーリルは途端にパッと顔を輝かせた。 「それじゃ、銀色の髪の人がいませんでしたか? 詩人なんです、長い髪で、赤い目をしてるすごく綺麗な人」 「赤い目? 赤い目じゃと?」 ブライが大きく目を見開き、ユーリルを見上げる。はいっ、と期待に満ちた顔を頷かせるユーリルの半歩後ろで、ミネアが静かに首を振った。ブライと視線が絡まるのを知ると、またミネアは首を横に振る。それ以上は教えるな、と言わんばかりの様子に、人よりも魔法に長じる二人は、言葉にせずとも意思を伝える術を知っていた。後で理由を教えよよ、と目で告げるブライに、ミネアは慎ましく頭を下げる。 「…さて」 ブライはそらっとぼけた好々爺を演じることにした。顎鬚を扱き、暗雲垂れ込める城を見上げる。 「銀色の髪の詩人ともなればさぞや目立つことじゃろう。じゃが、記憶にはござらんな。わしの記憶は確かじゃが、ひょっとするとわしがおらん間に訪れた者かもしれん。これでも忙しい身の上での。方々に逃げ出す姫を探して城を空けることも多かった」 「そ、うですか……」 あからさまにがっかりと肩を落とすユーリルの背に、ミネアがそっと手を触れさせて微笑む。 「そう気を落とさないで。老師様がご存知なくとも、クリフトさんが知っているかもしれないでしょう」 「…うん、そうだね。でも、だったら、後はイムルくらいしか、残ってない。リバーサイドはどこにあるか解らないし………」 「リバーサイドとな?」 ブライが首を傾げると、ユーリルはまたもや意気込んだ。 「し、知ってるんですか? リバーサイド!」 「むぅ…そう急くな……確か城の文献に見たことがある。そう、見たことがあるぞぃ。どこぞかの大陸の川を挟んで生活する者達がおって、彼らは船で互いの家を行き来しているのだとか。その村の名が」 「リバーサイド……」 ほうっと溜息のようにリバーサイドの名を呟き、ユーリルは微笑んだ。ミネアを振り返る紅玉髄の瞳にきらきらと満ちる期待が宿っている。 「やっぱり川の側だった」 「姉さんにも教えてあげなくちゃね」 「そうだね。ちょっと探してくるよ。遠くまで行ってないと思うし……二人はここで待ってて!」 「あまり離れちゃ駄目よ。見つからなかったら戻ってきて」 「解ってる!」 詩人が教えてくれた街の名の、唯一所在の知ることのなかったリバーサイドが知れるかもしれない事を早くマーニャにも教えたいと、ユーリルは駆け出した。逸る気持ちを抑えきれないユーリルが、すぐに戻るから、と告げようとしサントハイム城の花壇の側を振り返ると、明るい笑顔を浮べていたミネアが不意に表情を消し、厳しい顔をするブライに何事かを話し始めていた。一体なんだろう、とユーリルは思ったけれど、足を止めることはなかった。早くマーニャにリバーサイドのことを教えたかったからだ。 山奥の村を出る前には、こんなにもたくさんの町を回れるとは思っていなかった。地図を見れば、ほとんどの大陸に上陸したし、ほとんどの街にも足を運んだ。山奥の村で詩人が告げた町の名の、大半にはすでに足を踏み入れたことになる。 マーニャ達の姿を探しながら、ユーリルは口の中で詩人の告げた名を反芻した。 「ブランカ、エンドール、アネイル、キングレオ……サントハイム」 今まで所在の知れなかったリバーサイドも、サントハイム城の中にその手がかりがあると言う。 残る二つの街、イムルとリバーサイド。 いずれどちらにも足を運べるだろう。 サントハイム城にいると言うバルザックを倒した後、何もあてがなければどちらかに行ってもいいか訪ねてみよう。何度も地図で確認したイムルは、確か隣の大陸だ。エンドールやブランカとは決して越えられぬ山を隔てていくことはできなかったが、今では船がある。陸路ではなく海路で目指せば訪れることもできるだろう。 城の裏手に見知った姿を見つけ、ユーリルは駆ける足に力を込めた。 イムル。 どんな街だろうか。 高鳴る期待が裏切られることなど、その時のユーリルは少しも疑っていなかった。 |
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