ヒカルの碁パラレル 暗闇の中で 

4章 正体6



 

階段をいっきに駆け上がったアキラは息をつく間も惜しく
表札もないその部屋に飛び込んだ。
そうして上がった呼吸を整えるよう、歩を緩める。

リビングまで来て僅かに隣の部屋で息を呑んだような気配がした。
直後扉の向こうからくぐもった声がした。

「誰だ?緒方さん」

ヒカルの声はわずかに震えていて、アキラは飛び込もうとした部屋の前で
今更ながら躊躇した。

「僕だ、アキラだ」

僅かな間に、見えないヒカルの戸惑いを感じた。

「アキラ!だめだ絶対こっちに来るな!!」

悲鳴のような叫びにアキラは僅かに扉を開ける。

「来るな、つってるだろ!!」

目の間に飛び込んだ寝室のベッドにヒカルは慌て布団ごと包まるように身を隠す。
そのベッドの回りに彼の衣類が散乱していた。
アキラと別れた時に身に着けていたものだ。たった数時間前の事だというのに、
怒りとも、悔しさともわからぬ感情でアキラは体が心が震える。
冷たく刺すような心の痛みと、熱くヒカルを想う感情が吹き上がる。

「ヒカル!」

「来るなっつったろ!!」

ますます布団に包まる彼の声と体は震えていた。
アキラはゆっくりとベッドに近づく。その気配でヒカルの体が強張ったのが
わかる。

「頼む、アキラ帰ってくれよ、次の任務にはちゃんといつものようにするから」

「何もなかったつもりにするつもりなのか!」

「ああ、見なかったことにして帰ってくれよ!!」

「それは出来ない!!」

お互い怒鳴りあい緒方への怒りに爆発しそうになりながらアキラはそれでも今は
ヒカルに寄り添う事だけを考えたかった。

「君をほっとけない。傍に居たいんだ」

ヒカルが息を呑む音でさえアキラは身につまされる。

アキラはベッドに腰かけると膨らむ布団に手を置いた。
それだけの事にピクリと驚いたように震えた布団ごとヒカルを抱きしめたいと
思い、不意に夜に言われたことを思い出す。

『ヒカルが大切なら
さっさと自分のもんにしちまった方がいいぜ?でねえと後悔するかもな?』

あの言葉がこのことを指していたのかどうかわからないが、
後悔しても、後悔出来ない想いに胸が張り裂けそうだった。

震える布団の上からアキラはヒカルの背を撫でる。
ずっとそうしていてもいいと思うぐらい優しく、そのうちヒカルの僅かな震えもなくなった。

「君を守れなかった」

「お前のせいじゃない」

布団からようやく押し開けたヒカルからは微かにタバコの匂いがして、毛布から開けた肌には
赤く染まった痕があり、目は僅かに腫れていた。
見てはいけないものをみてしまったように目を反らしたが、ダメだった。
すでにそれはアキラの脳裏に焼き付いていた。

それに気づきヒカルははだけた前を毛布で隠す。

「どうしてお前が泣いてんだよ」

「えっ?」

「気づいてないのか?」

ヒカルに言われるまで本当に気づかなかった。アキラは泣いていた。
それもぽろぽろと、

「あっ、」

それだけ言って目を押さえるように身をかがめる。

「すまない」

ヒカルの方は逆に少し落ち着いたのか、わずかに苦笑した。

「やっぱお前じゃねえな?」

「何の事?」

「いや、いいんだ」

そうヒカルは言ったが、アキラは気になった。

「気になるじゃないか!」

「もう泣きながら怒るなよ。っていうかさ
オレお前の事疑ったんだ。ごめん」

言葉足らずではあったが、ヒカルが言おうとしたことはわかる気がした。
アキラはもう迷わずヒカルを抱きしめた。その時はだけた
毛布の事などもう知らない。佐為に見られたって構わない。
いやとっくに佐為にはアキラの気持ちなど知れてるだろう。
そうしてその佐為もヒカルを守れなかったことを悔いてる。

「ちょ、アキラ、な」

困ったようなヒカルの声と戸惑いは感じた。でもアキラを拒否をすることもなかった。
このまま自分のものにしたい、その想いはある。けれど、今はただこうすることを
許されるだけでいい。


「あのな、アキラ」

ヒカルはアキラの腕を遠慮がちに離れた。

「お前に頼んでいいか?」

「なんだろう」

「オレここに居たくねえんだ」

アキラもこれ以上ここにヒカルを置いておきたくはなかった。
ここは緒方の匂いがする。気配がまだ残ってる。
監視カメラで監視されている可能性もあった。ひょっとしたら先ほどここで行われた
事も盗撮まがいされたかもしれない。
だとしたら悪趣味というだけでは済まない。

「わかった、立てる」

アキラが手を貸そうとするとヒカルは困ったように笑った。

「そういうのは大丈夫だって、オレが準備する間、向こうの部屋で
待っててくれねえ?」

「わかった。辛かったら言って欲しい」

寝室を出る時心配で振り返る。それを察してヒカルはわざとらしく頬を膨らませた。

「もう大丈夫だって、着替えるだけだから、覗くなよ」


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