箱の中の星



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病室に入ると進藤は囲碁雑誌に目を通していた。
たぶん緒方が置いていったものだろうと推測した。

「進藤・・」


呼びかけると進藤は僕に聞こえるほど大きなため息を
ついた。


「今 病院に来る途中で緒方さんにあったよ。」


先に自分からそれを話題を持ち出したのは少しでも自尊心を
保つためだ。



「そっか。先生さ、名人位を掛けて俺の挑戦者としてもう1度
名人戦をやり直したいって、わざわざここまで言いに来たんだぜ。」

「ああ。聞いたよ。」


「全く無茶言ってくれるよ・・・・
けど、俺うれしかったけどな。」

そう言った進藤の表情は穏やかで遠くて僕は逆に心臓をわし
掴みされたように痛かった。



「進藤 君が緒方さんに預けた名人位だけど僕が横から奪ったら。
君はそれでも戻ってきてくれるか。」


進藤は驚いたように僕の顔をじっと見つめた。


「お前が名人位?」

僕は後一勝で 名人戦リーグ入りを果たす。
それはなんとしても落としたくない一戦だった。


「だったらお前こんな所で油売ってる場合じゃないだろ。先生から
聞いたぜ。お前研究会全然顔出してないんだってな。しかも勝敗
成績もひでえ有様じゃん。」

進藤は手に持っていた雑誌を僕の方にほうり投げた。

そこには先日僕が打った棋譜が載っていた。
相手は6段の越智、負けたのは僕の方だった。
越智を相手にして負けたのはもちろん
初めてのことでメディアはこぞって僕の不調を叩いた。


「お前の碁じゃないよな。それ、ひょっとしてお前の不調俺のせいに
するつもりじゃないだろうな。」


雑誌には僕の不調は進藤の突然の引退が原因ではないかと
いう憶測が書かれていた。

「違う。不調は僕の弱さのせいだ。」

「それがわかってるならここには来るな!」

進藤はそう叫ぶとうつむき加減で唇をかんだ。

「少なくとも名人リーグ入りするまでここにはくるな。」

「進藤!!」



名人リーグ最終戦までには今から3週間以上あった。
だが僕はそれに頷くしかなかった。





     
      


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箱の中の星11