RAIN

3

 

     




アキラは目覚めのシャワーを浴びて,
軽く身支度を整えるとホテルの部屋を出た。
一旦進藤の部屋の前で立ち止まりノックしようとして躊躇した。

まだ寝たいるかもしれない。
それより今日は二日目の対局というのもある。
そうでなくても気の張るタイトル戦の1局目の途中、進藤の心を
乱すようなことはしたくはなかった。
アキラの好意は今のヒカルにとっては迷惑でしかないのかもしれない。

アキラは昨日と同じように溜息を吐き、そのまま素通りするとエレベーターに乗り込んだ。

扉が閉まる前に進藤の部屋が開いて長身の影が動いた。

「えっ?」

エレベーターが動き出したと同時にアキラはボタンを押したが
間に合わなかった。

「緒方さん?!」

進藤の部屋から出てきたのは緒方だった。
エレベーターが閉まる前に微かに見えただけだったが、
あの風貌は間違いなかったと思う・・?



1階のフロントに付き、アキラはエレベーター前で階を見上げた。
2基あるエレベーターは途中で6階に停まりそのまま1階へと
降りてくる。
もし緒方が乗っていたら・・・。

対局者とはいえ緒方と進藤が一緒に居たって別におかしなことでない。
だが。アキラには最近ヒカルにも緒方にもひっかかっている事があった。

エレベーターが1階に到着し、降りてきたのは和谷1人だった。

「和谷くん?」

「塔矢、おはようってどうかしたのか」

「あ、いや和谷くん他にエレベーターに同乗者はいなかった?」

「いや、下りてくる最中オレ1人だったぜ」

明らかに和谷の不審気な表情にアキラは肩を落とす。

「すまない、変な事を聞いて」

「ひょっとしてお前進藤を待ってたのかと思ってさ」

和谷は結構勘がいいとアキラは思う。

「そういうわけじゃないんだ。ただ昨日の対局後の進藤は少し気になってはいたんだけど」

「ああ、それはオレもだ。昨夜メール送ったけど返信なかったし、
あいつ気分転換した方がいいよな?
対局後もあんなに気が張ってちゃな。あいつちゃんと
昨日寝れたかな」

「そういうメンタル部分を含めてのタイトル戦だから、進藤には
乗り越えて欲しいと思ってるよ」

「まあお前もタイトルホルダーだからな。進藤のプレッシャーもよく
わかるよな」

和谷とエレベーター前で話してるうち、アキラが載っていた
エレベーターが戻ってくる。

ちらりとそちらに目を向けたが緒方は載っていなかった。
それにホッとしたのか残念なのか、自分でもわからない。

「まあ、進藤にはオレからも声掛けとくよ。あいつ放っておくと
時々危なっかしいからさ」

同感とばかりにアキラもそれに頷く。不思議とこういう所は
和谷くんと気が合う気がする。

「ありがとう、僕だとどうしても進藤は喧嘩腰になるから」

「そりゃ、塔矢と進藤は自他とも認めるライバルだからな」



和谷と別れてからアキラはもう1度エレベーターを見上げた。
緒方さんになら問う事が出来る。
だが、躊躇う思いがアキラにはある。

もし進藤が緒方と一緒に居たとして、アキラに不都合があるだろうか?

もやもやしたこの苛立ちが何であるか今のアキラには
わからなかった。








1局目、二日目はヒカルの封じ手から始まった。
静かで、激しい戦いは午後には進藤の勝利で幕を閉じた。




この日はあいにく、対局を終えたごろから雨が降り出していた。
荒天の天気予報の通り、帰り支度が整う頃には
雨を風も強くなり鉄道の乱れも出ていた。

ヒカルは取りあえず荷物を送る手配をし、一度激しい雨の降る外に出た。
雨はまっすぐに真っ暗の空から叩きつけてくるようだった。


この雨の中をホテルに向かって走ってくる車があった。
その車には見覚えがあった。
車をホテルに横づけ、彼女は降りてきた。

「進藤くん、第1局勝ったんだって、おめでとう!!」

「おめでとうは気が早いってそれより市川さんこの雨
の中来たのか?」

「まあ、雨がひどくなったのは30分ぐらい前からだけどね。天気予報より早いわよ」

「にしても塔矢のやつ、市川さんをこんな所まで迎えに来させたのか?」

市川は笑いながら手を横に振る。

「違うわよ、天気が荒れるって言うから私が勝手に来たの。進藤くんも一緒に乗って行ってよ。鉄道もダイヤ乱れてるみたい
だし」

「ありがとう、でもオレはいいや」

「あら、私の運転じゃ不安?」

「そんなじゃないよ。オレお邪魔だし」

市川がそれに苦笑する。

「そんなの気にしなくていいのよ。最近碁会所には来ないのもそれが理由なの?」

「それは忙しいからだよ」

「ならよかった。進藤くん多忙だもんね」

そこでアキラがホテルから出てきてヒカルは首をすくめた。
隣りに居た市川の表情が綻ぶ。それを見ぬふりした。

「アキラくんお疲れ、」

市川に続いてヒカルもアキラに声を掛けた。

「塔矢お疲れ!!」

「君の方が僕より疲れてるだろう」

塔矢の顔はどこか不満気だ。ヒカルが市川と話をしていたからだ
ろうか?
迎えに来て貰ってそれはないだろうと、ヒカルは手でリアクションをしてワザとおどけて言った。

「お前市川さんに迎えに来て貰うってどんなリア充だよ」

その声は風と雨で流された。

「進藤、君も一緒に帰らない」

「帰らねえよ」

即答で、はっきりと断る意志を示した。それぐらいで塔矢には丁度いい。

「私も誘ったんだけどね」

市川が申し訳なさそうにフォローしてくれる。

「ほら、さっさと乗って帰れよ、市川さんが濡れるだろ」

ホテルの玄関で庇があると言え、横殴りになった雨は肩に足に
かかる。

「進藤君、碁会所にも遊びに来てね」

「おう、じゃあまた」

「あっ、進藤・・・。」

アキラが何か言いかけたがヒカルはその言葉を聞く前に後ろ手で手を振った。







ホテルに戻るとフロントに緒方が座っていた。

「アキラくんは帰ったか?」

「ああ、市川さんが迎えにきたぜ」

「それでお前はそれを指を咥えて見てたのか?」

「いや、別にそんなじゃないけど」

本音と強がりと半分ぐらいだ。緒方はそれに苦笑した。

「そんな顔をするな。代わりにオレが送ってやる」

「先生車で来たのか」

「今日は天気が悪いって元から予報が出てたからな」

「うん、じゃあ遠慮なく。車の中で今日の検討でもするか」

「なんだ昨晩の続きじゃないのか」

ヒカルはぷっと噴出した。

「先生そんなだと、次もオレに取られるぜ」

「誰がだ。昨夜泣きついて電話してきたやつに言われたくない」

「泣いてないし」

ヒカルはそれに笑った。笑いながら本当に涙が出そうになる。
緒方はそんなヒカルを察したのか、軽く肩を抱くとポンポンと叩いた。
そういう緒方の優しさはありがたくも時々苦くなる。

「帰ろうか」

「ああ」



地下の駐車場に降りる前、2人きりになったエレベーターの中で緒方とキスした。


そのキスは雨の匂いがした。


                              4話目へ









アキラ×市川さんなCP
私の心の戦友!?文叔さん(男性の方です)のブログ小説ではアキラくんは市川さんと結婚してまして(苦笑)そのお話を読んでから
こういうのもいいかなっ・・と思っての初な挑戦です。といっても大本命はアキラ×ヒカルですよ。もちろん。               緋色





碁部屋へ