モノトーン

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「SPARKLE」のスタジオにヒカルがいると教えてくれたのは
黒木マネージャー だった。

演奏はまだ始まったばかりのようであったが余所者のアキラが
立ち入るには躊躇があった。

背中を押してくれたのはスタジオの扉から見えたヒカルの横顔だった。
重い防音扉を開けると撮影現場のセットに入ったような錯覚
を覚えた。
ヒカルはアキラに気づかず演奏に釘づけになっていた。

「SPARKLE」の演奏を聴いて2人が感化されていくシーン。

まもなくcodaともいう所でヒカルはアキラにようやく気付いて小さく手を挙げた。
その時ヒカルの隣を不思議と誰かが譲ってくれたような気がして歩を進めた。

肩が触れるぐらいにその隣に立つ。ヒカルの顔は見えない。
けれど・・・
同じものを見、今胸に刻むリズムにアキラの心は熱くなる。
曲は加賀の音のない叫びで終わり、胸に余韻がつく。

「オレたち負けてられねえよな」

そう言ったヒカルの瞳は輝いていて鈍い痛みが胸を刺し、アキラは苦笑した。

「僕らはまだ負けてないだろ」


アキラはヒカルの意図に気付き嬉しそうに笑った。
アキラとヒカルの映画の台詞だ。

「ああ、ここからだ」

アキラは微笑み返したが心は乱れていた。
アキラは今日ヒカルにネット碁の事を問い質そうと思っていた。
けれど、聞くことは出来ないかもしれなかった。

今のアキラは映画と現実の区別が出来ていない・・・。
まるで夢の中を歩いているようなそんな感じだった。
アキラはもともと俳優ではないし、そんな器用な人間ではない。

けれどヒカルはどうなのだろう?
ヒカルはもともとアイドルで、この映画にも役にも賭けていた。
ヒカルはアキラの知ってる「ヒカル」だけなのか?
ネットのsaiは?
アキラの知らないヒカルの顔がまだあるかもしれなかった。

鈍い胸の痛みに、ただの感傷だとアキラは思う。

疑似恋愛とはこういうものなのだろうか?
もしそうなら、撮影が終わればこの想いも消えるだろうか。





演奏が終わってギターを置いた加賀が吠えた。

「なんだ、塔矢まで来たのか!!」

加賀の苦言でアキラは現実に戻された。
アキラは謝罪と感謝を込めて頭を下げた。

「すみません。通りかかったら聞こえたので・・・。
いい刺激になりました」

アキラのその礼儀正しさが余計に気に入らず加賀は「けっ」と舌打ちした。
伊角は困ったように笑い加賀の頭を突いた。

「加賀そんな風にいうなよ。アキラもヒカルもいつでも来いよ。映画の撮影もよろしくな」

「伊角さんありがとな、またアキラと覗きに来るし」

ヒカルはそう言ったが加賀はそっぽを向いていた。
冴木はそんな加賀に苦笑して、小さく2人に手を振った。
それは「もう行けよ」とも「また来いよ」とも取れて、アキラは
苦笑した。

確かにこんな所で油を売ってる間はない。


「ヒカル、僕らのスタジオに行こう」






レコーディングも一通りが済み、明日からは長いロケと遠征に
入る。
ヒカルはしばらく帰ってこない自宅の自室で大きく伸びをした。
流石に今日一日の疲れを感じていた。


「アキラ、もう怒ってなかったみたいでよかったよな」

「そうですね」

ヒカルは先日の事もあって少しほっとしていた。
ネット碁の事も聞かれるだろうと思っていたのだ。
けれど今日のアキラからは先日の棋院での事もネット碁の事も何も言わなかった。
まあそんな余裕すらないような1日ではあったのだが。

「まああいつの考えてることはよくわかんねえけどさ」

「ヒカル!!」

「何?」

佐為は物申すように声を上げた。
なのに佐為は言い掛けた言葉を飲み込むように顔を顰めた。

「どうかしたのか?」

「いえ、ただ・・・」

歯切れの悪い佐為の言葉にヒカルは首をかしげた。

「なんだよ、はっきり言えよ」

「でしたら言いますが・・・。
アキラくんを巻き込んだのはヒカルです。、まあ・・・決断をしたのはアキラくん本人に他ならないですが、
ヒカルがいたから彼はここにいるのですよ」

「あいつと囲碁を打ってやれって事?」

「少し違います」

「じゃあどういう事だよ」

佐為の言わんとしてることがわからず思わずヒカルは声を荒げた。

「ヒカルはアキラくんと一緒に仕事して、音楽やって今どんな
気持ちですか?」

「それは・・・あいつの事はまだよくわかんねえけどさ。
映画の撮影もバンドも楽しいし、わくわくしてるぜ?
クランクアップして、公開されて、それがオレたちの目的で、
そのために頑張ってるのに、今のこの時間がずっと続けばいいって思うときがある。
こんな事佐為にだから言うけどさ、本当はアキラがプロ棋士なんて諦めたらいいなって思うよ」

「それは彼だって同じです。
ヒカルにアイドルなんてやめてプロ棋士になるべきだって、アキラくんは言ったでしょう」

「あれは、あいつがオレの実力を知らねえからだろ!」

「そうでしょうか?和谷くんも言ったじゃないですか。
ヒカルはプロ棋士を目指すべきだって」

「それは佐為がただ碁を打ちたいだけだろ」

「違います!!」

今度は佐為が声を荒げる番だった。

「ヒカルの人生を私の碁で背負わせたくはありません、
私は自分で死を選んだ人間です。それは私のただの我がまま
だという事はわかってます」

「佐為お前何が言いたいんだ?アキラの事もよくわかんねえよ」

「今はわからなくてもいいです。
でもアキラくんの気持を汲んであげて欲しいのです」

佐為はそういってもう横になった。

「ちぇ、何だよ」

ヒカルはやけにアキラの肩を持つ佐為に苛立ちも覚えていた。
ヒカルには理解できないアキラの気持ちを察してるのだろうがそれをはっきりと言わない事が歯がゆかった。

ヒカルも横になるとベッドサイドのボストンバッグとリュックが目に入った。もちろんそこには携帯碁盤も入れている。

明日から撮影はロケに移る。
平行してライブも始まり、TVにCMにラジオにと忙しい日々が続くだろう。
碁なんて打つ間すらなくなるかもしれなかった。
アキラの事など考えてる間もなく過ぎて行くかもしれなかった。

そう思うとアキラと並んで見た光景が、演奏が・・・。
本当にかけがえないもののような気がした。

「アキラ・・・」


自然に口からついて出た名にヒカルは驚き、
慌てて振り返ると佐為はもう眠りについたようで少し安心した。

体も思考も疲れて睡魔に襲われながら
ヒカル自身が今の自分がよくわからないような気がした。




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更新が2週間以上も開いてしまいました。
ちょっち(ちょっとなのか?)スランプ気味です。
16話と繋がり悪そうだな〜と思ったんですがここで
止めちゃうと何年もストップというのも経験してるので(汗)強引に気持ち進めました;





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