一途な獣 < 知略 > |
滅ぼされた村、と当てこすられた村は山奥にある。実際にピサロの指揮で滅ぼされた村ではあったが、すべての戦いを終え、村は少しずつ形を変えつつあった。 以前はいくらか建っていた小屋もすべて取り払われ、粗末な掘っ立て小屋が一軒、風に吹き飛ばされるのではないかと思う風情で建っている。たった一人で世話をしている畑と、季節に応じ咲き乱れる花、流れる水の清らかさとののどかな風景に、訪れたピサロは目を細めた。 果たして連れ去られたエルフの娘は、村の真ん中の花畑に腰を下ろし、側の畑で野良仕事に精を出す勇者と呼ばれた少年と楽しげに話をしていた。気配に聡い娘は振り返り、穏やかに微笑んだ。 「あら、随分とお早いのですわね」 膝の上には作りかけの花の冠がある。たおやかな手指には似合わぬ作業なのか、それとも生来が不器用であるのか、とても冠とは呼べぬ有様ではあったが、ロザリーは楽しそうに頭に被った冠に触れて見せた。 「ユーリルさんが作ってくださったんです」 ロザリーの膝の上のそれとは比べ物にならないほど細やかに編まれた冠に、そうか、とひとつ頷けば、鍬で畑を耕していたユーリルが顔を上げた。 「あ、いらっしゃい」 手についた土くれをぱっぱっと払い、ユーリルが近付いてこようとするのをピサロは留めた。 「邪魔をしたようだ。すぐに連れ帰る」 花畑の中に腰を下ろしていたエルフの娘に手を差し出し、立つように促すと、ロザリーは少しばかり眉を寄せる。 「まだ冠ができておりません」 「ロザリーヒルで作れば良かろう」 「でも、これはユーリルさんに差し上げるものですもの」 「そんな不恰好なもの、被れはせぬ」 ま、とロザリーは目を丸くして、そしてすぐに頬を膨らませた。愛らしい仕草ではあるが、ピサロにとっては厄介なもの以外のなにものでもなかった。 「ピサロ様、ひどい」 ふくれっつらをしながらも、ロザリーは差し出されたピサロの手を拒まなかった。たおやかな手は魔族の手を借り立ち上がり、ドレスについた草きれや土誇りを軽く払う。 「そう思うのならば連れ去られたなどと伝言をさせるでない」 「少しは焦って下さいまして?」 「それなりには」 「それならよろしゅうございますわ」 にこりと微笑んだロザリーはまだ編みかけであった冠を、側にやってきていたユーリルの頭に乗せた。案の定、緑の髪に触れた途端、ぽろぽろと零れる花の冠にロザリーは残念そうだ。 「ユーリルさんが作られたのはとっても素敵だったのに」 「練習すればきっとうまくなるよ」 頭から零れる花をそのままにユーリルが微笑むと、そうですわね、とロザリーも穏やかな笑みを浮べている。それを見やり、ピサロはロザリーを抱き寄せた。 「もう良いだろう。戻らねばならん」 花の香りのする身体が腕の中に滑り込んでくるのを受け止め、ピサロはルーラを詠唱する。 ピサロが唱える呪文に、ロザリーではなくユーリルが慌てた。ちょっと待って、と言いながら、小屋の側の窯を振り返る。慌しい姿は目の端に捉えられてはあったが、すでに詠唱は終りに近付いていた。 「もうちょっとで焼け……」 ユーリルのその言葉と、ルーラの呪文の最後の言葉とは同じに発せられた。目を見開いたユーリルの顔を最後に、ピサロの目は滅ぼされた村から一転し、ドワーフや動物で活気溢れるロザリーヒルを映すことになる。 呪文の波動を感じたのかガシャガシャといつもより騒々しい甲冑の音が近付いてきた。 「ピサロ様」 とんと軽く胸を叩かれ、ピサロは離れるロザリーを見下ろした。 「ピサロ様、ひどい。ユーリルさんがお話をしていらっしゃったのに」 確かに何かを言っていたような気はするが、とピサロは眉を寄せた。その表情をどう捉えたのか、ロザリーはさっと身を引くと、いつになくきつい眼差しでピサロを見上げる。 「行って下さいませ、ピサロ様。ユーリルさんのお話を、ちゃんとお聞きになって」 「だがあれの話は…」 いつも下らなく、些細なことばかりを嬉しそうに話している。短い時間ではあったが、共に旅をした間、その些細で下らない話ばかりを聞かされていたピサロとしては、ユーリルの話に取り立てて重要なことがあるとは思えなかった。そのような類のことを告げれば、ロザリーはますます厳しい顔をする。 「ピサロ様。ピサロ様はユーリルさんのお気持ちをないがしろにされています。いいえ、ユーリルさんのお気持ちを良いようにあしらっていらっしゃるのですわ。まるで、そう、ピサロ様はマーニャさんが仰っていた通り……まったくその通りですわ」 どうやら憤慨しているらしいロザリーに、あの踊り子は何を吹き込んでくれたのやら、とピサロは呻いた。 「……何と」 「いつまでもあると思うな男と金」 ピサロを見上げてきっぱり言い放つロザリーに、出迎えに出ていたピサロナイトががくっと息絶えたように肩を落とす。 「………ロザリー様…」 呻くピサロナイトの気持ちは、おそらくピサロと同じだろう。しくしくと泣き出しそうな風情のピサロナイトを横目に眺めながら、ピサロは諭した。 「それは、おそらく…使う意味が違う」 「いいえ、ユーリルさんも殿方ですもの。違いません! いつまでもユーリルさんのお気持ちが、ピサロ様にあると思われていらっしゃるのでしたら、大間違いです! ユーリルさんがお話をされている途中で立ち去られてしまうだなんて、ピサロ様はユーリルさんはずっとあの村にいらっしゃって、ずっと変わらずピサロ様を迎えてくださると思い込んでいらっしゃる証拠です。底なしの傲慢さですわ!」 それは多分、踊り子の妹の受け売りだろう。 あの姉妹め、と額に手を当てるピサロの脳裏には、舌を出して嘲笑うモンバーバラの姉妹が飛来していた。 「ユーリルさんだって、いつかあの村を去られるかもしれませんのよ。その時になってから後悔をされても遅いのです」 「解った。もう解った」 さらに言い募るロザリーの言葉を遮り、ピサロは大きな溜息を吐いた。 「これから村へ戻る。話途中で去ったことを詫びてくる。それで良いのだろう」 ロザリーはそれを聞くなり、にっこりと微笑んだ。 「ええ」 「ではそうしよう。後を頼むぞ」 最後はピサロナイトに向けて告げ、ピサロは再びルーラの呪文を詠唱した。ユーリルさんによろしくお伝えくださいませ、とたおやかに微笑むエルフの娘と、何やら甲冑の奥で不憫そうな眼差しをするピサロナイトに見送られ、ピサロはロザリーヒルを後にした。 |
NEXT < 羨望 > |