ドタバタ・バレンタイン







     
「へへへ、それはな・・。」

市川はもったいぶったように笑ってるけど永瀬の方はそんな余裕もねえって感じ
でつかつか市川に歩み寄った。ひょっとして永瀬すげえ怒ってる!?
いつも表情を変えねえやつだからオレには永瀬の表情は読めねえんだけど、
さすがの市川も永瀬の凄みにたじろいでる。

丁度その時ガラッと化学室の後ろの扉が開いて綾野ちゃんが顔をひょっこり出したんだ。



「芥くん、そんな怖い顔したらいい男が台無しだよ。」

「綾野、お前・・・。」

「そんな怖い顔しないの。解毒剤を作ったのは僕なんだ。」

綾野ちゃんはまるで永瀬と市川の会話をいままで聞いてたみてえに
いきなり会話に入ってきた。
そしてオレは綾野ちゃんが言った解毒剤の言葉でようやくピンっときたんだ。

「ひょっとして、藤守や広夢たちがこんな風になった原因って?」

「おう、空先輩今頃気づいたのか?もちオレの作ったクッキーに原因があるんだぜ。
このクッキーには想い人に正直になっちまう薬が仕込んであるんだ。」

市川はうっとりそういうと自慢げに笑った。

「じゃあ藤守や広夢はあんなことをいつも思ってるって事か?」

「そうだな。藤守先輩も広夢も深層心理の奥ではあんな欲求があるんだとおもうぜ。」

オレと市川が話してる傍では今でも藤守と広夢が言い争ってるし
七海ちゃんとクリス、と兄ちゃんも渦中のまっただ中って感じだ。

「けど・・この状況はなんとかしねえと。」

「なんだ、空先輩は嬉しくなかった?藤守先輩の本当の気持ち知りたくなかった?」

「いやまあ、そりゃ嬉しかったけど。」

藤守がそんな風に思ってくれてるってわかってすげえ嬉しかったつうのは本音だ。
けどそれは多分藤守にとっては心の奥に隠しておきたい感情なんじゃねえかって
オレは思うんだ。
うまく言えねえんだけどオレはなんか藤守らしくねえ気がしちまって。
そんな事を考えていたら綾野ちゃんが笑った。

「空くんそう悩まないの。僕はたまにはこうやって自分をさらけ出すのも
悪くないって思うよ。」

そういいながら綾野ちゃんはクッキーを頬張ってる。
げげ・・この中に綾乃ちゃんの想い人がいるとか?

そんな事を考えていたらいきなり綾乃ちゃんが市川に抱きついたんだ。

「ひゃああ〜。綾野ちゃん突然なんだよ!!」

市川は慌てて手足をバタつかせたが綾野ちゃんはがっしり体ごと抱きしめてるって
感じで・・・。

「突然じゃないよ。僕は前から市川くんに興味あったんだ。
可愛いし、何事にも一途だし、どうだい。僕と付き合ってくれないかい?」

「えっええええ〜?」

市川は驚いた表情で綾野ちゃんを見上げてた。そしたら
綾野ちゃんが息を吹きかけるように市川の耳元に唇を落としてつぶやいたんだ。

「心配しなくていいんだ。芥よりも僕の方が大人だし、君を満足
させてあげられる。」

すごい告白を真近で見てしまったオレは自分の事でもねえのに顔が熱くなった。
もちろんオレよりも市川の方が更に顔を真っ赤にさせてる。

「綾野、貴様!!」

当然というべきか怒ったのは市川の恋人の永瀬で。
オレを押しのけ綾野ちゃんの胸元を掴むとぎりぎりと締め上げた。

「芥、やめろって!!」

市川が二人の仲に割って入り込んでなんとかその場はやり過ごしたが二人の間は
今にも喧嘩が始まりそうなほど張り詰めた空気が流れてる。

この状況やっぱどうにかしねえと。

「市川、綾野ちゃん、解毒剤ってどこにあるんだよ。」

「ああっそれならオレが全部のんじゃった。」

市川は事も無げにそう言ったんでオレは今度は綾乃ちゃんに詰め寄った。

「残ってねえのか?」

「一つしか作らなかったからねえ。」

「マジかよ。」

「でも空先輩そんなに心配しなくてもいいよ。薬の効果は今晩の夜中の12時まで
だからさ。
15日になったら消えるって。つまり効果はバレンタインの間だけってこと。」

「そうなのか・?」

それを聞いた俺はほっとしたようなちょっと寂しいような複雑な気分だった。
時計を見るともう11時をすぎてる。ともかくこの状況もあと1時間はねえって
事だ。
その時相沢の高笑いがまた響いた。

