続・フラスコの中の真実 8






芥が学の部屋から出ていってから3日。
その日から芥との連絡がとれなくなった。

学園にも芥は顔をださなかった。
芥は学会や薬品会社との打ち合わせで講義を休講することは
よくあったけど無断で休むことなんて今までに1度もなくて。

流石に3日続けて休講にすることはできなくてオレが代理で講義する
ことになったんだけど、なんか上の空になっちまって
こんなじゃダメだって、結局早めに講義も切り上げたんだ。
ダメだよな。私情で仕事をおろそかにするなんて。

「けど・・・芥一体どこにいるんだよ。」







あの日、芥が部屋を出て行った日、オレは芥の研究所に行ったんだ。
あそこならちゃんと芥と話せそうな気がしたし、なにより
芥が行きそうな場所はそこしか思い浮かばなかったんだ。

けどオレの淡い期待は外れてた。



研究室には誰もいなくて、ガランと静まり返ってた。
隅々まで一通り廻りながらオレは保存室の芥が管理してる棚に
目が留まった。

『あれ?ここ鍵かかってねえ?』

その棚の扉は半開きになっていた。
用心深い芥にしては珍しいなと思いながら、オレは扉を
閉めようとしてあれ?って思ったんだ

確かここに何か入ってた気がするんだけど・・・。
えっと何が保管されてたんだっけ??
扉が半開きになってるってことは芥がつい最近持ち出したってことか。

保管庫には保存されてるものと一緒に名前のプレートがあるんだけど
、空っぽの保管庫には『unknown』とだけかかれてあった。

『アンノウン??』

オレは腕を組んで頭をひねったみたけど思い出せそうにはなかった。

『まあいっか。今度芥に会えばわかることだし。』

オレは早々に諦めて保管庫を出て実験室で芥を待つことにしたんだけど
結局オレはその日芥に会うことはできなかった。









オレは盛大にため息をついた。今日で3日目・・・。
講義も途中で中断してここ(学園の化学室)に来たものの何も手につかない。

『ここに顔出すぐれえなら講義にもくるよな。」


学が考えこんでると突然ガラっと化学室の扉が開いた。

「芥!?」

オレは相手もちゃんと確認せずに想い人の名を呼んで顔を染めた。
そこにいたのは香野だったんだ。

「学にいちゃん?」

香野は走ってここに来たのか頬を赤く染めて少し息を上げていた。
香野を見た瞬間オレはまんま今の自分の姿をみたような気がして苦笑した。

「おう!!香野よく来たな。今日は一人で来たのか?綾野ちゃんは?」

「・・・仕事。」

香野は相変わらず言葉数は少ねえんだけどそれでもオレには心を許してくれて
るんだって 思う。でねえと人一倍人見知りの香野が一人でここに来たりしねえだろうし。
そんな事を考えてたら、香野がオレの顔を心配そうに見つめてきた。

