地上の星 5





それからあっと言う間に日が落ち一輝が小屋の暖炉で用意した夕食は
本当に質素なものだった。

皿も箸もなく葉でくるんだ山菜と魚を燻ったものだ。
それでも瞬は美味しいと思った。

食事を終え暖炉の火がなくなってからはそこは本当の暗闇で
何もすることがなくなった瞬は手持ち無沙汰だった。
(おそらく7時も回ってはいない時間であろうと思う)
一輝は天井にぶら下がっていた
ジャンバーを羽織ると僅かにあったスペースに腰を下ろした。

「兄さん、もう寝るの?」

「この時間になると外にはでられない。」


それだけ言って何も言わなくなった兄さんが無言のうちに
「ベッドはお前が使え」と言ってることがわかったが
押しかけてきた自分が使うことは気がひけた。
何より兄さんの傍にいたかった。

瞬はベッドの上にあった毛布をとると兄の傍にあった邪魔なものを除け
て自分もそこに腰かけた。

「兄さん、」

傍にある温かなぬくもりに瞬はもたれかかると微かに一輝が身じろいだが
何も言わなかった。

「お休みなさい、兄さん、」

「ああ、」

包まった毛布は大好きな兄さんの匂いでいっぱいだった。
瞬はイッキに訪れた安堵感と疲れで眠りへと落ちていった。





瞬が寝てしまった後、一輝は小さくため息をつくと
そのまま小屋を出たことなど瞬はしらなかった。



微かに朝の日差しが差し込む頃になって瞬は目を覚ました。

固くて冷たい床のせいで体はいたるところだるかった。

「兄さんおは・・・。」

言いかけた瞬は固まった。
すでに兄の姿はなくそこは冷えていたからだ。

瞬が慌てて外に出ると丁度一輝が集めた木の枝を小屋に持ち帰ってきた
所だった。

「おはよう、兄さん早いね。」

「ああ。」

相変わらず言葉少なく一輝はまた森の中へと入っていく。
瞬は慌ててその後を追いかけた。

「待って僕も手伝うよ。」

一輝は一端振り返ると瞬に小屋の横を指差した。

「だったらそこの炉の火を起こせるか?」

一輝の示した場所には石で積み上げただけの炉があった。
日のあるうちはここの炉を使っているのだ。

「大丈夫だよ。」

ガスも電気もないアンドロメダ島で瞬は火を起こすことに手馴れていた。

「だったら頼む。」

「任せといて、」

兄の背が消えるまで見送った瞬はこんな見送りなら大歓迎だと思った。
兄さんはすぐ帰ってくる。

単純かもしれないが兄がここにいることを認めてくれたような気がして瞬は
嬉しかった。









「やあ、」

「えい、」



一輝と瞬は組み手をしていた。
昼下がり一輝が一人でやっているのを見て瞬が自分もやりたいと
言いだしたのだ。

そうして二人がはじめて2時間近くはたとうかという頃、




「どうした、瞬もう終わりか?」

土に膝をついた瞬が立ち上がった。
一瞬ふらつきそうになったがそれは気力で切り抜けた。
少しでも兄さんとの組み手を長く続けていたかった。

「まだまだです。」

「そうか、ならこい。」

「はい、」


拳がぶつかりあう。
どこから飛び込んでも兄さんには軽くかわされてしまう。
それが悔しくもあり嬉しいと思う瞬がいる。

背後に軽く飛ばされて瞬は軽い身のこなしで着地したが足場はぬかるんだ
気の株の上だった。

「あっ」

足を取られた瞬はずるっとしりもちをついて地面に滑り落ちた。

「っ痛、」

近づいてきた一輝に瞬は身構えようとしたが
差しだされたのは腕だった。

「兄さん、僕はまだ、」

大丈夫だといいたかったのに続きはいわせてもらえなかった。

「ほら、」

差し出されたごつごつした大きな手を握り返す。
温かいその手に触れて瞬は胸が高鳴るのを感じた。
兄さんの顔が近づいて瞬は兄の顔をまっすぐ見上げることができなかった。
ただわかったのは兄さんも微かに息があがっていたということぐらいだ。

「今日はここまでにするか?」

「うん。」

「ここで待ってろ。」


瞬を置いてすぐに戻ってきた一輝は竹の筒を持っていた。

「ほら飲め、」

言われるままに口をつけた。
冷たくて甘い水だった。
そのまま体内に落ちた水が自分の五臓六腑へと流れて行くような気がした。

「美味しい。すごく、」

「そうか。」

「うん、生きてるって味がする。」

一輝はそれに笑った。

「兄さんは?」

「オレは水汲みした時に飲んだからいい。」

なんとなく瞬はそれはウソだとわかった。
兄さんは小さな頃から瞬より先に食事を取ることも寝ることも
しなかった。いつも瞬の後なのだ。

瞬は察して残った水をすくうとそれを一輝の顔にかけた。
一輝の顔に髪に水滴がかかる。
流石の一輝もよけることが出来なかったのだ。

「瞬!?」

「ふふ、気持ちいいでしょ。」

瞬は勝ち誇ったように笑うと一輝がコツンと瞬の頭を小突いた。
それでも瞬は嬉しそうに笑った。

「僕兄さんの水入れてくる。夕飯の食材も探してくるよ。」

「ああ、そんなに遠くへいくんじゃないぞ。」

「大丈夫だよ。迷ったら兄さんの小宇宙を目印にするから」


本当に嬉しそうに森の中に入っていった瞬を一輝は眩しそうに見送った。





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一言
えっと一輝と瞬2人きりです。まだちっとも色っぽくないですが(苦笑)





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