「さて、総仕上げと行くか。」

相沢はまだ揉めてる兄ちゃんたちの所に行くと、兄ちゃんに何か差し出した。
それを見て七海ちゃんがぎょっとしてる。
しかも兄ちゃんは七海ちゃんとクリスが止めるのも聞かず相沢からそれを受け取って
ってあれ水都グッズじゃん。

水都グッズっていうのは兄ちゃんが水都に変身するための変装用具の事だ。
一体相沢はなんでそんなものを用意したんだ?

兄ちゃんは受け取った眼鏡を掛け髪型を変えて、みるみるうちのその表情は
水都のものへとかわっていく。

兄ちゃんまた相沢に洗脳されてるとか?

そして最後に兄ちゃんは相沢から受け取ったクッキーを食べてしまったんだ。


オレが慌てて兄ちゃんのところに行くと、兄ちゃんはオレをじろりと睨んだ。
それは温かくて人なつこい兄ちゃんのものじゃなくてその冷たく冷淡な
視線に背中に冷たいものが流れた。
そんなオレをみて相沢がニヤリと笑った。

「水都先生、私と二人、欲望の赴くままに彼らをもて遊んでみたいとは
思わないか?」

「確かにそれは面白そうだな。」

相沢の言葉に水都になった兄ちゃんはしっかり頷くと事もあろうにオレの方をじろりと
見た。オレは蛇に睨まれたカエルのように体が竦んで動けなかった。

「羽柴空、流石に学園一顔がいいといわれるだけの事はあるな。
綺麗な顔だ。」

水都はオレの顎を持ち上げると唇を近づけてきて、ヤバイ!!そう思った時
にはオレは水都の冷たい唇に口付けられてた。

それを見て七海ちゃんと藤守が水都に突進してきたんだ。

「水都先生、くぅちゃんから放れろったら!」

オレも含めてボコボコ叩き始めた藤守とは対照的に七海ちゃんは今にも泣き出しそうに
水都になった兄ちゃんを見上げてる。

「ひどい、真一郎、僕は真一郎の事を愛してるのに、ううん、真一郎だけじゃないんだ。
僕は水都になった真一郎だって愛してるんだよ。」

言い募る七海ちゃんにオレはあれって思った。ひょっとして七海ちゃんも
クッキー食ったのか?
けど七海ちゃんの懸命の呼びかけにも兄ちゃんは冷たい笑みをしていて。

「藤守くん、七海先生、ひょっとしてヤキモチを焼いてらっしゃるのですか?
だったらあなた方も順番に可愛がってあげますよ。」

兄ちゃんはオレを手にかけたまま七海ちゃんや藤守にまで手を出そうとして、
オレは咄嗟に緩んだ水都の手から逃げ出そうとしたその時、何の前触れもなく
意識がダブって・・・。

