一途な獣 < 誘拐 > |
ガシャンガシャンと硬質なもの同士がぶつかる騒々しい音に、巨大な執務用の机に向かい、羽ペンを走らせていたピサロは顔を上げた。音と気配から察するに、ロザリーヒルを任せているピサロナイトだと知ったのだ。案の定、ピサロの執務室の前で止まった音は、一拍の後に扉を叩いた。 「陛下、ピサロナイトにございます」 「入れ」 ピサロが許可を出せば、巨大な扉の片側だけを開き、ひどく動きにくそうにピサロナイトが入ってくる。甲冑はぎくしゃくと会釈をし、その場に膝を付いた。 「何かあったのか」 魔族を束ねる王ピサロに反旗を翻したエビルプリーストとの戦いは終わった。被害は少なからずあったが、戦いに傷付いた魔物たちも癒え、壊れた建物も修復を終えた。人間との諍いは変わらずあるが、エビルプリーストにすべてを操られていたあの頃ほどではない。 また、ロザリーヒルの様子も以前とは少しばかり変わった。 塔の中だけに閉じこもっていたロザリーが出歩くようになった。エルフの涙はいまだ心ない人間に狙われてはいるが、村に住まうドワーフや動物、果ては魔物までもがロザリーを守ろうと団結をしている。 何かあるとは思えないが、と言外に告げたピサロに、ピサロナイトは深く頭を垂れる。 「ロザリー様が連れ去られました」 「……なんだと?」 ひどくあっさりと告げられた言葉に、ピサロは訝しく眉を寄せた。その割にはピサロナイトに焦りが見られないのはおかしいし、万が一そうであったのならピサロナイト自身無傷ではないだろう。騙そうとしているのか、それとも何か考えがあってのことか、と図るピサロに頭を垂れたままのピサロナイトは付け加えた。 「と、お伝えするように、と申し付けられました」 ピサロはふと息を吐く。あり得ないと思いながらも、知らず息を詰めていたようだった。 書類に走らせていた羽ペンを握る手の動きを再開させながら、ピサロは扉の前で畏まる甲冑に顔を向けずに問うた。 「誰にだ」 「ロザリー様にございます」 「……また何か下らん遊びでも思いついたのだろう。どこへ連れ去られたのだ」 「それが、その…」 珍しく言い淀むピサロナイトは、無言で先を促されひどく言い辛そうに告げた。 「ロザリー様は、滅ぼされた村へ行く、と仰っておられました」 今度こそ本当にピサロは深々と溜息を吐いた。羽ペンをインク壷に投じ、痛みを覚えた額に手を当てる。ぐいと力をこめて押せば頭痛は更に増すようだった。 「……滅ぼされた村に」 「御意に」 「…なるほど、解った」 そして軽く片手を払う。 「もう良い、下がれ。ロザリーヒルへ戻り、常と変わらぬ任につけ」 「畏まりました。失礼を」 来る時と同様にガシャンガシャンと騒々しい音を立てて去っていくピサロナイトのいなくなった場所を眺め、ピサロは溜息を吐いた。 今日中に片付けなければならないと思っていた書類はまだ山積みではあったが、連れ去られたと主張する本人を迎えに行かねば、次はどんな手を使うか解らない。最近、かつては泣いてばかりだったあのエルフの娘は、誰に感化されたのやらひどく逞しい性格になりつつある。女は強くなくっちゃねー、と鉄の扇をひけらかしていた褐色の肌の踊り子の姿が頭を過ぎり、ピサロは思わず呻いた。 「………会わせる相手すら選ばねばならんのか…」 エルフの娘を二度と踊り子になど会わせてなるものか、とピサロは腰を上げた。残念だが、今日中に終わらせるはずだった仕事は明日か、そうでなければ夜遅くまでにも持ち越さねばならないようだった。 部屋の隅にかけてあったマントを羽織り、バルコニーに出る。春が近いのか、随分と暖かくなった風にそっとルーラの詠唱を乗せれば、ピサロの姿は一瞬の後にデスパレスからかき消えていた。 |
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