「香野どうかしたのか?」

そういうと香野はちょっと困った顔をしてオレに言ったんだ。

「芥ちゃんは?」

オレはそれにうろたえた。

「えっ、芥か。芥はその今日は仕事で学園には来てないんだ。ごめんな。」

明らかに落胆した表情をした香野にオレはもう1度『ごめんな』
って謝ってからなるだけ優しく笑いかけた。

「ほら、香野は今日はどんな実験がしてえ。好きなの言えよ。
オレ今日は香野にとことんつきあってやるぜ。」

そういうと香野はぱっと顔を明るくさせた。
いつもここに来ると瞳を輝かせて実験を手伝ってくれるんだけどオレと芥の
実験って香野にはかなり難解なものだと思うんだ。

けど香野はそんなことは絶対言わねえんだ。
きっと「難しい」とか「わからないっ」なんていうと芥に
もう来るなって言われちまうってわかってるんだと思う。

小さいのに一生懸命オレたちにかじりついてる香野を本当の弟みてえに
かわいいなって思う。
まあそれが芥には気にいらないんだろうけどな。

香野はわくわくしながらどれがいいか考えてるみてえだった。
そして決まったのか嬉しそうにオレを見上げた。

「決まったのか?」

「遺伝子の実験・・・いい?」

「遺伝子の実験?」

オレはまだ小学生の香野がそんなリクエストをしてくるとは思わなかった
もんだからちょっと驚いた。

「遺伝子の実験って言ってもいろいろあるぜ。それでどんな事が香野はしてえんだ?」


そういうと香野は自分の髪の毛を1本引っこ抜いてオレに差し出してきたんだ。
オレはそれでピンっと来た。

「そっか。香野とオレってそっくりだもんな。遺伝子レベルでも似たところがあるかも
しれねえよな。よしじゃあ、今日はオレと香野の遺伝子を調べような。」

香野は嬉しそうに微笑むとこくりと大きく頷いた。オレもなんだかこの実験に興味が
湧いたんだ。

「そうと決まれば実験、実験!!」

香野は嬉しそうにオレの後についてきて2人で実験の準備をはじめた。









香野と2人で実験を開始しようとした時だった。
化学室の扉を「トントン」って誰かがノックしたんだ。

「ほ〜い。今ちと手がはなせねえんだ。入ってこいよ。」

軽いノリで見えねえ扉の向こうの相手にいうと低い低音ボイスが
返ってきた。

「それじゃあ邪魔させてもらうよ。」

その声主はオレのよく知ってる人のものだった。

「教授!?」

ガラガラと扉を開けて入ってきたのはやっぱり相沢教授だった。
その姿を見た瞬間香野は慌ててオレの白衣の後ろに隠れた。

「すまない。なかなか芥が来てくれないものだから私の方からここに来て
しまった。」

申し訳なさそうにそう言った教授にオレは苦笑した。

「教授ごめんな。そのちょっと忙しくしててさ、なかなか行けなくて。えっとあっと
せっかく来てくれたんだからコーヒーでも淹れるな。」

オレが準備室にカップを取りに行こうとしたらオレの後ろに隠れていた香野が
ぎゅっとオレの白衣にしがみついたんだ。

「香野大丈夫だって。」

「芥、その子は・?」

「ああ。教授は初対面だよな。香野は綾野ちゃんの・・。」

オレが香野を紹介しようとしたら教授は表情をこわばらせた。

「ガ・・・ク・・・?」

「ええっ?」

つぶやくほど小さな声だったけどオレはそれを聞き逃さなかった。
教授はじっと香野を食い入るように見つめてた。しかも動揺したように
体を小刻みに震わせて。

「教授・・・?」

その時ひょっこりと綾野ちゃんが顔を出したんだ。

「香野くん、迎えにきたよ〜。」

オレと教授は我に返って綾野ちゃんを見た。

「あれ?教授もきてたんですねえ〜。」

相変わらず綾野ちゃんはマイペースで場の雰囲気なんて全くお構いなしで、
固まったような空間は綾野ちゃんの一言で解けちまったみてえだった。

安心したのかオレにしがみついてた香野が慌てて綾野ちゃんに向かって
駆け出していった。
オレはそれにちょっと嫉妬みてえなもんを感じた。
やっぱ親父にはかなわねえんだな。


「教授、ひょっとしてまた勝手に病院を抜けてきたとか?」

綾野ちゃんの顔は笑ってたけどそれには含んだ言い方が混じってて
教授はらしくなくコホンと咳払いをすると言葉を捜してるみてえだった。


「すまない。」

そう言った教授を綾野ちゃんは苦笑した。

「別にいいですよ。芥くんに会いたかったんでしょう。僕も香野君も退出しますから
教授はゆっくりしていってください。それじゃあ、邪魔者は退散、退散。」

「ええって、ちょっと綾野ちゃん、香野!!」

オレは慌てて助けを求めたけど、綾野ちゃんは振り返ることなく手のひらを
ひらひらと手を振った。

「もう、芥くん僕と香野くんもこれから親子水入らずなんだから邪魔しない。」


そう言って立ち去った綾野と香野の背を教授は見えなくなるまで見つめてた。

オレはまだオレの手の中にある香野の髪の毛を白衣のポケットにそっと
しまいこんだ。



                                            9へ

あとがき

さて、残り3話か4話ぐらいのはずなんですが・・。最近の私のプロットはあてにならないんで;
次回は真一郎、七海ちゃん、椎名 空 直 etcと登場人物が多くなりそうです。もちろん
学と相沢教授も登場。正念場です(笑)