大地へ






     
塔矢先生と地下鉄に乗り込んで門前駅で下車した。


「進藤君 天安門は初めてかね。」

こっちに来てから観光などは一切していなかった。
なにより勉強にきてるのだという意識があったし、伊角や和谷たちが
来るときに一緒にいけるだろうと楊海の申し出を断ったことがあるのだ。

「いいえ。俺 観光とかはぜんぜんしてなくて 楊海さんと買出しで近くまでは行った
ことがあるんだけど。」

「それなら是非今日見ておくといい。進藤君 たまには囲碁から離れてみるのも
良い勉強だよ。全てを囲碁に費やす事よりも 一時 (いっとき)でも 頭を 空(くう)
 にする。それも大事な事だ。そうする事で見えないものが見えてくる事もある。
特に中国はとても広大な大地だ。せっかくの機会だから折にふれ自然や歴史に
立ち寄るといい。」

「はい。」




先生と門前駅から天安門を臨む。


とにかく広くて、圧巻だ。それでいて近づきがたい雰囲気は感じさせない。
独自の温かさがある。だが、この広場には数々の惨事があってその上で
成り立つ場所であることを先生は説明してくれた。

不思議な空間。人の過ちやおろかさを見つめ続けてなおもこの場所は
存在する。その全てを受け入れるように・・・・。


そういえばここの風景は変わっている。

天安門から続く離宮 景山公園は古いたたずまいを残しているのにその周りには
高層ビルやマンションが所狭しと並ぶがそれに圧迫感はない。



古い町並みも新しいものも吸収してこの大地は成り立っているのだ。





西単の端まで来ると先生が休憩を提案してきた。

「進藤君 お腹がすいただろう。この辺は屋台でもおいしいところがあるんだ。」


先生が屋台などに足を運ぶとは驚いたが俺は結構すきだった。 
楊海と買出しに出掛ける時はたいがいは屋台の点心や面類を食べた。

「はい。」


先生の行きつけらしいその店は本当に小さなカウンターがあるだけだった。
先生とおなじものを頼むと小ぶりのシャオチー(餃子のようなもの)とジャスミン茶が
でてきた。そのシャオチーは口の中に入れると温かいスープが広がった。
それがとてもうまいのだ。

「先生これマジうまい!!」

「はは。気に入ってもらえてよかったよ。」

笑いながら応える先生は俺が今まで描いていた
イメージとは全然ちがうような気がした。

どちらかっていうと塔矢みたいに融通がきかなくて頑固で囲碁しか
やらないのかななんて・・・あいつに言ったら怒られそうだけど。

そういえば先生は塔矢とはこういう所に来たりするのだろうか?

俺は疑問に思ったことを口にしていた。。


「先生 は とう・・いや、アキラくんとはこういった所に来たりするんですか?」

「アキラとはないな。残念ながら親子として向かい会う機会よりも
師匠という立場が邪魔してしまってね。
そうだ。進藤くんはアキラと仲がいいらしいがどうかね。
こういった所やファーストフードなんかはいくのかい。」

反対に俺が先生に聞かれて返答に困ってしまう。


「えっと俺も残念ながらあいつとはその・・・碁会所や研究会で碁を打つぐらい
しか・・・」


返事がしどろもどろになったのはやましさのせいだ。
まさかアキラとは恋人などとは口が裂けても言えない。

「そうか、アキラももっと融通があってもいいんだがね。私としては高校進学も
薦めたのだけど、聞かなくて。」


俺は先生に塔矢の親としての戸惑いや寂しさを垣間見た気がした。
優等生過ぎるのも親には悩みなのだろうか。



「へんな話しをしたね。マンションへ行こう。」


俺はこの時はじめて自分でなく塔矢が中国に来ればよかったんじゃないかと
思った。

半年間ここで暮らすという先生と塔矢のお袋。

一緒に暮らせなくても週末には会えただろう。

俺でなくこうやって先生はアキラと歩きたかったのかもしれない。
そう思うとなんだか申し訳ない気分になった。

あいつ今頃どうしてるんだろう。



思い浮かべた塔矢は凛とした力強い塔矢で余計に俺は悲しくなった。
     
      



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