この空の向こうに
(プライベート)

15






     
封じ手を立会人に渡すとアキラは一気に集中力が切れ疲れたと感じた。

初日なので簡単な感想戦を済ませた後アキラが外に
出ると伊角と並んで歩く勲の姿があった。

緒方に「勲を弟子にしたいか?」と問われた時は
「わからない」と答えたアキラだったが・・・。

アキラはこの時初めて伊角が羨ましいと思った。
もし勲がアキラの弟子であればヒカルともっと一緒に
居られる時間があったろう。それが口実であれだ。

そんなことを思ったアキラは自身に叱咤したが、その想いを
消すことはできなかった。




レストランで入れ違いにアキラは伊角と勲に出会い話しかけた。

「勲くん今日は疲れただろう?」

「はい、もうくたくたです。対局中はそんなに感じなかったん
だけど終わった後もう、」

伊角はそれに苦笑した。

「ああ、部屋に戻ったら『もう寝るっ』て言い出すから無理やり
食事に連れ出したんだ。」

「それは大変だったね。」

「ううん、オレより塔矢名人のほうがもっと大変だと
思う。あんな長い対局オレじゃあ到底無理だ。」


「勲には持ち時間6時間の対局は流石に早いだろうな。
明日もあるんだから今日は風呂に入って早く寝ないとな。」

伊角に即されて勲は頷いた。

「はい。それじゃあ塔矢先生おやすみなさい。」

「おやすみ。」


そう言って伊角と去っていった勲の後姿をアキラは見送った。
アキラには見えないがヒカルもそこにいるのだろう。

そう思うと二人の姿が見えるまでそこを離れることが
出来なかった。





三度目アキラが勲と会ったのはエレベーターの中だった。
先に乗っていた勲の行き先は8階でアキラと同じ階だった。
風呂上りだろうか。髪が少し濡れていた。

「勲君ひとり?」

「はい。伊角先生は他の先生たちと打ち合わせです。」

「そう。」

2人だけのエレベーターに沈黙が流れた。
8階で降りて並んで歩く。
アキラは自室の部屋前に来て勲に話しかけた。

「勲くんよかったら今から僕の部屋にこない?」

「でもオレ伊角先生に早く寝るように言われたし。」

アキラはカードキーで素早く戸を開けると勲の腕を引いた。

「塔矢先生?」



驚いた勲が一瞬躊躇したが構わなかった。
部屋に入った瞬間アキラは勲を抱きしめた。


腕の中の小さな体が身じろいだ。

「・・・どうしてオレだとわかった?」

アキラがヒカルだと確証したのはその瞬間だった。

「見た瞬間から。大体勲くんの部屋は8階じゃないだろ、」

当てずっぽうだったがアキラはそう言い切った。
勲の・・・ヒカルの顔がみるみる染まる。

「勲が起きちまうだろ!!」

構うものかと言うようにアキラはますますその体を強く
抱きしめた。

「塔矢!!」

ヒカルがドンドンとその背を叩いたが小さなその体肢では
敵わなかった。

「僕に・・・会いにきてくれたんだ。」

震えるアキラの声にヒカルはドンドンと叩いていた拳が止まった。

「・・・そんなじゃない。ただちょっと、」

「君はウソが下手だな。」

アキラは崩れこむようにしゃがみこみヒカルを抱きしめた。
ヒカルは耐えるように結んでいた手をアキラにおそるおそる回した。



「とう・・・・や」

言葉はなかった。




しばらくただそうしていたがヒカルはその腕を解いた。
アキラはヒカルを放そうとはしなかったが。

「そろそろ部屋戻んねえと。伊角さんが心配するし、勲も
相当疲れてるんだ。」

アキラはそれでも腕を解かなかった。

「塔矢!!」

「嫌だ。」

アキラははっきりとそう言った。

「そんな子供みたいな我儘言うなよ。それにお前明日二日目
じゃねえか!!」

「そんなことはわかってる。でも次はいつ君に会えるんだ?」

「それは・・・。」

答えられないヒカルをアキラは抱き上げるとやすやすと寝室まで連れ込み
そのままベッドになだれ込んだ。

「バカ、何考えてんだよ。早まんなって」

ヒカルは慌てて制したがアキラはそれ以上は何もしなかった。

「伊角さんと勲くんには僕から説明する。」

「説明って?」

「もちろんきみの事は伏せる。だから明日の朝まででいい。一緒に
いたいんだ。」

「何も・・・しねえよな?」

「したくてもその体は勲くんのものだ。そんな事は重々わかってる。」

ヒカルはその言いぐさに思わず笑った。

「ああ、もうわかったよ。ちゃんと伊角さんに説明しろよ。
それから勲疲れてるしお前だって明日が控えてるんだ。
そう長く付き合えねえからな。」

