無題 2






「悔しい〜俺また負け。置石5個も置いたのに・・・」


6歳の剛はすでにアマチュア2段の腕前で、同じ歳頃の子供には
負けた事はなかった。
小さな携帯碁盤越しに剛の相手をしていた昌がうれしそうに笑った。


「剛くん。ありがとうございましただよ。挨拶は
きちんとしないと。」


剛の相手をしていた昌は年長らしく剛に諭した。
昌は現在10歳 棋力は 
すでにアマ7段ともプロ初段とも言われる程の
実力だ。


  「ありがとうございました。」


ようやく絞り出した声。
剛は悔しさでソファーに体を投げ出すように飛び込んだ


「剛 お前疲れたんだろ。」



二人の様子を見ていたヒカルがソファの背後から覆いかぶさる
ように剛の顔を覗き込んだ。

「疲れてないもん。まだ打てる。」



そうは言ったものの剛はかなり眠そうだ。
それはそうだろう。今朝は朝早くから出かけて遊園地で
散々 昌と遊びまわったのだ。
しかも7時にこのホテルに入ってから二人で打ち始めてもう3時間
はたっている。


「二人ともまだ明日があるんだよ。昌も もう寝なさい。
碁はいつでも打てるのだから。」


昌の父のアキラが優しい口調で二人を諭す。
それでも剛は相変わらずへそを曲げたままだ。

「剛 お前な〜負けたからってへそ曲げってと 昌に
打って貰えなくなるぞ。」


ヒカルが剛の髪をくしゃっと撫でるとアキラがやわらかい
笑みを剛に向けた。

「剛くん。昌と打ちたいならいつでも家においで。」

途端剛の表情がぱっと明るくなった。

「本当 いいの 塔矢先生?」

アキラは優しくうなずいた。

「ああ。君のお父さんと一緒にどうぞ。歓迎するから。」
 
「やった!」

うれしそうな剛とは対照的に父親のヒカルの表情は翳る。

剛を連れて・・・ 塔矢の家に行く事など本当は出来るはずなど
ないのだ。





同じベットで寝ると聞かない剛に折れて 昌も同じベットに入る。
興奮冷め切らぬのかなかなか寝付かなかった二人もようやく
暗闇の中静かになった。



やんちゃ盛りの息子も寝てしまえばその表情はまだまだ
あどけなくてかわいい。

「やっと 寝たな。」

「ああ。」

二人きりになったわけではないのにアキラを意識しそうになって
ヒカルは机の上に置いたままにされた携帯碁盤に目を移した。

「俺たちも打つ?たまにはさ、ゆっくりと、勝敗なんて気にせず
打ちてえよな。」

「勝敗を気にせず・・?」

「そう 試してみたい手とかあってもさ 真剣勝負じゃ、できねえだろ。」


「君と打つのは次の天元戦だと決めている。それに僕は
いつだって君と打つ時は真剣勝負だ。」

「そっか・・・」



そういわれてしまうと仕方なく子供たちに目を移そうとした途端
アキラの腕に捕らえられえた。

それはまるで「子供たちを見るな」と言われているようだと
ヒカルは思った。

「とう・・・・?」

「わかってるんだろう。」


塔矢に握られた腕から全身へとすごい勢いで何かが駆けていく。


わかってるって・・・わかりたくなんてなかった。



「わからねえよ!」

「そのつもりで来たくせに逃げるのか。」



ヒカルは暗がりにすやすや眠る二人の子供たちを振り返った。

無垢で何も知らないアキラの息子(昌)とヒカルの息子 (剛)
子供を利用してまで逢瀬を果たそうなんて考えた自分たちを
ヒカルは間違っていると思う。


それでも誘われて胸の内にある想いを止める事はどうしても出来なかった。


「求めたら拒まないくせに 君は卑怯だな。」


ズキリと塔矢の言葉が胸を突き刺す。
アキラのヒカルを見つめる視線は まるで心の中まで
覗いているのではないかと思う。

「隣に部屋を取ってある。」
 
「随分用意周到だな。」

「2家族だから部屋を2部屋とってもおかしくはないだろう。」








この部屋とは扉一枚隔てた隣の部屋に入った途端に目に入った
大きなクイーンサイズのベットにヒカルは足を止めた。

そんなヒカルをすかさず腰を引いてアキラがベットへと招きよせる。



アキラに今から抱かれる・・・
それはヒカルにとってほんのひと時の幸せな時間と引き換えに
果てない自己嫌悪へのはじまりだ。



ヒカルは自ら自分が着ていたパジャマのボタンを外していく。
これは昨日 剛と二人で出かけるためにと妻が用意してくれたものだった。
いたたまれないほどの罪悪間がヒカルを襲い、外しかけたボタンに
指がとまる。


