続・フラスコの中の真実 9






急に教授と化学室に2人きりにされて正直オレは困った。
芥には『もう教授とは会わねえ』って先日言ったばっかだし。

けど教授、香野のこと「ガク」って確かにそう言った。
かなり香野のことを気にしてたみてえだったし。
ひょっとしてオレの事思い出したかもしれねえよな?


そんな事を考えてたら、それまでぼっとしていた教授がオレに
優しく微笑んだ。

「すまなかった。突然押しかけて、どうしても芥にすぐ報告したいことが
あって、ここまで来てしまった。」

オレは芥と呼ばれたことに残念なようなホッとしたような複雑な気持ちだった。

「この間私の研究所が出来上がったら芥を一番に招待すると約束
しただろう?」

「研究所出来たのか!!オレ行ってもいいの?」

オレはそれを聞いて今まで考えてたことなんて吹き飛んしまうぐれえオレの
心は舞い上がった。
だって、教授の研究室なんだぜ。きっとすごい設備が整ってるに違いねえって。

「勿論、今からでも構わないが。」

「マジ?オレ今すぐ行きてえ!!」

オレはもういてもたってもいられねえ気分だった。

「だが、実験の最中だったんだろ?」

「いや。まだ始めてなかったし。香野も帰っちまったから。」



オレは実験機材を急いで片付けた。その間教授も片づけを手伝って
くれて嬉しかった。
なんかオレの逸る気持ちを教授もすごくわかってくれてたんだと思う。

オレはその後、まるでこれから遠足にでも行く子供のようにわくわくしながら
教授と一緒に化学室をあとにした。





オレたちが校門に差し掛かった時、オレは門にもたれかかっていた
廉と目があった。

「廉!!」

オレが廉に声をかけると廉は教授とオレの顔を見比べて表情を
曇らせた。
このときになってオレは思い出したんだ。今日は廉と随分前から約束してた日
だったことに。
ここの所、教授や芥の事で頭がいっぱいになっててすっかり忘れてたんだ。

オレって最低〜。
オレは教授に謝ってから廉の元に急いだ。

「廉、ごめん!!」

オレがそういうと廉はますます表情を曇らせたんでオレは慌てた。

「あっとえっと、待たせてごめんなって意味な。そのオレ廉との約束
破ったりしねから。」

オレがあたふたしてると俺たちの様子を見てた教授が近づいてきた。

「芥、私にそのかわいい彼を紹介してくれないのか?」

「えっ!?」

廉は頬を染めて困ったようにオレの方を見た。

オレが教授に芥と間違えられてる事は廉に説明してたから
それにはさほど驚かなかったみてえだったけど、
可愛いって言われたことに戸惑ったみてえだ。

「あっとそうだった。教授こっちはオレの恋人の椎名廉。前に教授に話したろ?」

「えっ?学・・・それって・・。」

恋人って紹介したもんだから廉のやつは困ったように目線を
さまよませていた。
けど本当のことなんだから別にいいだろ?
そしたら教授が廉に右手を差し出したんだ。

「椎名くんはじめまして、私は芥の父の相沢というものだ。芥から
話は聞いていたがまさかこんなに可愛い恋人だったとは、予想外だな。」

廉は真っ赤に顔を染めながら差し出された手をおずおず
と握り返してた。
オレはちょっといい気がしなかった。


「親父、廉に手えだしたら許さねえからな。」

膨れ面してそういってやると教授は破顔した。

「肝に銘じとこう。それより芥は椎名君とデートの約束をして
いたのだろう。よかったら2人とも私の研究所にこないか。勿論その前に
夕食をご馳走するが・・。それとも私がいては二人の邪魔になるだろうか?」

廉は慌てて首を振った。

「いいえ、そんなことはないけれど・・。」

それにオレが慌てて付け加えた。

「あのな、今日はななちゃ・・じゃなくて、廉の親父さんのマンションに2人で
行く約束をしてたんだ。だからさ、教授ごめんな。」

申し訳なさそうに言うと逆に教授の方が謝った。

「いや、突然押しかけた私が悪いのだ。また改めてにしよう。」


そういうとくるりと向きを変えた教授がそのまま帰ってしまいそうな気がして
オレは咄嗟に教授の腕を掴んでた。

「芥?どうした。」

「その、やっぱ教授も一緒にこねえ。オレ、七海ちゃんに親父のことちゃんと紹介
してえし。」

「でも椎名くんは・・・ご両親にも突然私が訪問しては迷惑だろう?」

オレがちらっと廉の顔をみると廉は一瞬きょとんとした風だったけど
オレの気持ちを悟ってくれたみてえだった。

「それだったら大丈夫です。七海先生のところは週末になると羽柴先輩や
藤守先輩やチビたちが来て賑やかだし、教授が一人増えたぐらいでどうって
ことはないです。騒々しい所ですが・・。」

「そうそう、それに廉の親父さんってすげえ美人で料理も旨えんだぜ。」

「それは会ってみたいものだな。」

「だろ?」

教授はちょっと考えてたけど、七海ちゃんの魅力に負けたみてえだった。

「それじゃあ私もお邪魔させてもらおうかな。」

「じゃあ決まりな!!」





そのあと教授はどうしても手土産を買って行きたいというのでケーキ屋に寄った。
宝石のように綺麗なケーキを前にオレと廉が真剣に
悩んでいたら教授は全種類を一つずつ注文してくれた。

本当は全種類を人数分頼みたかったみてえだけどさすがに
持てねえしそんなに食えねえからな。

両手いっぱいのケーキを抱えた教授と一緒に歩きながら
オレと廉は顔を見合わせて笑った。

なんかこうやってるとすげえ嬉しくなってさ、やっぱり親父っていいよな。

「芥、楽しそうだな。」

「おう、」

けどそういった後、オレは急に芥の顔がよぎったんだ。
芥って呼ばれたことで思い出したのかもしれねえけど。

オレ・・・いいのかな。こんな幸せで。
芥は今頃どこにいるかもわからねえって時なのに・・。


「芥どうかしたか?さっきまで笑ってたのに今度は神妙な顔をして。」

オレは覗き込んできた教授に無理やり笑ってみせた。

「なんでもねえ。幸せだな〜ってかみ締めてただけだから。」


とにかく今は芥の事は保留にしとこうってオレは思った。


今日七海ちゃんの家に廉と一緒に行くってのはオレが言い出した
ことだったし。

廉が妙に七海ちゃんに遠慮してるから。そりゃいきなり「親子だ」って言われたら
戸惑うだろうけど、あれからもう1年もたってんだし少しは慣れてもいい頃だと
思うんだ。

さっき教授を誘ったのも意図があったんだ。
オレが教授に「親父」って呼べば廉だって七海ちゃんに言えるんじゃねえかって。

まあオレと教授はどんなにしたって本当の親子にはなれねえけどな。




マンションまで辿りつくと、廉がインターホンを鳴らした。ここはマンションの住人じゃねえと
エントランスが開けられねえシステムになってるんだ。

「七海先生、来ました!!」

「はい、廉君、市川くんいらっしゃい。今解除しますね。」


廉が七海ちゃんとインターホン越しにやり取りしてる間にオレは教授に
耳打ちした。



「廉と七海ちゃんってずっと離れ離れだったんだ。そんで親子だって
わかったのは1年ほど前のことなんだ。」

それだけで教授はオレの言いてえことを察してくれたようだった。

七海ちゃんが予想外のお客に驚くことになったのはその後すぐの事だった。


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8話のあとがきで予告していた所までいきませんでしたm(__)m
10話は空くん視点でお話を進めようと思ってます〜。まだ未定ですが(苦笑)