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 バイオリン二重奏








     
   朝早く僕が目を冷ましたのはバイオリンを調弦している音だった。
      このバイオリンの音色はヒカルの・・・。

      工房へ入ろうとして窓からヒカルがバイオリンを弾いて
      いるのが見えた。

      それは昨夜僕がヒカルに預けたバイオリンだった。



      それをヒカルはまるで大事な宝物にでも触れるように
      いや恋でもしているように優しく調弦していた。




      慎重に松脂を施して君が静かにバイオリンを構えた。


      トクンと胸の鼓動が大きくなる。

      奏でたメロディは、僕の知らない曲だった。


      静かに秘めた旋律はやがて激しい旋律にかわっていく。

      テンポもラルゴからアレグロへ・・・切なく何かに追われる
   ように上り詰めて・・・・。

      やがて駆け上がりのぼりつめた音は一瞬のうちに無音と
   いう闇へと落ちていった。






      まるで激しい恋が一瞬のうちに焼けつくされてしまったような
   感覚に僕は言い知れぬ不安と胸の震えがしばらく止まらなかった。



      ヒカルはしばらくその余韻に浸るように佇んでいて・・・
      僕は締め付けられるような想いを抱いて工房へと足を踏み入れた。


      「ヒカル」

      「アキラ!ごめん起した?」

      「すごくいい演奏だったから。」

      「お前のバイオリン調整してたつもりがさ、つい。」

      そういって調整を終えたのだろうバイオリンをヒカルは慌てて
   ケースに仕舞いこんだ。

      「いいよ。ところでその今弾いてた曲は何って言う曲なの?」

      「火の国の神って言うんだ。」

      「火の国の神?」

      それは初めて聞いた楽曲名だった。


      「うん、俺さ、佐為とアマの楽団に入ってるんだ。
      そこでコンダクター(指揮者)をしてる緒方先生が作曲した
      曲なんだ。」

      「緒方先生ってひょっとして作曲家の緒方精二先生?」

      「塔矢知ってんだ!!」

      「有名な方だからね。父とも交流があるよ。」

      「そういえばそんな事緒方さん言ってたっけ。
      佐為とも古い友達らしくてさ、本職は作曲家なのに
      俺たちの楽団の指揮をやってくれたり、曲を作ったりしてくれるんだ。

      そうだ。今日楽団の練習日だからアキラもこいよ。佐為は先生と
      出かけるって言ってたしさ。」


      僕はヒカルから工房のバイオリンを借りてヒカルの所属する
      楽団の練習に付き添う事にした。








      乗客もまばらな路面電車は路地裏の小さな小路を通り抜け市内を
      ゆっくりと進んでいく。


      触れられそうな程近くに感じる真っ赤な紅葉のトンネルに
   まるで招かれているようだ。


      「あのさ、アキラ」

      躊躇いがちにヒカルが僕に話しかけてきた。

      「何?」

      「『火の国の神』は、叶わぬ恋をしたんだ。」


      朝ヒカルが弾いていた曲には戯曲があるのだと知って
      相槌を打った僕にヒカルは話を続けた。


      「恋をした相手は泉の神の娘でさ。だけど彼女にはもう
      倭に親の決めた相手がいたんだ。

      火の神と彼女は互いに求めあい逢瀬を繰り返すんだけど、
      それが彼女の親に知れてさ・・・彼女は無理やり倭の神の
      元へと嫁がされる事になって。
      そして・・・倭に行く日彼女はうちをこっそり抜け出して、
      火の国の神の山へその身を投げるんだ・・・」


      「それがあの曲の・・・?」

      「うん。今でも火の国には枯れる事のない泉があるんだってさ。」


      どこかで聞いた事があるその逸話と
      先ほどのヒカルの演奏と重ねて僕はなぜだか胸が痛くなる。


      「ごめん。変な話して・・・次だからさ。」

      「ああ。」


      『火の国の神は叶わぬ恋をしたんだ。』
      そう言ったヒカル・・・・。

      それは僕と君の事を言っているのだろうか。
      自惚れではなく・・・だから君はあんなに切なくバイオリンを
      奏でたのだろうか。

      問いたくて 問いただせない想いを・・・今はただ手にしている
   バイオリンを強く握りしめる事で押さえ込んだ。


      やがて路面電車が止まったのは、
      駅と言うには小さすぎるほどの停留所で
   僕らは紅葉のトンネルを並んで降りた。







   
  

これは今回初UPですね。書いたのは随分前ですが。
しかしこれ上げると続きを書かなくちゃいけないのでどうかと
思ったんですが・・。続きはどうしましょうか(苦笑)

  


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