『たく・・水都になんかに唇奪われやがって!!』

突然夜の怒鳴り声がオレの中に響いたと思ったら俺は無理やりちかく夜に体を
乗っ取られていた。

「らん、ずらかるぜ!!」

夜がそう藤守に声を掛けた瞬間藤守の瞳の色が濃くなった。
らんが表に出てきたんだ
夜はらんの腕を掴むと水都も七海ちゃんも押しのけ一目散に走り出した。

「空先輩!!」「羽柴待て!!!」「直くん待ってよ。」

化学室からオレたちを呼ぶ声が夜の学園に響いたのをオレは遠ざかる意識の奥で
聞いた。








それから10分程後のこと、

「たく・・えらい目にあったな。」

「うん。夜大丈夫?」

「ああ〜ここまでくればもう大丈夫だろ。」

二人は化学室から一番離れた学園の校門付近まで来ていた。
ここまでくれば学園から出たも同じだといって夜は笑った

「夜、僕はそういうこと言ってるんじゃないんだよ。夜、水都にキスされたでしょ。」

言いにくそうに切り出したらんに夜は苦笑した。

「だったららんが消毒してくれるか?」

「うん。」

らんは少し頬を赤らめながら背伸びして夜に口付けようとした時何を思ったのか夜が
それを外した。

「よ、よるぅ〜?」

不服そうに見上げるらんに夜は笑った。

「その前にこのクッキー食ってみてえと思わねえ?」

夜はポケットの中からペーパーに包んだクッキーをらんに差し出した。
一体いつ持ち出す時間があったんだろうとらんは思ったがらんだって
食べてみたいと思っていたのだ。

「うん。僕食べてみたい!!」

期待に満ちてらんが食べ終わるのを待っていた夜にらんが笑いかけた。

「夜〜これすごく美味しいよ。」

「ああ、それで・・?」

「それでって何?」

しばらく待っても何も変わらないらんに肩透かしを食らった夜は「へんだな。」とつぶやくと
自分もクッキーを一つ摘んだ。
後から食べた夜にも何の変化もあらわれない。

「そういうことか。」

夜は盛大にため息をつくと苦笑した。

「どうしたの?夜」

らんの問いかけに夜はもう1度苦笑した。

「オレたちはいつも自分に正直だってことさ。」

「そっか、僕と夜の想いにウソはないってことだね。それじゃあ・・・」

らんは笑いながらもう1度夜に背伸びした。
唇と唇が触れ合った瞬間丁度学園の12時の鐘が響いた。
夜中の鐘は1度だけ。それも近所迷惑にならないようにひっそりと遠慮かちだ。

らんの唇も遠慮がちに夜からすぐ離れたが、二人はその瞬間
奇妙な感覚に囚われていた。
何ともいえない、罪悪感に似たもやもやとした感覚。

「なんだ。」

「夜、なんかヘンだよ。」

「ひょっとして薬の副作用か?」


《・・・っとここで突然ですが学のお薬講座です。》


学 
「ひょっとしてオレのこと呼んだか?何?薬の説明をして欲しいって。了解!!

空先輩、その後味の悪い感覚は薬の副作用じゃねえぜ。
実はあのクッキー空先輩が女の子たちから貰ったチョコレートを材料にしたんだ。
空先輩ったら貰ったチョコ旧校舎に置いていっただろう?きっと女の子たちの
怒りや悲しみがクッキーに混じってたんだよ。
どんなものにだって想いがあるんだから受け取った
ものはちゃんと食べてあげねえとなって。
って空先輩そんなにオレを睨まねえの。ちゃんとその気持ちを消化
してあげれば彼女たちの気持ちも治まるから。じゃあまたな。」

それだけ言うと消えていった学に夜はため息をついた。

「たく、言いたいことだけ言って消えやがって。やっぱ薬の副作用じゃねえか」

「うん、けど空って罪なやつだね。こんな沢山の想いを置いてくるなんて。」

「バカっ。そりゃどんな女の想いよりらんが好きだってことだろ。」

ふて腐れてそういった夜をらんは嬉しそうに笑った。

「だったらこのクッキーの残り一緒に食べようよ。僕はその気持ちだけで
すごく嬉しいから。」

「ああ。」

食べるごとにもやもやした気持ちが薄れて満たされた想いが二人の中を包み込んで
いく。

「らん、愛してるぜ。」

「うん。僕も・・・。」


この二人がこの後どうなったのかなんて野暮な詮索はなしにして(笑)
ドタバタなバレンタインはこうして幕をとじたのだ。


                                               おしまい
     
                            




あとがき

ここまで読んで下さったお客様ありがとうございました!!
あと空直の後日談を番外編に考えてます。
ライトなお話なのでサクッといきたいです〜。