RAIN

2

 

     




アキラは閉じられた扉の前で小さく溜息を吐いた。

ここの所進藤に感じているこの違和感はなんだろう?

焦燥感、苛立ち、不安、疑念・・・。

アキラはそれを言葉置き換えて小さく首を振った。

言葉にするとどれも今感じているものと違うような気がする。


進藤は今ただ真っ直ぐに碁界の頂点へと駆け上がっている。
それが自他とも認めるライバルのアキラにとって障害となるわけ
ではない。
むしろ彼がそういう立場であればあるほど、アキラの心の中は
沸々と湧き上がる思いを強くしている。
負けたくないという思い・・・。
もっと強くなりたいという強い意志だ。


けれど今の進藤はそれとは違う危うさを含んでいる気がするのだ。
憂いを帯びた表情も、最近アキラを避ける傾向もただの思い過ごしだろうか?

アキラが気がかりなのはヒカルが中3の時「もう打たない」
と言ったあの時の彼とそれがどこか重なるからというのもある。




考えすぎかもしれない。

アキラは小さく溜息を吐き、進藤と二つ間を開けた部屋に
入った。
進藤と腹を割って話が出来ればいいのだが。

バタンと戸を閉めて、廻る考えにもう1度溜息を吐く。
ここに独りでいても解決するわけではない。



アキラが棋士仲間と出掛けたのはその後すぐだった。






緒方が部屋をノックするとすぐに戸が開いた。
待ちわびたと言うより、待ちくたびれたような不満顔がそこにあった。


「先生遅えよ」

「そんなに我慢出来なかったのか?」

「まあ、そうかな」


進藤はほんのり頬が赤かった。酒でも飲んでいたのだろう。
久しぶりに荒れてるな、と言うのが正直な所だ。

「それで、どうした?」

「どうしたって、わかってるだろう」

体を押し付けるようにすり寄るヒカルに緒方は笑った。

「性急だな。酒の匂いもする。今日の対局とは随分違うじゃないか」

ヒカルははて?と首を傾げる。

「今日の対局、そんなにオレ遠回しだったか」

「そういう意味じゃない。今日のお前は何もかも近づけない程
冴えてたぜ。付け入る隙もない程な。
まあこういうのは対局相手に言う事じゃないんだろうが」

そう言いおいて、緒方はヒカルの耳朶を軽く噛んだ。

「あっ」

そこが弱いヒカルはそれだけで甘い声を上げその身を緒方に預けるように弛緩した。

「今のお前は隙だからけだ。オレじゃなくてもいいだろう」

「そんなことない」

「だったな、お前はあいつがいいんだから」

「緒方先生?」

緒方はヒカルの耳を食みながら、Yシャツのボタンを落としていくほんのり色づいた体がすでに緒方を誘っていた。

「呼ぶ名が違うだろう」

指を留め、優しく咎めるとヒカルが唾を飲み込み喉を鳴らす。

「アキラ・・・」

控え目に躊躇した声には罪悪感が入り混じっていた。
けれど、それもやがては消えていく。


緒方の腕の中でその名を口にするたび、進藤の中で何かが壊れていく。

けれども、それと引き換えに進藤は誰も引き寄せぬほど強くより高く上って行くような気がしている。
ただの興味本位かもしれないが行きつく先を見てみたいのだ。

その為なら支えてやってもいいと思う程には想ってる。

「上出来だ」

緒方はいつものようにアイマスクをヒカルに施すともうその後は声を掛けなかった。






先ほどこのホテルを出て行ったあいつは何も知らないのだろう。
それが滑稽であり、胸が痛くもなる。

「一度でいい・・」



そう呟いたヒカルを緒方は強く抱き寄せ掻き抱く。


何度だって抱いてやると言葉に出来ないまま、




ヒカルを抱くたびに緒方もまた自らの中で何かが壊れていく
ような気がしている。




                                      
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緒方さんとは割り切った関係にしようと思っていたはずなんだけど苦笑。結構本気モードじゃないですか?これからどうしよ(滝汗





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