「君と朝まで一緒に居られるなら今はそれ以上は望まないよ。」

アキラはその胸にヒカルを抱きかかえると布団に一緒にもぐりこんだ。
安心したのか抱きしめていた腕が緩んだ。

「もし君に会うことができたなら
ずっと言いたいことがあったのに・・・。」

なぜだろう。
溢れてくる想いはその後の言葉にならなかった。

「オレが死んだらオレの事忘れろって言っただろ?
なんでそんな未練たらたらなんだよ。」

「君だって僕に未練があるから成仏できないんじゃないのか?」

「それは・・・。オレの未練はお前じゃねえよ。
オレはまだ神の一手も
極めてないし、勲の事もあるし・・・。」

本当にヒカルは正直じゃないとアキラは思った。
が・・・だからこそこの胸に抱いているのがヒカルなのだと
今実感してる。

「どうせなら僕に憑りついてくれたらずっと君と一緒にいられたのに。」

「あのな、お前にはオレの姿も見えねえし声も聞こえないだろ?」

「せめて勲くんが僕の弟子ならもっと会う機会があったろう・・・って
思うよ。」


今日のアキラは言葉が多くてそして子供のように本音を吐いた。
普段のアキラでは決してないことで・・・。
今までのタカがいっきに外れてしまったようだった。

「伊角さんも和谷も勲に良くしてくれてる。オレは勲が伊角さんの弟子で
本当によかったって思ってるぜ。」

アキラもそんなことはわかってる。2人を見たら一目瞭然でだからこそ
寂しさや羨ましさも感じてしまうのだと思う。


「進藤、君に逢う方法は本当にこれだけなのか?」

「ああ。そうだけど。」

そうヒカルが応えたがアキラは納得してないようだった。
ヒカルにはアキラの言いたいことがわからなかった。

「イベントの温泉旅館で君は緒方さんに会わなかったか?」

ヒカルはドキッとして視線を彷徨わせた。

「会ったけど。」

「緒方さんが君と対局したと言っていたけれど覚えがあるんだな。」

「ひょっとして緒方さん覚えてたのか?」

「夢の中で君に会ったと言っていた。
でも夢なのにはっきりと棋譜を覚えていたと僕に見せたんだ。」

「あの半コウ争いの棋譜をか?」

ヒカルが聞くとアキラは「ああ。」と頷いた。

「緒方先生、夢だと思ってたみたいだったからてっきり朝になったら
忘れちまうんだろなっ、て思ったんだけどな。」

アキラは小さく溜息を吐くとヒカルに迫った。

「緒方さんとは勲くんの体を借りて会ったわけじゃないだろう?」

「ああ。つうかあれは本当に偶然っていうか。お前じゃ無理だって。」

アキラは無理だと言われた事にカチンときた。

「無理?
だったら聞くがその時緒方さんは君を抱いたと言っていたが
それは本当なのか?」

「ええ?そんな事先生お前に言ったのかよ。」

アキラは抱きしめていた腕に痛いほどの力を込めた。

「本当なんだな?」

「いや、あれは未遂っていうか。そんなじゃないって。
そもそもオレも緒方さんも霊体で体なんてないし、精神的つうか魂だけの
ことで・・・だから。」

ヒカルは必死に言い訳を考えたがそれは逆効果になるとは思って
いなかった。

「つまり肉体ではなく緒方さんと君は魂で繋がったんだな、」

アキラの指摘にヒカルは狼狽えて顔を染めた。

「なんでそんな言い方なんだよ。」

「誤魔化すな。」

アキラに怒鳴られてヒカルは困って溜息を吐いた。

「なあ、塔矢。お前が怒るのもわからねえではないんだけどさ。
あれは本当に偶然だったんだ。
それに・・・オレはそんなに長くはここに留まることは出来ないと思ってる。
だからあんな形でも緒方さんに会えたこと後悔はしてない。」

「そんなに長くって、どういう事なんだ!!進藤?」

アキラは怒鳴ったがヒカルは先ほどから襲ってきていた睡魔に勝て
なくなってアキラの胸に顔を埋めた。

「ごめん、塔矢オレもう限界みたいだ。
お化けのオレでもヤキモチやくなんて。お前ぐらいって
いうか、らしいっていうか・・・。
でもなんか・・・嬉しかったぜ。」

「待って進藤・・話が、まだ!!」

ヒカルは笑いながらまだ残る意識を振り絞って言った。

「オレの意識が消えたら・・・あっちのベッドで寝ろよ。」

「進藤・・・。」


遠のいていく意識の中アキラの「愛してる」という声だけがはっきりと
聞こえた。
勲の体から完全に抜け出すとアキラが勲にキスをしていた。

それにヒカルは苦笑した。

「それは勲だ」と。


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