交差 4



僕が地下鉄から降りようとして反対ホームに
君の姿を見かけたの偶然だった。

僕は慌てて階段を駆け上がり反対のホームへ
降りたが君はすでに過ぎ去った電車の中へと
消えていた。

久しぶりに君と打てると思っていたのに。

やむえず碁会所へと足を運ぶと市河さんと
北島さんが言い合いをしている最中だった。

「全く 北島さん もう少し考えて進藤君と会話してください。」

「いっちゃん 俺は正直に言ったまでで。」

「進藤がどうかしたんですか?」

碁会所に入ってきた僕に市河も北島もバツの悪い表情をした。

「ちょっとね。」

口ごもった市河の言葉に北島と進藤が揉めたのだろう
ことはなんとなく察しがついた。

何とも重い空気が流れる。

小さくため息をついた僕に悪い事をしたと思ったのだろう。
北島がようやく口を開いた。

「若先生 進藤は扇子を落としたとかで棋院へ行くとかって・・」

「棋院?」

僕は市河さんに手渡そうとしたカバンをもう1度肩にかけた。

「僕も棋院へ行ってきます。」






俺は部屋という部屋はくまなく探しまわった。
自分が立ち寄った場所という場所すべて。
でも扇子はどこにも見あたらない。

「ちぇえ 今日はついてねえよな。」

安物の扇子だ。もう1度売店で買えばいいだけだと自分に
言い聞かせる。でもあれは今まで共に戦ってきた
扇子だった。北斗杯も若獅子戦も公式戦全てを俺と
共に戦ってきたのだ。

売店の前で立ち止まって躊躇していると背後から声を
かけられた。

「どうしたんだ。進藤」

聞き覚えのある声に俺は顔をあげた。

「緒方先生?ってそれ・・」

言いかけて緒方先生が手に持っているものが
目に入った。

それは俺の持っているのとは明らかに違う
高価な扇子だった。


「その扇子?」

「ああこれか・・・スポンサーの人からもらったものだが。」

金に近い色合いの牡丹柄・・それは佐為がいつも
持っていたそれを彷彿させる扇子だった。

「進藤 ひょっとしてこんなものが欲しいのか。」

「えっと。俺、扇子落としちまって・・・」

「欲しいならやるぞ。」

「でも それ人からもらったもんだろう。それじゃ悪いよ。」

「ならこういうのはどうだ。これから俺と碁を打たないか。」

それで・・・

それで、お前が勝ったらこれはやろう。ただし負けたら
お前は俺に何をくれる?」

「俺 緒方先生にあげるものなんて何ももってないぜ。」

「いや。そうでもないぜ。お前は俺の欲しいものを持っている。」

俺は怪訝に思って背の高い緒方を仰いだ。
きっと緒方さんの欲しいものは佐為との対局だってオレは思ったんだ。

「佐為のことだったら俺何も知らねえっていってるだろ。」

「佐為の事じゃない。おまえ自身の事だ。」

俺自身のこと!?

「どうだ、のらないか?」


俺が先生と対峙していると棋院の玄関から塔矢が走ってきた
のが目に入った。
雨の中俺を追ってきたのだろう。
肩も足元もかなり濡れていた。
そう思うと嬉しくないはずなどないのに
俺はあいつがデートしていた事実を思いだして咄嗟に
先生に返事していた。

「わかった。それにのる。」

「じゃあ決まったな。」

先生が近づいてくる塔矢に気づいていないはずなどなく口元に笑みを浮かべた
ことなど俺は知るよしもなかった。





「緒方さん、こんにちわ。進藤 その待たせて悪かった。」

「おや。アキラくん進藤は俺が先客だったんだが。」

これ見よがしに緒方は進藤の肩に手を回して不敵に
笑みを浮かべた。

「僕の方が先客だったんです。」

「そうなのか?進藤。」

「違うさ、塔矢はデートとかで俺の約束すっぽかしやがったの。」

「彼女とはそんなんじゃない。付き合いで今日は・・・・」

「ほう アキラくんあの会長さんの娘さんと続いてるわけだ。
何でも料理もすごくじょうずだとか。明子さんが娘が出来た
ようだと喜んでたぜ。」

俺がチラッと一瞥すると塔矢は身じろぎせずその場に立ち
竦んでいた。

俺は塔矢のことなど気にも留めないように先生の腕をとった。

「先生行こう。」っと。



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                        2004年04月06日 (再編集2007、2月17日)





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