ヒカルの気持ちを察してアキラが背後からヒカルを
強く抱きしめた。


「今 このひと時だけでいい。彼女のことも父親である事も
忘れて欲しい・・・。僕だけを見て・・・僕だけを求めるんだ。」


アキラの言葉が合図のように二人の呪縛を溶いていく。



  「アキラ 」

  「ヒカル・・・」


待ちきれないとばかりに性急にお互いを求めあう。
熱におかされたように恋人同士だった時の呼び名をうわ言の
ように何度も繰り返した。





一つになった体にアキラは動くこともせず ヒカルをみつめた。

荒い吐息を交換し。我慢できないとばかりにヒカルに縋りつかれても
アキラは動かなかった。

「アキラ・・・?」

繋がったまま激しい口付けを交わす。
何度も何度も重ねて指を絡めらめて まるで互いの細胞までも
取り込もうとするように 深くより長く 二人が一つであるように
アキラはヒカルを翻弄した。


とうとう我慢が出来なくなってヒカルは自ら腰を動かすとアキラが
それを待っていたとばかりに激しく腰を打ち付けた。



このひと時だけでしかないのなら・・・。一瞬も逃したくはなかった。
  








激しい情交の後の甘いひと時・・・まだ余韻の残る熱とアキラの肌が
心地よかった。

だが、ヒカルは無理やりにその熱を引かせた。

「塔矢 部屋 戻んねぇと・・・」

断ち切るためにわざと塔矢と呼んだ。



何も言わず身を整えはじめるアキラ。

それが 二人の間をいっそう冷たく現実へと引き戻していく。

ヒカルが隣の部屋の戸を開けた途端、そこに立っていた人影に
息をのんだ。
昌が扉の前に佇んでいたのだ。


アキラと同じ瞳の少年。だが性格はアキラよりもずっと温厚で
柔軟性があった。


ヒカルが何か言おうとする前にアキラが昌に静かに話しかけた。

「昌 どうした。眠れない?」

「あの お父さん。剛くんすごく寝ぞう悪くてベットから落ちたんだ。
それで・・・」



見るとベットに落ちたのにも気づかず腹を出して寝ている剛が
そこにいた。
思わずといった具合に噴出してしまったアキラに俺もつられて
笑った。


「もうお前なんてカッコしてるんだ〜 昌 ごめんな。
ほんとにしょうのないやつだよな・・・剛は」


ヒカルは慌てて剛を抱き上げた。


「ん〜とうさん・・・かあさん!?」


剛の寝言・・
けして重いわけではない剛を抱きあげたヒカルの手が震えた。



やわらかく温かい剛。
大事な大事な息子・・・いとしくさに胸が 詰まりそうになる。
なのに 自分は・・。



震える手で強くヒカルは剛を抱きしめた。


「俺が剛と寝るから 昌はそっちのベットで寝たらいいから。」

トリプルルームで借りたこの部屋には3台しかベットはなかった。

「でも向こうの部屋にもベットなかった。あっちで寝ればみんなベットで・・・」

昌の言いかけた事にアキラは口を挟んだ。

「昌もたまにはお父さんと寝ようか。」

「いいのお父さん?いつも母さんと一緒なのに・・。」

何気なく昌が言った事にヒカルの胸が凍りついた。
当たり前のことではないか。

  
無垢な魂には何の罪はない。



どうしたって消せない想い・・・


だがそれを必死に消すために剛の小さな体を抱きしめた。


 


first love ・絆に比べるとかなり痛いお話だな〜と編集しながら思ってます。
一体何を思って私は書いたんでしょう(苦)ここからお話が始まるって事で
無題です。